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手まりの森(第一章)  作者: 羽夢屋敷
9/29

序 ~終わりのはじまり/ 09~

佐伯からの依頼で「六ツ鳥居惨殺事件」の再調査を手伝う事になった佐伯の旧友「丸尾」。

丸尾もまた佐伯と同じく『忌まわしき呪いの連鎖』に巻き込まれていくのか?……


  挿絵(By みてみん)





  --- 因 果 ---





 1963年  6月24日。 



 ――丸尾さん、悪いことは言いません。この件からはすぐ手を引くべきです――


 デスクの横の時計は五時半を回っていた。丸尾は夕焼けの光に照らされオレンジ色に光る水差しの水面をぼうっと眺めながら、昨晩、野口が電話の切り際に発した忠告じみた言葉を思い出していた。


「しかし〝黒テープ案件〟って……一体何がどうなってるんだか……」


 野口は丸尾の大学時代の柔道部の二つ下の後輩で、同じ国家警察の道を志し一時は丸尾が勤務する中津警察署の刑事課に席を置いていた男であった。蝦見糸村近くに住んでいたその後輩に六ツ鳥居事件の情報提供を受けたのはつい数日前の事であったが、その彼から丸尾の元に先日の深夜、再び連絡が入ったのだった。


「野口のヤツ、元カチコミ隊の頭ともあろう者があんなに動揺しやがって……」


 刑事課の若手エースとして名を馳せていた自慢の後輩からの電話は、まるで何か怯える小動物のような雰囲気を帯びていた。屈強な後輩の予想外な態度に苛立ちつつ、丸尾はその奥に潜む得体の知れぬものに対し、言いようのない恐ろしさを感じ始めていた。


 ――さて、佐伯にはどう話したものか……――


 自らもよく状況が飲みこめていない丸尾は、手帳のメモに目をやりながら刈り込んだ短い頭をかきむしった。



  ********* 


「夜分にすみません……先輩が今調べ直してる蝦見糸村の事件ですけど、本当にかなりやばそうですよ。やばいというかその……すぐ関わりを絶つべきかと……」


 野口の声が心なしか震えている様な気がし、丸尾は鼻で笑いながら切り返す。


「お前、こんな夜中にいきなり電話してきて、何だその軟弱な物言いは」


 何かしらの反発を期待した丸尾だったが、野口はお構いなしに同じ調子で続けた。


「実は今日、福岡県警の同じ刑事課に居た大先輩の送別会がありまして、さっき二次会が終わって帰ってきたんですが、何故かその先輩、私が六ツ鳥居事件の資料を漁ってた事を知ってて、隣にやって来ていきなりその話しを始めたんです」

「そんなの、お前が資料を持ってく所を誰かが見てたんだろよ。で、先輩は何て?」

「はい。それが……『六ツ鳥居事件は〝黒テープ案件〟だから止めとけ』と」


「黒テープ案件??」


「私も初めて聞いた言葉だったんですぐ聞き返したのですが、その先輩が言うには各地域の警察本部の資料庫には結構あるらしいんです。

『カギ穴の部分に黒いビニールテープが張ってある引き出し』

ってのが……」


「黒いテープの引き出し?……本部に結構ある?……全く初耳だぞ、そんな話」

「ですよね。なんでも、資料庫の一番奥とか物陰になっている所とか、とにかく目立たない所にこっそり作ってあるらしいんです。それで、そこには〝政府指導で世間には出さない事にした捜査放棄案件の資料〟が入っているらしくて、六ツ鳥居事件はそれに充たるから止めておけと……」


「政府指導って何だそりゃ?……そもそも何でそんな大事な事を知ってんだ?その先輩は」


 話の内容の余りの突飛さに持病の発作が気になった丸尾は、水差しからコップに水を移すと、ゆっくりとそれを喉に流し込んだ。


「その先輩の同僚が実際に事件の捜査に関わってたらしいんです。『六ツ鳥居惨殺事件』の」

「ゴホッ!…………な、何だって!」


 急展開する話に飲み込んでいた水が途中で逆流し、丸尾は思わずむせ返る。


「その先輩も同僚から話を聞くまでは〝黒テープ案件〟なんて全く知らなかったらしくて、内容も胡散臭かったもんだからその時は聞き流したらしいんです。ところが、実際に本部の資料庫で見つけたそうなんです。黒テープが張ってある引き出しを……」

「本部って、福岡県警本部でか?………本当かよその話?」

「はい。そりゃもう恐ろしい顔で説明されまして……とても冗談とかそんな空気じゃなかったですから……で、その引き出し自体は鍵がかかっていて開かなかったらしいんですが、それよりも私が引っかかったのは、そこで聞いた事件捜査時の話の方なんです。その先輩の同僚って人が六ツ鳥居事件の捜査メンバーとして現場周辺の調査を行っていた時に、それに同行していた気味悪い連中が居たそうなんです。なんでもそいつらは政府側から派遣された連中で、何故かそいつらの言動が現場では最優先されてたらしくて、要所要所で気味悪い指示出しをされて、皆それに従いながら捜査をしていたらしいんです。しかも連中に対しては一切の質問が禁止だったそうで……」


「待った待った。ちょっと落ち着いてゆっくり話してくれ。何なんだその政府が送ってきた連中ってのは?……大体、政府関係者だろうが何だろうが、そこまでの凶悪事件なら仕切るのは当然管轄警察だろうが。……気味悪い指示って……納得するか?普通?」 

