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ぬるま湯は熱くなれない

「那須平、銃を下ろせ。それは武装アルファか。XE27が持ちだした武器だな。返してもらおうか」


 男はトリガーに指をかけた状態で威嚇する。いつでも撃てるぞという意思表示だ。


「そこをどきな」


 対して、那須平はショットガンの銃口をこれ見よがしに男の胴体に向けたまま微動だにしない。

 男はため息をつき那須平を一瞥すると、なぜか小銃をゆっくりと床に置いた。


「あんた、何してるんだ? バカなのか?」


 那須平の呆れ声に、男がすんと鼻を鳴らして言った。


「こうでもしないと話ができないだろ? 僕は、田島省吾。楽園島守護隊隊長の任を預かっている者だ」

「守護隊の隊長だと? その年齢で? まさか――」


 那須平の訝る視線を、男は「違うよ」と言って受け止めた。


「僕は27番のような半アンドロイドじゃない。この顔は正真正銘僕のものだし、純粋な人間だ」


 田島の瞳はぶれない。

 那須平は小さく首を振った。


「……時間が惜しい。で、その隊長が俺に何の用だ?」

「あの赤い石を壊すつもりだろ?」


 那須平が眉根を寄せて「なに?」とつぶやく。


「驚くことじゃない。種類は知らないが、そこのリュックに爆弾を隠しているんだろ? 元実験体の半ヒューマノイド、爆弾、XE27の反逆とくれば、楽園議会に対する復讐か、この島のシステムそのものを破壊するかのどっちかしかない」

「……」

「楽園議会は、君は必ずセンタービルに襲い掛かると言っていたけど、僕はそうは思わなかった。そこまで島の人間が嫌いなら、楽園島からやってくる守護隊も一人くらいは殺すはずだ。でも、僕が隊長についてから、そんな話は聞いたことがない。もちろん、記録もない。銃さえ無ければ、半ヒューマノイドの君は守護隊より強いはずだからね。だから、センタービルは信頼のおける隊員に任せて、もう一つの可能性の方を潰しに来た」


 田島は微笑を浮かべて誘うにように片手を伸ばした。


「君の憤りは分かる。ひどい実験に合わされ、この砂の世界の仕組みを恨む気持ちも分かる。けど、他に方法はないかい?」

「あ?」


 那須平がひどく低い声を鳴らす。

 しかし、田島は分かっていると頷くだけだ。


「なっさん、そいつに何を言っても無駄だ」


 離れた場所で壁に背を預けて立つ二郎が、疲れたように息を吐いた。


「分かってる」

 那須平が一歩前に近づく。


 と同時に、入口付近で威嚇射撃を行うイヅナが「ちょっと、まだ!? 早く準備して!」と慌てた声で銃のカートリッジを入れ替えた。

 那須平は「悪い」と心の中で謝罪して田島に向き直った。


「純粋で、それしか知らない、昔の俺にそっくりだ。虫唾が走るぜ」

「君は何もわかっていない。楽園島や守護隊は、この世界に必要な存在だ」

「腹を空かせた子供の目の前で餌をちらつかせて笑うような組織に存在理由があるのか? 俺には到底理解できないな。それなら、まだ見せない方が優しさだ」

「僕らは恨まれて当然だ。でも、僕らがいなければ、砂の世界で人間が生きていくことはできない。薬も作れない世界で病気になったらどうなると思う?」

「はっ」


 那須平はどう猛な笑みを浮かべて吐き捨てる。

 頭に浮かぶのは、最後まで守護隊にすがった未久の姿だ。


「そんなの死ぬに決まってるだろうが。それとも、楽園島のみなさんが助けてくれるのかい?」

「当然だろ。君も元守護隊なら分かるはず。他の島民の手前、無償というわけにはいかないが、少しの対価で絶大な効果の薬を渡せる。それは選ばれた民である僕らの使命であり義務だ。こんな形で先輩に出会うことは残念でならない」

「ご高説をありがとう。そんな素晴らしい世界になるといいな、と俺も心の底から思うよ」


 那須平が田島の視線を避けて、先に進もうとする。

 しかし、田島が話は終わっていないとばかりに体で塞ぐ。


「まだ何かあるのかい? 隊長さん」


 苛立たった声が反響した。


「守護隊に非があったのなら、すべて僕の責任だ。謝ろう。だが、そんなやつらばかりじゃない。君に施された実験は必ず未来につながる。それに、守護隊は近々入れ替わりが予定されている。そうなればきっと――」

