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手まりの森(第一章)  作者: 羽夢屋敷
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序 ~終わりのはじまり/ 05~

「六ツ鳥居惨殺事件」で殺害された『古部一家』が住んでいた屋敷へと足を踏み入れた 佐伯一郎。

果たして、事件究明のカギを見つける事はできるのか?

  挿絵(By みてみん)



 目の前に開けたのは母屋に沿って細く伸びる中庭と、庭の奥に立つ大きな柿の木だった。

 大木は薄黄色のコロコロとした小さな花を所々に咲かせており、眼前に近づく夏に備え力強く精気を蓄えているといった雰囲気を醸し出している。それとは対照的に、母屋の方はどんよりとした何とも言えない陰鬱な空気を漂わせている。柿の木の手前まで進むと、いかにも旧家の大屋敷らしい立派な飾り窓がついた二枚戸の玄関が現れた。俺は左端の取っ手に手をかけると、長い間野ざらしにされたそのガタ付く扉に力を込める。


――ガタ、ガタ、ガタタタ…――


 ようやく人一人分が開いたその時、扉横に取り付けてあった郵便受けから一通の郵便がパサリとすべり落ちた。


「古部照美様……テルミ?……アキの姉さん宛の手紙だな。……差出人は『生李かおり』……いくり?……何と読むんだろう」


 俺は深い考えなしに手紙をズボンのポケットにねじ込み、一呼吸してから薄暗い家中へと足を進めた。


「しくじったな。懐中電灯を持ってくるべきだった」


 玄関を入ると右方に屋敷奥へと続く大きな廊下があるが、壁に面した窓が雨戸で塞がれているためとても暗く、視界は非常に悪い。上り框の左側には扉が二つ並んでおり、奥側の方が半開きに開いている。

 俺は奥の扉の方へ歩みを進め、ゆっくりと慎重にその内部を覗きみる。


  挿絵(By みてみん)


 目に入ったのは縦長に続く大広間だった。広間の一番奥の壁面、十五~六メートル先の壁には明かり取り用であろう小さな窓があり、塞がれた隙間から入る光が辛うじて室内の状況をあぶり出していた。

 広間手前の五~六畳は板間となっており、仕切り襖の奥にその倍ほどの畳敷きの空間が続いている。奥座敷の中央には縦長の立派な座卓が置かれており、その先、小窓の横には小さな箪笥のような長方形の物体がちょんと鎮座している。


 高鳴りはじめた鼓動を必死に抑えつけ、俺はゆっくりと広間に入った。


「寒い……」


 広間に足を踏み入れた瞬間、突然異様な冷気を感じ体が委縮する。


「何だこの寒さは?……それにこの嫌な感じ……」


 なかなか二の足が出せない膠着状態を打破すべく、俺は両手で自分の顔と腿とを激しく数回叩くと、意を決して広間の奥へと歩みを進めた。

板間と座敷の仕切り襖を超え座卓の手前まで来てみると、その奥にあった四角い物が箪笥ではない事がわかる。


「仏壇……か」


 遠くからは良く分からなかったが、広間の奥にあったのは両開き式の〝仏壇〟であった。眼を凝らしてみると中に立派な本尊らしき物が置かれているが、仏像の形にどこか不自然さを感じ、俺はさらに近寄ってそれを観察してみる。


「えっ?」


 感じた違和感の理由がすぐにわかる。仏像には頭部が無かったのだ。俺は圧し掛かる恐怖をねじ伏せ、さらに周囲に眼をやる。暗さに慣れてきた視界に吸い込まれるように「一枚の小さなポートレート」が飛び込んでくる。仏像の斜め下にポツンと置かれたそれは、どうやら古部家の家族写真のようである。

 俺は周囲を警戒しつつ、ゆっくりと慎重にその写真に手を伸ばす。


「コツン……」


 写真に手が触れるかどうかというタイミングで、左足の踵に何かが触れた。

 俺は驚いて足元に視線をやる。


「?………………手まり?」


 足に触れたのは、赤子の頭ほどの大きさの不気味な漆黒の「手まり」だった。室内の寒さとは明らかに無関係な、ゾッとする悪寒が脊髄の方から湧き出す。


『!』


 不意に至近距離に何かの気配を感じ、全身が凍りつく。


 ――何か居る――


 まりの傍らから発せられる異様な気配。

 おれは機械仕掛けの人形のように、ひきつりながらその気配の方向にゆっくりと首を回していく……


 黒い物体。


 暗さではっきりとは分からないが畳の上に子供くらいの体格の「黒くて小さな何か」がコチラの方に頭を向けて、土下座をするような姿勢でうずくまっている。


『うわっ!』


 突然、キー―ンという金属音が鼓膜の奥に響き、しめつけるような激痛が頭部を襲う。身の危険を感じた俺は、とにかくその場から離れようと踵を返して玄関方向に逃げ出す。

 玄関から転がり出た俺は、目の前に立つ柿の木の根本にへたり込み、必死に呼吸を整えた。


「森といい、家といい………何なんだ!……あいつらは一体?」


 飲み込まれるような悪寒とは裏腹に、滝のように吹き出す「嫌な汗」で上体はぐっしょりと濡れ、俺の身体は小刻みに痙攣を繰り返していた。

 頭の奥でプツンと爆ぜた小さな黒い塊が、一筋の赤い滴となって鼻腔からポタリと落ち、濡れた俺のシャツの上でパッと小さな赤い花を咲かせた。



 ―ゴロゴロゴロ…―



 深淵からの誘いの様なその音にハッとし上空に目をやると、先の青空はいつの間にかどんよりとしたドス黒い雲で覆われている。



「何が起こっている?…………現実かこれは?……」



 混乱する頭の中、生々しい強烈な鉄の香りだけが紛れもないリアルを俺に叩きつけていた。




         (つづく)


~あとがき~


次々と本業の仕事が流れ、過多なストレスから体調も崩してしまい、

ここ3ヶ月ほど小説の事など全く考えられない状態が続きました…

長期の仕事は相変わらず入らない状況ではありますが、体調自体は回復してきましたので、

再び執筆作業を開始する事にしました。


今までお話を読んでくれていた皆様、

ご迷惑おかけしてしまい誠に申し訳ありませんでした。



今後は、少量ずつでも

週一ペースくらいで上げていこうと思っております。

再びお付き合いのほど、どうぞ宜しくお願いいたします。



(羽夢屋敷)

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