「私も同じことを思いましたよ。〝そんな訳の分からない連中が現場指揮をとるなんてあり得るのか?〟って。……で、今の丸尾さんとそっくり同じような質問をしたんです。そうしたら返す刀でこう言われたんです〝死人が出たから仕方ない〟と」

「死人?……殺人現場に死人が居て何がおかしいんだよ?」

「いえ、そうじゃなくて、現場の捜査員から死人がでちゃったそうなんです」


「捜査員から死人だと!?」


 丸尾は野口から発せられた予想だにしなかった言葉に思わず固唾を飲む。


「はい。事件が発覚して県警の連中が現場に向かう途中で上層部から〝現場には一切手を付けずに現状維持のまま本部連絡を待て〟との指示が入ったらしいんですが、最初の遺体が発見された井戸に一足先に到着していた鑑識は、そんな事知らないもんですから調べ始めちゃったらしいんです。一つだけ井戸を。………六ツ鳥居の井戸は、その時は既に枯れ井戸で、上から若い鑑識員がロープで下りていって遺体にロープをかけてそれを引き上げたそうなんですね。それで例の〝毬を抱えた首の無い遺体〟が上がったもんですから「遺体の首はどこだ?井戸の中か?」ってな具合で大騒ぎになり、下に残った鑑識員に井戸の中を探させたらしいんです。そしたらその鑑識員、いきなりパニック状態になってしまったそうで……」


「パニック状態……閉鎖空間で首なんか探してたら、そりゃ多少はおかしくなるだろ」


「それが、本当に尋常ではなかったらしいですよ。井戸の底でそいつ、大声で何かわめき散らしながら岩壁を殴ってたらしくて。拳が潰れてもおかまいなしに、血だらけになって……その様子を見て他の鑑識員がブルってしまって結局、警察官が二人がかりで、そいつを引き上げたそうなんです……」


 再び乱れだした野口の話ぶりと、その異様な状況描写にイラつきを感じ始めた丸尾は、堪りかねて話を急かした。

「まどろっこしいな。……さっき言ってた死人の話はいつ出てくるんだよ?」


「その直後です。原因は不明なんですが、井戸の底からその鑑識員を引き上げた警察官が、そいつを打ち殺しちゃったそうなんです。引き上げた直後にバーンと」

「引き上げた方が発砲?……お前、それ……からかわれたんだろが。その大先輩とやらに」


 あまりに常軌を逸した話の内様に、丸尾の口から思わず本音が飛び出してしまう。


「まぁ、こういう異常な話、丸尾さんが一番嫌いな種類の話ですからね……でも、恐らく本当の話ですよこれは。……狂った鑑識員を狂った警察管が撃ち殺した。しかもその警察官はその後、現場に居た他の人間に向って手当たり次第に銃を乱射した……」

「乱射!?……どうして?……話が全く伝わらんぞおい!」


「だから何度も言ってるじゃないですか。〝祟り〟だって……。それと、その時の騒動を収めたのはその場に駆け付けた妙な連中、さっき話した政府から派遣されてやって来た連中だったって所が重要なんです。しかも、妙なまじないで騒ぎを鎮静化させたって話ですからね。……と言っても、これ以上具体的に話すと丸尾さんに全否定されそうなんでやめときますけど……」

「野口、お前……酔っぱらってるな」

「そりゃ酒を飲んでますからね。酔っ払いもしますよ……ただ丸尾さん、心配なんです。丸尾さんは蝦見糸の事をまるで分かっちゃいないんですから。……丸尾さん、悪いことは言いません。この件からはすぐ手を引くべきです」


 そこまで言うと、野口は相手の言葉を待たずに静かに電話を切った。


  *********  



 丸尾は眼を細め、地平線に沈もうとするオレンジ色の輝きを直視しながら、先日の野口との会話をとりとめもなく分散的に想い返していた。

 先ほどまで感じていた一抹の恐怖感はすでに消え去っており、「こうして夕焼けを眺めていると、自分が抱える全ての煩わしい出来事がまるで異世界の出来事のように思えてくるのは何故だろう?」などとおかしな事を考えていたが、窓の近くの電線に止まっていた一羽のカラスの一声で全てが掻き消される。


 ――佐伯の奴、そろそろ宿に戻ったかな――



 丸尾は手帳に控えた番号を再確認すると、おもむろにダイヤルをまわし始めた。



         (つづく)

~あとがき~


色々な事が重なり、ここ一ヶ月間全く執筆の方に手が回せませんでした。

(待っていた方、本当に申し訳ありませんでした……)

私事ではございますが、実は、東京で毎年開催されております『ゲームマーケット』

というアナログゲームの祭典に自作ゲームを毎回出品しておりまして、

仕事とその準備作業の両立がままならず、崖っぷち状態が続いていた次第です。。。


結果的に、何とか出展準備も間に合ったので、急いで続きを書きましたが、

今回、この『手まりの森』のゲームもイベントに出品いたします。

(実は、このお話は2年前に作成したアナログゲームがその原型となっております……)


イベントの場所は、東京ビックサイトの『青梅展示棟』と若干解りづらい場所ではございますが、

ゲームは、11/14(土曜)に、その青梅展示棟Bホールの「キ14」ブースにて出品いたします。

ご興味あります方は是非、お立ち寄りくださいませ。。。


(羽夢屋敷)


※※「ゲームマーケット2020秋」でネット検索するとイベント詳細が確認できます ※※

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