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第3話 それは、この国の第二王子。

「こちらこそ失礼いたしました。微妙な敬語から、てっきりご存知なのかと……。不躾な真似をいたしました」

「微妙な敬語は、すまな……すみません。あまり使い慣れていなくて」


 苦虫を噛み潰したような彼の顔を見て、リディアはくすりと笑う。どうやら、本当に使い慣れていないらしい。リディアが引き受けたことで、気が抜けたのだろうか。


「構いません。普通に話されるお客様の方が多いですし、どうぞ楽に話してください」

「それでは……すまない、甘えさせてもらう。正直舌を噛むのも時間の問題だと思っていた」


 堪えきれず小さく吹き出したリディアを、彼は微妙な顔で見つめていた。慌てて吹き出した口元を抑える仕草は、リディアには久しぶりのものだった。


「す、すみません。とても正直なお客様だな、と。失礼しました」

「……ここでは名乗るのはご法度か? お客様呼びは落ち着かん」

「っ?!」


 表面上は普通を装っていたものの、リディアの内心は大荒れだった。聖女の元に来るのは不名誉なことなのだ。呪いをかけられたことを公言して回るのと同義なのだから。

 リディアの元に来る客は、誰もが身分を隠そうと必死だった。リディアも詮索はしなかった。それが普通なのだと思っていた。いや、それが普通だ。彼が、本人もいうように常識がないだけ。


「ご法度……ではありませんが。普通は名乗りません。私を訪ねるのは不名誉なことですので」

「不名誉?」

「呪いをかけられたのを公言して回るようなものなのですよ?」

「確かに、ここに来るまではその通りだが、あなたに名乗るかどうかは関係ないのではないか? 公言するような人間とも思えないのだが」

「随分と、私を買っていただいているようですが……。聖女という存在は特殊なのです。力を必要とされると同時に、貴族にとっては権力を脅かしかねない能力を持っている存在でもありますから。『聖女は清廉で有れ』なんて言いますけど、全ては王宮から遠ざけるための方便です。昔は違ったようですが。この神殿が王都の外れにあるのも、国に保護されながらもここまで質素なのも、全ては聖女の政治的な影響力を削ぐためですよ」


 言葉尻に苦々しさが滲んでいるのは、リディアにも分かっていた。

 長年の聖女としての生活――頼られながらも、恐れられ、時には蔑まれる生活で溜まった鬱屈とした思いは、リディアが気づいていたよりずっと重かったのかもしれない。


「どうやら国は、聖女が反旗を翻すのが不安で仕方がないらしく……私などは平民の方の病気を見たりもしていますし、自分で言うのもなんですが民衆の支持は厚いですから。貴族の方に聖女は基本的に信頼されません」


 そこまで言ってから、リディアははっと我に返った。いくらなんでも話しすぎだ。久しぶりに普通に会話をしたことで、無意識のうちに舞い上がっていたのかもしれない。落ち着け、とリディアは自分に言い聞かせる。


「……レナード」

「え?」

「俺の名前だ。王宮の奴らがどう思ってるかは分かったが、俺は俺の判断であなたを信頼にたる人物だと判断した。だから名前を伝えた。それだけだ」


 急に目の前が滲み出して、リディアは慌てて瞬きした。聖女としてではなく、ただのリディアとして見てもらえたのは、一体何年ぶりだろうか……。

 この世界で唯一普通に話せる人が、リディアを見てくれた。それが、どうしようもなく嬉しくて。居場所をもらったようで。でも。


「失礼ですが、甘いですよ。この世界ではその甘さは命取りです」

「そうかもな。だからなんだ?」

「…………」


 リディアは言葉を失った。常識が通じない。


「あなたは、可能性は低いと言った。同じことは、この国の色々な魔術師にも言われた。それでも、引き受けてくれたのはあなただけだ」

「……私には私の利益がありますから。普通に話せる人は、この世界であなた1人なのです。取り入ろうとして当然でしょう?」

「この世界で俺1人か。悪くない。それにな、俺にとってもあなたは普通に会話できる唯一だ。大抵の人はあの魔術具を長時間まともに使えない」


 リディアは絶句する。彼も同じか。普通に会話できる人を求めていたのか。

 無意識のうちに強く手を握り合わせていたようで、細い指先が淡雪のような白に染まっていた。


「俺はあなたを信じる。それで何かあなたに不利益があるか?」

「……ない、ですね」


 リディアは、震えていた。それが、喜びによるものか、そのほかの理由なのか――。それは、リディアにも分からなかったけれど。

 リディアは、ほほえむ。


「私はリディアです。どうか、名前で……」


 なぜ、こんなにも早く気を許してしまったのか。リディア自身も不思議でならなかったけれど、彼にはそうさせるような、光るような魅力があった。

 本音をさらけ出したときの羞恥心は、裸を晒すそれにどこか似ていて。リディアは、すぐに俯く。


 レナードが、目を見開いてリディアを見つめた。

 ふっ、と、柔らかく微笑む。


「リディア、か。……綺麗な名だ」

「なっ……」


 どう反応していいか分からず、リディアは髪の毛をくるくると弄った。何か言わなければ、と思えば思うほど何も思い浮かばず、意味もなく唇を舐めてみたりする。


「こ、こちらが探してきていただきたい本です! お願いします!」


 露骨なのは分かっていながらも、リディアは話題を変えるしかなかった。強引に、手元にあった古い魔術書を押し付ける。


「わ、分かった。持ってくる」

「はい。ありがとうございます」

「それでは、今日はこれで失礼する。人を待たせていてな。……また来る」


 そう言ってリディアに背を向け、歩いていくレナードの姿。その気品溢れる佇まいに、リディアは考え込む。


「……はい、お待ちしております」


 自分の声がどこか上の空なのは、リディアにも分かっていた。

 詮索する訳では無いが、リディアにはレナードという名前に覚えがあった。

 かつて、訪ねてきた客の1人から聞いた名。


 レナード・ウィスタリア。


 それは、この国の第二王子。

 

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