序 ~見えざる世界/ 11~
死んだ佐伯からのメッセージにより何かに気が付き、
再び〝手まり堂〟を目指す火野。
情報を紡ぎ、答えに辿り着く事は
できるのか?
18時 20分 熊乃経旅館。
テーブル上の薄緑色の綺麗な器に小ぶりだが形の良いアユがちょんと横たわっている。
「美味しそうなアユですね」
配膳をしながら女将は火野の方を向いてニィッツと口角を上げる。
「魚好きかえ?」
「ええ。特に川魚は好きですね」
女将は突然ぷいと火野から目を逸らし、独り言のように呟く。
「佐伯しゃんも魚は好きと言う取とったね……ばってん、ほんなこつ惜しかことばい……
あげん若かったんに……」
火野は黙って小さくうなずいた。
「あんさんの仕事の方はどうなん?……調査ははかどっとるんかい?」
気持ちを切り替えるように女将は声のトーンを高める。
「ええ。まぁ……ぼちぼち」
「ぼちぼちってなんね。……あんたも六ツ鳥居事件のこと調べちょるんじゃろ?お婆ぁも色々知っちょるんだから、何でも聞けばええよ」
「はい。お気持ちはありがたいんですが、今の所は先輩が残した情報で十分なんで……」
「ふーーん。佐伯しゃんも事件の事聞いたんは最初だけで、話してないことも色々あったんにねぇ……」
女将の言葉に火野は思わず食いついてしまう。
「色々って?……例えば?」
「例えばー………ああ!事件の少し前にここに泊まった夫婦……あれんとこに神社の神主が何回も訪ねてきててな。……この話は佐伯しゃんには言うとらんが一度変な事があったんよ」
「変な事?」
女将は急に神妙な顔になり、誰も居ないのに上体を火野に近づけて小声で話し出す。
「夫婦と神主が結構なけんまくで言い合いしちょったんよ……〝殺す〟だの〝殺さない〟だのって……うち、たまたま替えのお茶を持ってった時に聞いてしもうたんやが、とたんに怖くなってしまって……そのまま引っ返してしまったんよ」
――これはちょっと聞き捨てならんぞ――
火野は女将の興味深い話に関心を露にし、慎重に向き直る。
「殺すって……また、えらく物騒な話ですね」
「ウチん所も商売柄、泊まってもらったお客さんに迷惑がかかるような余計な事は言ってはなんねぇし、ほら、何やったっけ………プライバシーってやつ」
「それで、どうなったんです?……そのあとは?」
「神主かぃ?……帰っちゃったよ。すごい怖い顔して……そのあと部屋にお茶持っていったんだけどね……何ていうか……あの夫婦は普通じゃなかったよ」
「普通じゃない?」
「うん。……見たことないくらい真っ青な顔しててね……体の具合が悪い時の顔色の悪さっていうんじゃなくて……うーーん…………何か〝生気〟が無いって感じでの」
「生気………」
「あれは明らかに悪人顔じゃったよ。……たぶん、うちが警察じゃったら直ぐ捕まえて調べちょるね。おそらくね」
「………」
火野の中であえて保留としていたパーツ同士がにわかに近づく。そして惨殺事件の当日、実は舟越ら夫婦に何らかの〝霊的〟な影響が表れていたのではないか?という疑いが色濃くなっていく。
――事件はやはり保坂が単独で行ったのではなく、舟越夫婦も加わっていた可能性が高いな……夫婦は何か異常な状態にあって、それを神主が止めていた?……――
火野の中で様々な情報がぐるぐると駆け巡りながら何かを形作って行く。
――明日、六ツ鳥居に行けば更に何かが解るはずだ。少なくとも札関係の手掛かりは必ずあるはず……――
「あんさん、聞いとるかね?うちん話ば」
中空を見つめ何かを想い続けるその姿に、女将は不満げな態度を顕にする。
「聞いてますよ。……おかげで何かが見えてきそうです」
火野はそう言いながら女将を振り返り、小さく笑って見せた。
*********
8月 5日 11時30分。
火野は、午前中に六ツ鳥居の森に入る予定で早くから準備をしていたが、会社への休暇明けの出社連絡が長引いたのと、東洋大の清水への連絡等々で、気付けば時間は昼近くになってしまっていた。
