#16 人見知り
学校内の移動は「足で」「歩いて」することになっている。
俺の通うこの学校は、確か三学年300人規模だったと思う。
全体の50%にも満たないだろうけれど、休憩時間に部屋を移動する生徒の人数は、俺にはかなりの群衆である。
廊下のどこを通ろうか迷うレベルで気圧されてしまう。
ユウキはそんなこと全然気にならないかのように、スイスイと軽い足どりで進んで行く。
他の生徒に比べても、桁違いに速い。
もたついている俺との距離がどんどんひろがっていく。
あいつ、本当に、人間か? とさえ思えてきた。
こんな時、ミリなら手を……
ユウキの背を見つめながら、今まで思いもしなかった事実に気付かされる。
俺は、弱気になっている自分を振り払うように頭を振った。
ダっせぇっっ
「ユウキっ!!」
俺に名前を呼ばれたユウキは、ちょっと驚いた顔で振り向いた。
立ち止まるその隙に、ユウキとの間に開いた距離を詰めようと急ぐ。
人とぶつかりそうになっては、その足が止まる。
なかなか簡単には追いつけない。
なんであいつはこの中を止まることなくあの早さで進めるんだ?
「俺、人混み苦手で、ユウキの通ったとこついて行くから、もう少しゆっくり頼む……頼めないかな」
「おっけー」
ユウキはなんだか楽しそうに笑った。
そして、俺がなんとか追いつくのを見届けると、人の波の隙間をまた歩み始めた。
おかしい。
ユウキと同じルートを歩いているのに、何度かぶつかりそうになり立ち止まらざるを得ない。
自分一人で歩いている時よりは、人とぶつかりそうになることが少ないから、その隙に速度を上げればなんとか引き離されずついていける。
けれど、ぶつからないユウキルートに油断していると、調子のってんじゃねぇよ、とでも言うように、人がそのルート上に立ちふさがってくる。
なんで……
迷いなく進んでいくユウキの後ろ姿を睨んでいると、くるりと爽やかな笑顔が振り返った。
「次の授業の部屋、あそこだよな。空いてたらまた窓際でいい?」
「あ、あぁ」
着いたんだ……
ほっとして、身体中から力が抜ける。
よろよろとユウキが開けたドアに近づき、チェックインコードを入力する。
ユウキに続いて部屋に入ると、部屋の中には生徒が一人だけ先着していた。
お互いちらとだけ視線を交わすも、それ以上のことは特になかった。
「ラッキー、空いてた。また俺が窓側でいい?」
「うん、俺、別に席にこだわりないから」
「そっか。タドコロってさ、人見知りする方?」
人見知り? ……なんだっけ、確か……
「うん、多分。普段から話す相手は、両親とナビゲーターだけだし。人混みも苦手だし」
「基本個人授業なのもそのせい?」
「そういう訳では、ない……と思うよ。学校通い始めの頃に、ナビゲーター同伴の個人授業が最適って診断が出てたから、ずっとそうしてるだけ。どちらかというと、そのせいで人が苦手になったの方があるかもしれない」
「それはあるかもな。合同授業で話すようになった人見知りのやつら、そういうやつが多かったし。大体回数重ねてくと、慣れて人見知んなくなってくんだ」
「そうなんだ」
「うん、慣れなんじゃない? 慣れ。繊細なやつは、本当の人見知りを貫いてるけど」
「繊細なやつ?」
「繊細なやつ。雪の結晶みたいな。タドコロは……違うよな?」
人懐こい顔が少し大人びた表情をみせ、くっきりした目をいたずらっぽく光らせる。
ちょっとドキッとした。
『俺は知ってるぞ』
そう言っている気がした。
「どうだろ……? 考えたことないから……分からない」
そう。
俺ですら分からないことを、ユウキが知っているとしたら。