#17 ユウキ
「タドコロはさ、サクマグループって知ってる?」
今回の部屋の窓からは、大したものは見えなかった。
階段を大分上ったし、上の方の階なんだろう。
青とも白ともいえないような、良く分からない空が、ユウキの背景に飾られていた。
「うん、……いろんなところでブランドロゴを見る、大手企業だろ?」
「そう、情報機器の総合メーカーを中心に事業展開してる同族経営の企業グループ」
……まさか。
「俺さ、サクマグループの跡取り息子なんだわ。今のグループCEOが俺の親父。大人になったら親父の跡を継いでグループCEOになることになってる」
「……まぢか」
「まぢだ」
またもや顔をひきつらせた俺に、向けられる笑顔が清々し過ぎて眩しいっ。
「同族経営っつっても大きくなりすぎちゃってさ、事業拡大に比例して経営に関わる『外部』の比重も大きくなってるんだよね。同族であれば足並みが揃うかっていうと、そういう簡単な話でもないし。だから、CEOを世襲し続けるのは、かなりの力量が求められるんだって」
不味いものを食べさせられた子どもみたいに、うへぇ、とユウキの顔が歪んだ。
感情豊かに変わる表情を見ていると、ユウキが話す嘘みたいな世界の話とはま反対に、ユウキに親しみを覚えた。
「デキがテキトーな息子に跡を継がせて、会社潰されたり乗っ取られたりする訳にはいかないじゃん? 物心つく前から早期英才教育っていうの? 代々受けさせることになっててさ。俺も例に漏れず。叩き込まれてる最中なんだけど、その中に帝王学もあってさ」
「すげぇ……」
「……すげぇか……ふふっ、どーも。『人を動かすには、人を知るべし』って言われててさ、『人を知る』ために合同授業を山盛り取らされてる。気の合うやつとの合同授業は確かに楽しいんだけど、そうじゃない人とも積極的に関わっていかなきゃならないんだよね、俺の場合。人は一人一人全部違うだろ? だから出来る限り多くの人間を知って、どんな人間でも動かせるようにならなきゃいけないんだってさ……、っていう理想論?」
あ……これは、サクマグループの跡取りサクマユウキの顔だ。
何故だか分からないけれど、ほんの一瞬のユウキの表情に、そう思った。
「それで手当たり次第声かけてる風に見られるのか」
「そゆこと。好きとか楽しいとかでは全然ないんだけどね。オオヌキやハカマダにはここまでの話はしたことがないから、そう見えてもしょーがないんだけど」
「……うん、あまり話す必要はないことだと思うよ」
「だよな。結構デリケートな部分含んでる」
声のトーンを下げて会話しながらそっと目を合わせると、ユウキは静かに笑った。
「気が合いそう」っていうユウキの言葉は、多分「帝王学」の「社交辞令」じゃあない。
ユウキの読み通りなんだろう。
ユウキはきっと「知っている」。
だから俺は繊細なやつとは違うんだろう。
ひきつっていた顔も、知らないうちに元に戻っていた。
「ユウキがサクマグループの御曹司だって聞いて、俺には雲の上の世界だなってビビったけど、それはそれで大変だよな」
気づいたら思ったことがそのまま口から出ていた。
しかも俺、笑ってる。
めっちゃ歯が乾く。満面の笑みかよ。
え、これって、上から発言とか取られたりしないかな?
そんな0コンマ数秒の思考は遮られた。
「やっぱり、タドコロは『アタリ』だ!」
嬉しそうな、ただの一青年サクマユウキのキラッキラの笑顔に、今度は戸惑うことなく笑い返す俺がいた。