【タナベ・バトラーズ】ぼくの憧れの人
それは今から数年前のこと。
とある組織の男たちに捕まってしまっていたぼくは恐怖のただなかにいた。
ぼくは長い歴史のあるブルペントリーツ家の息子。だから狙われたのかもしれない。簡単には見捨てられないような家柄の子で、幼く抵抗するほどの腕力はなく、能力は一時的に痛みを抑えるものだけで攻撃的な能力は一切持たない。そんなぼくだからこそ人質にはぴったりだったのだと思う。
拘束され、男に見張られて、もうこのまま駄目かと思いもした。
でも違った。
ぼくが諦めかけたちょうどその時、部屋の窓ガラスが豪快に割れて。
「こんなところにたてこもるなんて~あなたたち呑気ね~」
一人の女性が入ってきた。
ふんわりした桃色の髪のその女性の手には、大きなハンマーのような武器。
「何者だ!」
「女一人でここへ来るとは! 馬鹿だな!」
「美味しくいただくぜぇ」
女性の登場に男たちは興奮を隠せない。
「ふふ、一人なのはね~」
彼女は口角を持ち上げる。
そして次の瞬間、ハンマーのような武器を振り回し始めた。
「近くに味方がいると危ないからよ~」
その攻撃力はというと、見ているだけのぼくでさえ恐怖を感じるほどのもので。だから男たちが怖くなって動けなかったのも分からないではない。
で、どうなったかというと。
室内にいた男たちは全員床に倒れている。
もう生きていないかもしれない……。
「ぼく?」
「え……あ……」
気づけば女性はぼくの目の前にまで来ていて、ぼくの顔を覗き込むようにしてきていた。
近くで見ると桃色の髪はより一層綺麗。返り血に濡れはしているものの肌は滑らかだし、唇には髪に似た色の口紅を塗っておしゃれしている。それに何より瞳が美しい。赤系統の色の瞳は宝玉の一種のよう。
「カーリン・ブルペントリーツくんかしら~?」
「……は、はい」
「無事みたいね~良かった~」
言いながら、女性はぼくの手足を自由にしてくれた。
「さ、これでもう大丈夫よ~」
「ありがとうございます」
「怖かったわよね~。大丈夫かしら、歩けそう~?」
「歩けます」
「安心したわ~。さ、行きまし——っ!?」
女性の言葉が途切れる。
驚いたぼくが女性を見ると、その左肩に先ほどまではなかったはずの傷ができていた。
「はは、甘いやつだな」
しかも女性の向こう側に男一人が立っている。
「……まだいたのね~」
「馬鹿だろ」
「もう、痛いじゃない」
「ははは、そうだろうな。オレの魔術弾丸の威力はスゲーぜ」
女性の左肩からは赤いものが溢れる。
「お前のことは知ってるぜ、ミカエラ。ばけもんみてーな怪力女だろ、きめーな」
「……余計なことばかり言うのね~」
ミカエラという名前なのか、と思いつつも何もできずにいると、彼女は急に男に接近——男が放った魔術弾丸数発は左腕を盾にして防ぎ、右腕一本で武器を大きく振った——そしてそれは男の頭に命中した。
男を倒したミカエラさんは暫しじっとした後、その場で崩れ落ちた。
「ミカエラさん!」
ぼくは彼女に向かって走る。
「怪我を!」
「……平気よ~」
彼女は顔を上げると微笑んだ。
しかしぎこちない笑みになってしまっている。
「でも……あ! ちょっとすみません!」
ぼくは赤く濡れたミカエラさんの左の肩と腕に手のひらを当てる。
「……ぼく?」
「能力を使います。一時的に痛みを抑える能力なんです」
手のひらから光が溢れる。
すると彼女は目を大きく開いた。
「痛くないわ!」
ミカエラさんの瞳は煌めいていた。
「すご~い! まるで魔法~!」
彼女は調子に乗って右腕を肩から動かし出す。
ぼくはそれを慌てて制止。
「動かさないでください!」
「え?」
「回復したわけではないんです!」
「そうかしら~? 痛くないわよ~?」
「なるべく動かさないように!」
「そうなの? 痛くないのに~……でも、分かったわ。ありがとう~」
その後ぼくたちは脱出した。
◆
後日。
父親と一緒に、ミカエラさんが一時的に入院している彼女に会いにいくことになって。
「もう大丈夫ですか?」
「ええ~元気よ~」
彼女はうさぎの形の白いケーキを食べていた。
「このたびは息子がお世話になりました。ありがとうございました。そして……ご迷惑をお掛けしました」
父親は頭を下げ謝罪と共に礼も述べた。
「いえいえ~」
「これからはもっとしっかりさせます」
「そんな~。お父様、カーリンくんはもう紳士です~」
「な……? し、しん……?」
父親は意味が分からず困惑していた。
その日の帰りしな。
父親が先に病室を出ると、ミカエラさんは小さな声で「あの時は能力を使ってくれてありがとう~助かったわ~」と言ってきて、それからさらに「助けられることってあまりないから、嬉しかったの~」と続けていた。
◆
こういうことがあって、ぼくは今でも彼女を尊敬している。
女性でありながら単身乗り込んで人質を助ける度胸、腕力、そして心の強さも凄い。
ミカエラさんはいつまでもぼくの憧れの人なんだ!
◆終わり◆