10#よくある宿屋劇
※もう少し王子視点
変えるのはよくないんですが……変えてごめんなさい。
リズールの俗称は、石の都という。
この辺りでは鉱物や宝石の類いが高純度で取れることが多いからだ。
だから、坑夫や細工師といった職業のものが多くいる。
そして、当然ながら医者も多い。
鉱物を掘る時の砂塵を吸って、体を患うものがいるからだ。
あまりにそれが多いのと、資源がなくなってしまうのを恐れ、神殿で規制をかけたこともあるくらいだ。
この街は大都市でありながら、領主や王族といった者がいないことでも有名だ。
街の治安、統制はすべて神殿で行われており、ここの神殿長が実権的支配者となっている。
故に、ここで良い政治統制を行った神殿長は、大神殿長となりうる可能性がもっとも高い。
だが、ここで悪政を行う場合、すぐさま神殿長は神官としての資格と権威を奪われる。
「それでいつ、そのアジトに乗り込むんですか?」
先に来ていた姫やシャルダンたちと合流した後、カークがとってきた宿の一室で平然と僕は尋ねる。
部屋はリンカがいうには一級クラスの広さだそうだが、城と比べれば納屋ほどの広さしかない。
内装も至って質素で、大きめのシングルベッドがひとつと、テーブルと椅子が一組しか置かれていない。
床も簡素な絨毯が敷かれているだけだ。
これだけの部屋に王族二人と貴族一人が泊まるはずもなく、ここと同じような部屋をもうひとつとってある。
本来なら三部屋はとりたいところなのだが、やはり三人も刻龍に狙われているとあっては、そんなことはいっていられない。
「そうじゃねぇだろ」
怒っているような、呆れているような声で、リンカが唸る。
彼女はどうも怒りっぽい。
そんなに怒っていて疲れないのかと思う。
でも、怒ってもなんだか微笑ましいので、効果は無い。
「さっき俺が言ってたのきいてたか?
あんた賞金首なんだぞ」
「わかってるって」
「ぜってーわかってねー。
シャルダン様たちからも言ってやってくださいよ」
話を振られたシャルダンは、努めてこちらに関わらないようにしている。
傾けているのは、城からもってきたこの地方独特の紅茶葉でいれたレカンタティーだ。
それのせいもあって、リンカの機嫌はとても悪い。
俺の前でそれを飲むのは何かの当てつけかと言いたげな視線が、僕には見ていてなんだか微笑ましい。
リンカのいろいろな表情が見られることがとても嬉しい。
「姫ー」
「カーク、お茶菓子も欲しいわねぇ」
「すぐにお持ちします」
まったくこちらを気にしていない彼らに、またも唸りだしそうなリンカの頭を軽く叩くと、涙目で強く睨まれた。
本人にその自覚はないが、僕には小動物のようで可愛らしい。
「で、いつ?」
なにかを言おうとして開かれた口は、数度開閉したあと、諦めて閉じられた。
「まだわかんねぇよ。
夜になってからだ」
言い捨てて、ベッドによると毛布を一枚剥ぎ取り、リンカは床に座る。
毛布を巻き付けて、膝を丸めるとさらに小さく見える。
もう、何か質問に答える気はないらしい。
「まだ眠るには日が高いわよ」
もったいないと姫が近づくと強く睨まれ、彼女の足も止まる。
「あんたたちのおかげで疲れてんだよ」
すっかり居竦んでしまっている姫に代わり、言ってみる。
「どういたしまして」
「ほめてねぇよっ」
あの寄り道以来、あんまり可愛すぎて、どうしても僕には笑えてしまう。
それをみて、シャルダンがガシャリとカップを取り落とした。
なにかをまた思い出したのだろう。
さて、ここからはリンカのためにも三人にはご退出願わないとならない。
そんな場所、そんな体勢では、休まるものも休まらない。
部屋の中を見回し、できるだけ丁寧に言葉を紡ぐ。
「ああ言ってるし、僕達も休んで置こうか」
まず、姫が立ち上がる。
続いて、わたわたと慌ててシャルダンも立ち、彼らが出た後でカークが食器をもつ。
「それは置いておいてもいいよ」
「いえ、あちらでシャルダン様が飲まれますので」
なんだかんだ言って主人第一の忠実な部下が出て行ってから、僕は廊下に顔を出す。
「おやすみ。
姫、シーちゃん、カーク」
彼らの目の前で、ドアを閉める。
これで、部屋には僕とリンカしかいない。
ゆっくりと膝を抱えて毛布に包まるリンカに近づく。
と、彼女が顔をあげた。
なんだよと、声には出さず、目に不審の色を浮かべている。
「ベッドで眠ったほうがいいですよ」
実際、今日はこちらの勝手でずいぶんと連れ回してしまった。
「こっちのが慣れてるからいいんだよ。
それに、ぐっすり眠れちゃまずい」
「僕のことなら心配しなくても」
「誰があんたの心配なんかするかよ。
十分強いくせに」
そんな、少しぐらい心配してくれてもいいのに。
しゃがんでも、リンカと同じ目線にはならない。
それをどうにか近づけるために、小さな体を抱え上げ、ベッドに置く。
よほど疲れているのか、諦めたのか、暴れる様子はない。
「じゃあ、何を心配してしているんですか?」
同じ目線では、とても泣きそうなリンカの髪を撫でる。
城の医務室の時と同じだ。
縋るような目に引き寄せられる。
「何も」
かすれた小さなリンカの声は、そうは言っていない。
彼女の小さな体を引き寄せる。
「何も心配なんかしてない。
あんたたちは無事に国へ戻り、俺もあの町に戻るんだ。
心配することなんて」
心配事なんて、一つもない。
リンカのその言葉は、それ自体がひとつの願いの響きだ。
元の当たり前の日常を望んでいる。
あまりに泣きそうなので、僕にはそれ以上聞くことは躊躇われた。
ここで刻龍のことなんて聞いたら、リンカは本当に泣き出してしまいそうに脆くみえる。
だから、張り詰めたリンカの気持ちをほぐすために。
僕は小さなリンカの額に口づけた。