#3 俺の好きなもの
aVEBOは全国展開されている大手複合アート娯楽施設だ。
代官山店は一階がスタジオ、二階が物販コーナーとなっている。スタジオは小さなブースに分かれていて、各ブースのタッチパッドから音楽、ライブ、ミュージックビデオを試聴、購入することが出来る。
わざわざaVEBOや同様の施設に来なくても、自宅でもどこでもネットで試聴や購入は出来る。だけれど、店舗ならではの限定コンテンツもあるし、音楽やライブは音質やヴァーチャル映像のクオリティが段違いだ。
俺は新曲試聴とライブ購入にaVEBOを利用するようにしている。出来たばかりの新曲を、壮大に演出されたライブを、目の前でアーティストが俺一人に歌ってくれる、そんな贅沢な体験、しない方が損だ。
もちろんライブは他の観客の音声、映像、熱気、様々な要素を自分好みにカスタマイズ出来る。aVEBOでも人気のコンテンツだ。
店舗内は青とピンクの不思議な光の円で装飾されていた。
突然のアート空間に、ひゅーぅ、と口から息が漏れた。
「すげぇ……幻想的」
「紫陽花をモチーフにしてるらしいよ。トオルこういうの好き?」
決して小さくはない音量で流れるBGMの中でも、ミリの声は心地よく俺の耳に届く。
aVEBO代官山店はユーロ・ディスコがかかっていることが多いけど、紫陽花とユーロ・ディスコって組み合わせはなかなか独創的だ。
「ん……。いんじゃない? なんか空気もしっとりしてるし、嫌いじゃないかな」
「トオル、プロジェクションマッピングとか、光のアート好きだもんね。前に見たGroup lluminateもすごく気に入ってた!」
「あれはほんとスゴかった! すげぇカッコ良くて! 教えてくれたミリにまぢ感謝してる!! 絶対また見に行こう!」
「ふふ、オススメして良かった❤️ トオルきっと好きだと思ったんだぁ」
満足げに笑うミリがなんだかすごく愛おしく見えた。
繋がれてる右手がドキドキ熱くなってくる。
俺、なんか変じゃないか? それともこれは普通なんだろうか。
「トオルの好きなものは私に任せなさいっ。私の知らないところでトオルが見つけてきたとしても、一緒に楽しめるようにすぐ勉強するからね!」
「俺の好きな……もの……」
あぁっいかんいかんっっ
また、どーでもいいとこで変に意識してしまってるっ
「トオル、暑い? 少し汗かいてる。しっとりしてるって湿気のせいかな……うーん、湿度はそんなには高くないみたいだけど。マイナスイオンを散布してるみたい。あ、トオル、あそこの右隅のブースが空いてる」
「おぉ、サンキュ」
ミリが示したブースに足を向ける。
たどり着くと、ミリが会員カードをかざして、ドアのキーを解除してくれた。
「じゃ、ちょっとダイブしてくるわ」
俺はミリの手を放して、ブースのドアに手をかける。
うわっ、手に汗結構かいてた。
このタイミングは助かったな。
「トオルの好きそうなのたくさんリリースされてたよ、楽しんでね。私はこの後のお店とか、食べたいもの調べてるから、ごゆっくり❤️」
見上げてくるいつもの爽やかな笑顔に、俺も笑顔で返した。
「ん!」