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手まりの森(第一章)  作者: 羽夢屋敷
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序 ~終わりのはじまり/ 07~

古部家の末娘アキの手術の執刀医「田代」に直接会って話を聞ける事になった佐伯。

田代は『古部一家惨殺事件』の重要参考人である「神山・舟越夫婦」と関わりがあったという。

アキとは一体何者なのか?そして、その周囲では一体何が起こっていたのか?

  挿絵(By みてみん)



 赤、赤、赤……


 気が付くと周囲は真っ赤な光で溢れていた。驚いて声をあげようとするが全く音にならない。両眼に差し込むその光を振り払うと何かに右手を強打した。その鈍い痛みで俺は薄暗い六畳間で目を覚ます。


「……夢か……」

 地平線の近くまで下がった太陽の生ぬるい光が俺の頬を直撃していた。

窓の桟にぶつけた右手の甲をさすりさすり、俺は畳の上に無造作に放った籐の枕からゆっくりと頭を起こす。窓の外の濡れた地面に、ちらほらとオレンジの光が反射している。


 うたた寝する前に連絡した田代医院の方は、院長に事情を伝えた所、意外なほどすんなり取材の合意がとれ、明日、院長直々に話が聞ける運びとなった。

腕時計に眼をやると時計の針は縦一直線に丁度六時を指している。


「電話……そろそろかな」


 午前中に連絡を取り合った丸尾から、夜に再連絡が入る事を思い出した俺は、目覚めの悪い頭を激しく左右に振って意識をクリアにしようと試みる。


――そうだ――


 ふと東京の集敬社の事が頭をよぎった俺は、重い体を起こし、小走りで再び玄関脇の電話へと向かった。この難解な事件の究明作業の補佐役にうってつけの男のことを思いだしたからである。素早くダイヤルを回すと、数コール後に聞き慣れた声が電話口から弾け出た。


「先輩ですか!……なんで全然連絡くれないんですか?〝毎潮新聞〟の関さん案件、俺に振りっぱなしで福岡に飛んじゃって……」

「いやぁ、すまんすまん……いろいろバタバタしててな。関には東京に帰ったら俺からしっかり話しとくから、とりあえず奴には『北見の件はもういい』って伝えといてくれ。それよりも東京の情報網使って、一件調べて欲しい事があるんだよ」


 電話の相手は「火野秀樹」。俺の後輩記者で、そそっかしい所はあるがブンヤとしての嗅覚は鋭い優秀な男だ。

 電話先から小さな恨み節と紙片をかき分ける音が聞こえてくる。


「……ちょっと待ってください、メモ取りますから………………ハイ、いいですよ」

「そっちで話してた猟奇事件、あれの重要参考人の目処がついてきてな。舟越無一と舟越沙奈江。……そうそう、普通の「舟」に引っ越しの「越」……二~三十年前に活躍していた〝心霊とかオカルト系の著名人〟から当たってくれないかな。……それと、ちょっと読み方は分からんのだが、「祓う」って字に大衆の「衆」の二字漢字の団体。政府絡みで昔からある団体らしいんだが色々謎だらけでな……あ、もちろん、関ルートも使ってな」 

「えーと……その舟越って容疑者と、この何とか衆を調べればいいんですね。わかりました。関さんの方には明日朝イチで連絡しときますよ。……ところで先輩、そっち……一体どういう状況なんですか?昨日も、デスクが『今度の佐伯ちゃんのネタ、やばいよ~』って大騒ぎしてたんですけど」 


 ここ数日の間に起きた不可解な出来事の数々が頭をよぎるが、俺は様々な想いに蓋をし話を誤魔化した。


「……確かに込み入った事になってきちゃあいるがな……まぁ、そっちに戻ったらゆっくり話すから、とりあえずは今の件、よろしくな」


 まだ話途中な火野を制し、俺は自分の用件だけを伝えて早々に電話を切った。〝重要参考人の察しがついている〟というだけで、舟越らの情報はその名前と〝いかがわしいオカルト儀式に関わっている〟という事くらいしか今の所は分かっていない。新米の若手記者には荷が重い調査ではあるが、関ルートで何かしら引っかかれば儲けものだろう。



 部屋に戻ると、窓の外は既に淡い闇が広がっていた。目を凝らすと明るめの星が数個、光り出しているのがわかる。部屋の電気を付け、開け放しだった窓を閉めると、同じタイミングで広間の方から婆さんの呼び声が届いた。


「佐伯しゃーーーん。そろそろ夕飯やけんねーー」



 丸尾からの連絡を待つも、結局その日に宿の電話が再び鳴ることは無かった。

 明日は十四時からアキの手術の執刀医との直接対談である。


 俺は錯綜する気持ちを抑え、早めに床についた。



   ********* 



  六月二十四日 十四時三十八分。



 ここ田代医院は、博多駅から徒歩十数分という好立地にそびえる三棟から成る大型の総合病院である。一見、近代的な外観に見えるが建物の歴史は古く、明治後期に建築された老病院だという。院長の田代英すぐるは、この医院の二代目院長で、北九州では五本の指に入る名外科医だという噂だった。


