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指輪を返してくれ。

 セシアから別れ切り出されたあの日から僕はしばらく何も出来なかった。


 食事も喉を通らない。


 目を閉じても眠れない。


 散歩をしようにもベッドから起き上がれない。


 まるで廃人のような日々を過ごした。


 ただ、今日になって突然、これまでの堕落から解放された。


 あることを思い出したからだ。


「セシアに婚約指輪を渡したままだ」


 そう、僕はセシアから婚約指輪を返してもらわなければならない。


 別に僕がケチだからセシアから指輪を取り上げたいわけではない。


 あの婚約指輪は僕の家系以外の者が所有することを許されていないからだ。


 そんな大袈裟なことを言っても、ただの少し高価なだけの指輪なのだけれど。


 まあ、とにかく僕はセシアから指輪を返してもらいに彼女の家までやって来ていた。


「もうしばらくお待ちください」


 セシアの使用人がそう告げてから5分もしないうちにセシアが姿を現した。


 変わることなく美しい女だった。


 僕の好みの女性だった。


 ただ、その表情が僕を歓迎していないせいか、若干、嫌な女にも見えてしまった。


「何の用かしら、ハルト。あたしたちもう終わったでしょう」


「ああ、別にヨリを戻しに来たわけじゃないよ」


 廃人生活のなかでセシアへの未練はいくらか断ち切れていた。


 僕を愛していない彼女と婚約するのがどれほど虚しいことか気がついたのだ。


「じゃあ、何をしに来たの?」


「君に渡した指輪を返しにもらいに来たんだよ」


 ピクリ、とセシアの顔に少しだけ嫌悪感のような表情が灯った。


「指輪を? どうして?」


「あれはユークルベルヌ家以外の者には渡せない決まりになっているんだ」


「あら、そうだったの」


「そうだよ。そして、君は僕との婚約を解消した」


「だから、私にこれ以上あの指輪を持つ資格はないと?」


「理解が早くて助かるよ。そういうことだ」


 はあ、とセシアがため息を吐いた。


「ハルト、あなた一度は愛を捧げた女からプレゼントを取り上げるというの?」


「は?」


「は? じゃないわよ。あれは私たちの恋の結晶でしょう?」


「それはそうだけれど、僕と結婚しない君が持っている意味なんてないだろう」


「そんなことはないわ。あの指輪を見て、あなたとの素敵な日々を思い出せるじゃない」


 まあ、それはそれで嬉しいような気もするけれど。


 いや、待て待て。


 そうじゃないぞ、僕。


「それとも、私にフラれた腹いせに指輪を取り上げに来たのかしら?」


「そんなことしないさ。さっきも言った通り、ユークルベルヌの家柄でない君が持つべき指輪ではないから返してもらいに来ただけだよ。他意はない」


「ふーん」


 と、セシアが考えるようにして額に人差し指を当てた。


「そんな家庭の掟に縛られるのは良くないと思わない?」


「なんだよ、君。今日は長話をしに来たのではないんだが」


「まあまあ、あの指輪はあなたとあたしの名前が彫られているでしょう。今さらあなたが持ち帰ったところでどうするの?」


「どうするって、廃棄しかないな」


「あらま、勿体ない」


「仕方ないだろう。他に使い道なんてないのだから」


 ならっ! とセシアが声高らかに言った。


「やっぱり、あなたとあたしの思い出の証として、あたしが指輪を持っておくのがいいじゃないかしら?」


「そんなこと言って、指輪が欲しいだけだろう?」


「あら、人聞きが悪いわね」


「指輪を持っておきたいなら婚約するしかないぞ」


「ヨリを戻すつもりはないんじゃないの?」


「そうだけど、指輪を持つってことはそういうことだよ。嫌なら返してくれ」


 と、僕の言葉を聞いてセシアは気だるそうに舌打ちをした。


「これでしょ、これ」


 セシアは急にぶっきらぼうに懐からきらり、と指輪を取り出した。


「私、気に入っているのよ、この指輪。とても素敵なデザインをしているんだもの」


「ダメだ」


 僕はきっぱりと拒絶する。


 彼女に逃げ道を与えてはいけない。


「いくら高価で希少なものだからって売ったりしないわよ?」


「そんな疑いはかけてない。が、返してもらおう」


 僕はセシアへ手を差しのべた。


 無論、指輪を返してもらうためである。


「……」


 むう、と不機嫌そうに僕を睨み付けるセシア。


 しばらく、沈黙が流れた。


 そして、


「……わかったわ」


 はあ、とため息を吐いてセシアは観念したように両手をヒラヒラと振った。


「わかってくれてありがとう。助かるよ」


「でもっーー!」


 と、セシアは槍兵が投擲でもするかのような姿勢を取った。


「直接あなたに返してあげるとは限らないわよっ」


「おい! 何をするんだ」


 突然のことで僕の反応が遅れた。


 その隙を嘲笑うようにニヤリと一瞥してセシアは指輪を天高く放り投げる。


 キラリと太陽の陽を受けて輝く指輪。


 その先には一羽のカラス。


「おーほほほほほっ! 私からではなく、あのカラスから返してもらうのね!」


「ったく、君ってやつは」


 僕は必死になって指輪の放物線を追いかける。


 が、あのカラスが光り物に惹かれて指輪を咥えてしまえば、一巻の終わりだ。


 咄嗟に僕は地面の石を拾っていた。


 そして、そのままカラスに向かって投げつける。


「あら、野蛮人」


 軽蔑するようなセシアの声が聞こえたが、構わない。


「君に言われたくないね」


 何なら彼女も似たようなことをしている。


「よしっ!」


 狙い通り、石に驚いたカラスはカアカアと鳴きながら飛び去っていく。


 そして、指輪はコロコロと虚しく地面に転がり落ちた。


「指輪は返してもらうよ」


 拾った指輪を彼女に見せる。


「お好きにどうぞ~」


 指輪が僕の手に戻ったのが面白くないのか、セシアは頬を膨らましていた。


「今日でようやく僕の未練が解けたよ」


「何よ、それ」


 僕も恋に盲目だったのかなってこと。


「内緒だよ。まあ、ありがとう。達者でな、セシア」


「はいはい。さようなら~」


 バタンと乱暴に扉を閉めてセシアは僕の前から姿を消した。


 これが僕たちの恋の結末だった。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

もしよければ評価等していただけると嬉しいです。

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