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第1話 「なぜ、聖女様は筆談を?」

「……聖女様なら、どんな呪いでも解呪して頂けると伺ったのですが」


 数刻前に訪れた名も知らぬ客の声に咎めるような響きが混ざり始め、リディアは少し考え込む。

 すぐに古い机の上にあるペンを手に取り、紙に走らせた。リディア自身によって魔法がかけられたこのペンは、普通に会話するのと大差ない速度で言葉を紡ぐ。


『確かに、私は大抵の呪いを解呪できます。……しかし、あなたの持つ呪いだけは、私には難しいと何度も申し上げました』


 一瞬押し黙った彼だが、すぐに口を開く。


「先程から聖女様は筆談をされていますが、こちらで用意した魔術具を使いましょうか? 聖女様の声を直接私の脳内に流し込む魔術具です。……普通に流通しているものではないですが、俺には必需品ですから」


 分が悪いと話題を逸らしたようだが、彼の目は依然としてリディアから言質を取ろうと油断なく光っていた。


『……ああ、これは。お客様に限った話ではなく、全ての方にこうしてお話しているので、お気になさらないでください』

「それが、『沈黙の聖女』と呼ばれる理由ですか?」


 一瞬怯んだリディアを、彼の目は見逃さなかった。


『まあ、そうですね』

「なぜ、聖女様は筆談を?」


 美しい銀髪に青い目を持つ、いかにも貴族という顔立ちをした彼が、こうもずけずけと他人のプライベートに踏み込んで来ることに、リディアは戸惑いを隠せなかった。

 一向に答えようとしないリディアに痺れを切らした彼が、口を開く。


「それでは俺の予想を勝手に話します。聖女様は、声で魔法をかけるのですね?」


 リディアの動揺を、彼は正しく捉えていた。


「だから、余計な魔法をかけないように筆談をしている。……だから、俺の『人の声が聞こえなくなる』呪いは解けない。違いますか?」

『……まあ、正解です。満点とはいきませんが』


 彼の態度が、聖女たるリディアに対するにしてはかなり不躾な理由をリディアは悟った。彼も、彼なりに、必死なのだ。あのように貴重な魔術具を持っているくらいだ、呪いをかけられて長いのだろう。

 貴族は基本的に自分で文字を書かない。読み書きは当然できるが、署名することはあっても長い文章を自ら書くことはほとんどない。

 一般に読み書きができる人間が少ない中、代筆をする使用人を雇うことは貴族にとって一種のステータスとなり、自ら書くことは使用人を雇えない経済力だと喧伝するようなものだとされているからだ。

 その使用人の腕が良ければ良いほど、貴族としての価値が上がる。


 王都の隅にあるこの神殿に訪れる者は、身分を明かすことはない。呪いは、社交界では格好のスキャンダルとなる。それを知っているリディア自身も、客の身分を問うことはしなかった。

 だが、リディアの元を訪ねるというだけで、それなりのリスクを伴うことにはなる。ある意味、聖女は最後の手段なのだ。

 そこまでの危険を冒してリディアを訪ねたのだ、相当に切羽詰まっていると見て良いだろう。


「それでは……俺の解呪は不可能ですか?」


 リディアは小さく唇を噛んだ。面倒なことになったものだ。

 厳密に言えば、不可能ではない……かもしれない。確かなことは何も無く、見るからに高貴な生まれの彼に曖昧な物言いはしたくなかった。清らかな聖女とて、保身は大事なのだ。


 リディアは断ることを決めた。他にも依頼されている案件は幾つかあるし、国に保護されている聖女は正直仕事をしなくとも生きられる。面倒は避けたかった。


 すっと机の上に転がされていたペンに手を伸ばす。


「聖女様。どうぞこちらを使ってください」


 そう言ってリディアに渡されたのは、初めて見る魔術具だった。ペンのような形状をしているが、書くための場所に小さな魔石が付いている。それは想像以上に重く、中にも魔石が詰まっていることが想像できた。かなりの高級品だろう。


「どうせ俺には聞こえないので、普通に会話してください。俺にはそれで聞こえます。ただ、ローブを外していただけませんか? この魔術具は、口元も確認して内容を認識しているらしいので」

「……」


 結構だと、断れば良かったのかもしれない。だが、久しぶりに……本当に久しぶりに、人と、声に出して会話をするという誘惑に、リディアは抗えなかった。


 リディアは顔を覆っていたローブを落とす。するりと風が頬を撫でる感覚に、他人に素顔を晒すということに、えも言われぬくすぐったさを覚えた。


「……では、そうします」


 久しぶりに出した声は掠れていて、お世辞にも綺麗とは言えないものだった。見た目には何も変化がなかったように思えるが、するりと魔力が抜け出ていく感覚がある。リディアにとっては僅かなものだが、確かに人によっては厳しいだろう。

 だが、その言葉は彼には聞こえていないようで。いやもちろん聞こえていないのだが、そうではなく、彼は穴が空くほどリディアの素顔を凝視していたのだ。リディアが何を言ったのかなど、何も気にしていないのは明らかだ。


 他人に素顔を見られるという慣れない感覚に、リディアは落ち着きなく指先で髪を触った。指にくるくると巻き付け、離す。


「ど、どうしました? お客様?」


 それでも彼からの反応はない。いつの間にか落としていた視線を上げ、彼の顔を見る。自然と目が合った。

 端正な顔だった。寸分の狂いもなくあるべき場所に収まった一つひとつのパーツは、ぞっとする程に綺麗で。

 大きな音を立てて心臓がひとつ脈打って、リディアは再び目を落とした。


「……あ、あの。そんなに見られると、ちょっと……その、落ち着かない、のでやめて貰えませんか?」


 我に返ったように彼が視線を逸らしたのが気配で分かった。


「っすまな……いえ、すみません」


 こくん、と小さく頷き、リディアは顔を上げた。


「すみません。本題に戻りませんか?」

「……はい」


 そう言って彼が少し目線を逸らす。

 こんな風に普通に会話ができるというのが、リディアにとってどれだけ得がたく、どれだけの喜びをもたらすものなのか、彼はきっと分かっていない。


 なんだかくすぐったいような感じがして、リディアは戸惑った。ただ、俯くわけにもローブを被るわけにもいかない。


 ひとつ息を吸って、吐いて。

 面倒だという気持ちは、綺麗に消えていた。もう少し、この人と普通に話がしたい。リディアはそんな思いでいっぱいで。

 ぎゅっと目を閉じた後、リディアは本題に入ることにした。


「先程のお話ですが、不可能ではありません」

「っなら――」

「ただ。絶対にできるとも、言いきれません。まずは、私の力について……沈黙の聖女と呼ばれるようになったこの力について、お話させていただきます」

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[良い点] 小中学生向け [気になる点] タイトルが無駄に長い
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