「黙れっ!」


 那須平が瞳を吊り上げて拳を震わせる。憎悪が顔に浮かんだ。

 田島の顔色がさっと変わった。


「綺麗事には反吐が出る! お前は、見たことがあるのか!? 口減らしのために流砂に自分から足を踏み入れる人間を!」

「それは……偶然が重なった結果で――」

「偶然だと!? 『市』に持っていけば食糧と交換できるはずの金属を守護隊が身勝手に持っていったんだぞ! そいつは何度も守護隊にすがっていた! だが、あのクズどもはそいつが守ろうとした人間すら銃で殺して帰ったんだ!」


 那須平の怒りが迸り、二郎がゆっくりと目を瞑った。


「そんな話なら山ほどある。薬欲しさに、嫌でも媚びを売らなきゃならない人間の気持ちが分かるのか!」

「け、けど、そんなやつらだけじゃ……最終的には島のために……」


 那須平がショットガンの銃身をぎゅうっと握りしめた。


「ほらみろ。お前のエゴじゃねえか」

「エゴ? 僕は島のために」

「それをエゴって言うんだ! この島は誰のための島だ? 流砂に生きる人間全員のためか? それともお前ら楽園島の人間のためか?」

「それは……た、確かに今までの楽園にはそういった考えが少しはあったかもしれない。でも、守護隊が代わって一意選民ってスローガンが浸透すれば――」

「まだそんなスローガンを掲げてるのか。今しか知らないやつはさぞ操りやすいだろうな……悪いが、もう話をしている時間は無い。こっちは急ぎなんだ」

「ま、待ってくれっ――」

「夢物語で邪魔するのなら……先の話は、あんたが言う楽園島のために死んだやつらに聞かせてやれ。きっと……地獄で歓迎してくれるだろうよ」


 那須平はさっと銃口を向けて引き金を引いた。

 もう迷いは無かった。田島の体が吹き飛び、壁に真っ赤な血が飛び散った。


「守護隊すら変えられないあんたに、何を期待しろって言うんだ。そう思ってるなら、さっさと行動しやがれ……おかしすぎてまったく笑えねえよ」


 深い息を吐き、がくっと肩を落とした。


「なっさん、気を落とすな。仕方ない。あの手のやつに何を言っても無駄だ」


 二郎が近づいた。表情が沈痛そうにゆがむ。


「悪いやつじゃないとは思ったさ。分かってたさ」

「そうだな……」

「くそっ。楽園議会はあんなのばかり作ってるのか」


 最後まで自分を信じて疑わなかった田島の顔を思い返すと、苦いものがこみあげてきた。


 ***


 深呼吸を数回繰り返す。

 腹立たしさと言い知れぬ寂寥を飲み干した。

 那須平は苛立ちをぶつけるように壁際の人格装置に斉射し、手動レバーを全力で引き上た。

 そして、四十一番ゲートを無理やりこじ開けた。


「イヅナ、もう十分だっ! 扉を閉めてこい! こっちだ!」


 那須平が奥に向けて手招きする。

 イヅナが「了解!」と扉の外に射撃を行い、内側からロックする。壁越しにお返しの銃弾がぱらぱらと音を立ててめり込む音が続く。


「いけっ!」


 那須平はゴンドラにイヅナと二郎を押し込んだ。素早く立てかけてあったロングボードも押し付ける。


「ちょっと……那須平?」


 困惑する顔を見せるイヅナに、那須平は手を振った。

 降下システムのためのスイッチを点灯する。モーターがゆっくりと唸り始めた。


「……未久と朱里によろしくな」

「なっさん……お前……一人でやるのか?」


 二郎の非難めいた瞳が那須平を射抜いた。

 居心地悪そうに目を伏せた那須平は、朗らかに笑って言った。


「この作戦を先に教えたら、じっさんは止めるだろ? ここが、赤い石に一番近い場所だったんだ。上で暴れてもらったのは北の戦力が来るまでに守護隊を引き付けるためだ。悪いが、もう二人にしてもらえることはない。おやっさんにも、この話はしてる。危険は承知の上で残ってくれるってさ。あとは……任せてくれ」

「待てっ、なっさん! 俺も残るぞ! 俺だって生きる理由がないんだ!」

「わりい。じっさんには、朱里や未久を頼みたいんだ。イヅナも……頼むな。仲良くやってくれよ――じゃあな」


 那須平は降下レバーを全力で倒した。

 二郎の悲痛な声が、木霊してどんどん離れていった。

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