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第8話 「……自分を抑えられる自信がない」

 無言で、レナードの顔が近づいてくる。

 寸分の狂いもなく整った顔は、リディアの心をひどく波打たせた。

 恥ずかしくて、でも嬉しくて、苦しくて、感情が整理できなくなったリディアは、強く目を閉じる。


「……っ!」


 レナードが小さく呻いたような気配があって、一気に空気が流れた。


「こんな状態で放っておきたくないが、俺は帰る」


 リディアに背を向けて、振り絞るように告げられたその内容が悲しくて、リディアは言葉を紡ぐ。


「ん、ここにいて、ください」

「……すまない。無理だ」


 そろそろ眠気が限界で、リディアは目を閉じた。ベッドの縁に微かに残る熱を感じ、そこを強く握りしめる。


「や……」

「ここにいると……自分を抑えられる自信がない」


 眠気で白く染まったリディアの頭では、レナードの言葉の意味を上手く理解することができなかった。

 だが、レナードの声がまだ苦しそうなことだけは分かる。

 

「……ぁ」


 眠くて堪らない。レナードの傍にいたい。そんな気持ちがせめぎ合いながら、リディアを襲う。


「……おやすみ、リディア」


 そんな声が、聞こえたような気がした。

 流れた風が頬を撫で、ドアが閉まる音がして――リディアの意識は途切れた。


 ◇


 リディアは悶絶していた。


 目が覚めたら自室のベッドの上だった。少し頭痛がする。そこまでは良い。

 だが、それまでの記憶が一切ない。


 リディアは強く目を閉じる。必死で記憶を手繰るが、出てくるのはひどく断片的なものばかりだった。

 レナードが謝ったところまでは覚えている。お酒を飲んだ、というところも覚えている。


「……私……触れたい、とか思わなかった?」


 それ以降の記憶がない。全く、見事にない。

 お酒で前後不覚になり、触れたい、なんて思った自分が何をしたのか――。リディアは不安で仕方がない。


 リディアは悶絶した。


 これから先、どんな顔をしてレナードに会えば良いのか分からない。

 ただ、失礼なことをしていないかが心配だった。正直怖いが、何があったかレナードに聞くしかない、とリディアは心を決める。


 その決意が揺らがないうちに、とリディアは起き上がる。瞬間、一気にひどくなった頭痛に倒れ込むことになった。



 ◇


 数日後、レナードはやってきた。


「いらっしゃいませ」


 いつものように扉を開けて、紅茶を出して。いつものように。

 きっとレナードはリディアが怒っていると思っている。この前の件で。あの件に関しては、むしろ謝るべきはリディアなのだから、レナードが気にすることはない。

 誤解は早めに解いておいたほうが良いだろうと、リディアは席に座った。


「レナード様。この前の件ですが」

「……すまなかったっ! 俺が悪」

「いえ」


 表情は変わっていないだろうか。


「本当にご迷惑をおかけいたしました。全ては私の責任です。申し訳ありません。そして、……その、私にはあの日の記憶が一切ありません。何か私が失礼なことをしていましたら、教えていただけませんか」

「……」


 平静を装っているが、机の下で握りしめられたリディアの手は震えていた。何かやってしまっていたらどうしようと、焦る思いばかりがぐるぐると心を回る。


「……リディア? どこか、体調でも悪いのか? ずいぶんと、顔色が」

「いえ、何ともありません」

「……そうか。あの日は……特に、何もなかった。リディアは何もしていない。眠ってしまっただけだ」


 リディアの体から、ふっと力が抜ける。

 それと同時に、レナードに笑いかけたい衝動に襲われ、リディアは唇を噛んだ。

 もう、こんなにも……こんなにも、絆されてしまっている。


「呪いですが、その……」

「ああ、話す。話すから、少し待ってほしい」

 

 そう言ってレナードは、目の前のティーカップを手に取った。優雅な所作で唇を湿らせると、レナードは覚悟を決めるように強く目を閉じる。

 次に目が開いた時の、その、真っ直ぐ前を見つめる晴れ渡った空のような青に。

 目を奪われた。


「俺の正式な名前は、レナード・ウィスタリア。ウィスタリア王国第二王子だ。……あまり、驚かないんだな」

「うっすらとですが、察していました。すみません」

「そうか。第二王子がどのような立場にあるかは知っているか?」

「いえ」

「まあ、何というか……よくある話なんだが、母親が平民で俺を産んでまもなく病死してな。存在ごと消し去ることも考慮されたらしいが、兄上がちょうど病気にかかったことで、受け入れざるを得なくなった。結局回復はしたが。後はどこにでもある話だ。呪いをかけたのが誰かは結局証拠は見つけられなかったが、この呪いの直後に王都から離れた土地の支配権と共に厄介払いされたからな、まず兄上の関係者の指示とみて間違い無いだろう」


 レナードの表情はほとんど動いていないように見えた。


「王位が欲しいとは思わない。兄上に復讐したいわけでもない。預かった民を、責任を持って守れればそれで良い。……だが、この呪いだけはきつくてな。というわけで、書庫くらいは何とかなっても魔術関係の素材は手に入れるのが難しい。申し訳ない」

「いえ……何とかしようと思えばできますから。持ってきていただければ早かったというだけです」


 それより、とリディアは心の中で呟く。

 どれほど、苦しい思いをしてきたのだろうか。どこにでもある、なんて言葉でぼかして。

 多分リディアには想像できない。想像できたと思っても、きっとそれは実際とはかけ離れたものになるだろう。

 だから、リディアはかけるべき言葉が分からなかった。

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