「お待たせして申し訳ございません。院長先生、戻られたようなのでご一緒ください」


 受付の看護婦はすまなそうな顔で小さく頭を下げると、俺の前をすたすたと歩き出した。看護婦の後をついて行くと、三階奥の『院長室』と記された扉の前まで案内される。


「先生は中でお待ちですから」


 そう言って彼女は元来た廊下を足早に去って行った。俺は扉を二回ノックして、慎重にそれを押し開いた。


「失礼します……集敬社の佐伯です」


 少しの間を置き、部屋の奥の方から静かな優しい感じの声が返ってきた。


「佐伯さんですね。どうぞどうぞ、こちらにソファがありますから」


 そのまま足を進めると、部屋の一番奥に置かれた大きめの机の前でこちらに背を向けた姿勢で、何か小声で独り言を言いながらファイルを確認する長身の男の姿が目に入る。

 恐らく田代院長であろうその男は、一つ咳払いをしてファイルを閉じると、視線を窓の方に向け何か考え込むような素振りを見せる。彼の視線の先にある大きな窓には白い厚手のカーテンが引かれたままの状態になっており、奇妙なことにその部屋の電灯は一般電灯より相当小さく、あえて室内を暗めにしている感じを受ける。


「お待たせしてすみませんでした。回診……『院長先生じゃなきゃイヤだ』と我がままをおっしゃるご年配の患者さんがたまにおられましてね………三十分以上オーバー……これは本当にいけません」


 田代は、背中をこちらに向けたまま持っていたファイルをそっと机の端に置いた。


「いえ、総合病院で待ち時間が長いのは当然というか……慣れっこですから」


 部屋の独特な雰囲気に気圧されつつも、俺はお決まりの記者トークで平静に対応する。


「これはお優しい」


 背中越しに田代が微笑んだ様な気がした。何とも不思議な雰囲気をまとった人物である。


「今、昔の資料を見て色々と思い出していたんです……古部…………アキの手術を……」


 〝アキ〟の名前が出た途端、田代がまとっていた空気感がガラリと変わる。


「あれは……そう、……あの手術は普通じゃありませんでした……初めから異常だったんです……何もかもが………」


 田代は何かを慎重に回想するような言いぐさで訥々と言葉を紡ぎながら、ゆっくりとこちらを振り返った。


『えっ?』


 心臓が破裂するような衝撃が体を突き抜ける。俺は無意識にその場から数歩退いていた。


――この顏――


 目の間に現れたのは〝石膏〟のような無表情の青白い顔。とても生きている人間のそれとは思えない、そんな顏であった。


「な、……なんです?……ど、どうしたんですその顔?」


 俺は何が何だか分からず、震える人差し指を田代の方へ突き出していた。

 田代はハッと我に返り、その白い顔面を両手で覆い隠した。


「す、すみません……初めてお会いする方には驚かせないようにまずこの面の説明をするのですが、気が……あの手術の事を思い出して気が動転してしまって……」


 室内の暗さで分かりにくかったが、言われてみれば確かにそれは顔全体を覆う薄肌色の一枚の〝面〟であった。


「その面は一体……?」


 田代はうつむき加減のまま、自分に言い聞かせるように言葉を吐き出した。


「全てはアキのせいなんです……。対外的にはあの手術は『うまくいった』で片付けられておりますが、実際は何と言いますか……言葉では簡単に形容しがたい、信じられない出来事が起きていましてね………」


 机の上に置いたファイルを再度手に取りそれをローテーブルの方に広げると、田代は右手をすっと手前に差し出し、俺にソファに座るよう促す。

 テーブル越しにソファに腰掛けた瞬間、田代の面が一瞬自分の顏に見えてはっとする。

 深淵の魔を覗き見る時、それは同時に「その魔に捉えられる」危険な瞬間でもあることを俺は知っていたはずだった。だが……



 その時の俺は、引き返す事ができない底無し沼に自分が完全に足を踏み入れてしまっていた事に、全く気が付いていなかったのである


 


         (つづく)


~あとがき~


先週の宣言通り、水曜日原稿アップは何とかクリアできました!


次回も『来週の水曜(9/30)』に配信できればと思っています。


自から尻に火をつけての連載となり、乱筆になる可能性も高いですが、

過去文章も都度、調整していこうと思っています。(既に調整だらけですが…(笑))


皆さんに一体どう思われているのか想像がつかず、こんな内容で良いのかとても不安です。

可能でしたら是非、コメントください。


宜しくお願いいたします!



(羽夢屋敷)

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