出社日の連絡だけでそこまで時間がかかったのは、総務が話途中でデスクに電話を回してしまった事に原因があった。電話が繋がると、案の定デスクの質問攻撃が始まり、結局面倒になって「今福岡に来ている事」「佐伯の資料を基に個人的に六ツ鳥居事件を再調査している事」を火野は打ち明けてしまう。
だが、意外にもデスクからお叱りの言葉は一言もなく、逆に『金はどうしてるんだ?』と心配され、「個人的な調査なので自腹です」という火野の答えに対し『経費で落とせ』と、あっさり調査費用の会社払いを認めてくれた。火野にとっては正に〝地獄に仏〟と言えるラッキーな展開であった。
続いて、東洋大の方に電話をかけるも清水の方は運悪く会議中で、何度か連絡をした末にやっと本人と話すことができた。その後はとんとん拍子で話が進み、――東京に戻ったタイミングで巻物の写真について話し合いましょう――と、約束を取りつけていた。
玄関先の火野は、己に気合いを入れるように靴紐をキツめに結ぶ。
「女将さん、また自転車借りますねー」
「あいよー。あーそうそう、今日は午後から雨が降るんやとー。傘ば忘れんでねー」
「折り畳み持ってるんでー。じやあ、行って来ますねー」
上空を眺めると、確かに一雨来そうな不穏な空模様であった。
火野は一度は諦めた忌地を目指し、横長な旧式自転車のハンドルに再び力を込める……
12時20分。
六ツ鳥居に到着した火野は、前回と全く同じルートを全く同じ様に辿り、再び龍頭神社裏手の手まり堂と対峙していた。昼だというのに濃い曇天の為、辺りは夕方の様に薄暗い。
火野は建物側面の「にじり口」に再び手をかける。じっとりとまとわりつく空気が不快ではあるものの、今回も古部家で感じたような嫌な感じは伝わっては来ない……
――でも居るんだよな……あの連中が――
先日の写真の画像が脳裏をかすめ、体が瞬間すくむ。火野は両手で自分の頬を思い切り叩くと、指先に力を込めて目の前の小さな扉を解放する。
堂内の壁際には相変わらず無数の手まりが「怪しくも美しい光」を放ちながら、整然とこちらを伺っている。
火野は堂内の床面に敷いてある三畳ほどの大きさのゴザを端の方からめくっていき部屋の端に寄せると、カバンから小さな懐中電灯を取り出し、四つん這いになって顕になった床板を細かく調べ出す。
「土台の太い柱はこの辺の下だよな……………あ!」
横方向から当たる電灯の光が明らかに不自然な切れ込みを浮きだたせた。火野は切れ目のすぐ横付近をドアを叩く要領で強打してみる。
『ベコン!』
切れ込みに沿って細かい粉塵が舞う。火野は上体を起こすと、少し距離を取る形で電灯の光を全体に当てる……。改めて俯瞰で見ると、マンホールのフタ大の四角い〝隠し戸〟が床上にはっきり認識できる。火野は持っていたペンの先を切れ込みに強引にねじ込み、自分の指の入る隙間を確保すると、そのまま床板部分を強引に引き上げる。
――ギッ……ギッ……ガコッ!――
床板の下から現れたのは、暗闇へと続く〝短いトンネル〟であった。
「やっぱりこの柱……通れる様になってる……」
現れた通路は、丁度大人一人が通れるくらいの大きさで、長さは1メートル程度、その管の下にはさらに一回り大きめの空間がぽっかりと口を開けている。火野はその真っ暗な空間に向け、懐中電灯をかざす……
中を照らすと意外にも直ぐ真下に地面が見えた。上からだと見づらいが、石か岩の様な大きな物も視界に少しだけ入ってくる。
火野は床に落ちていた小石を穴に落としてみる。石は1秒足らずで地面に落ちたので、恐らく深さは2mちょっとであろうと見当をつける。
トンネルのヘリには20センチ位の間隔で〝溝〟が作ってあるので、これを使えば自力で出入りは可能だろうと推測ができた。
火野はカメラと荷物をその場に置き、懐中電灯を口にくわえると、内部の溝に足をかけながら思い切ってトンネル内に侵入していく。
トンネルを降りるとすぐさま地面に足が着いたので、くわえていた懐中電灯を手に持ち替えて周囲を照らしてみる。
――ずいぶん狭いな――
床板の真下にあったその空間は想像以上に狭かった。大きさ的には畳1.5枚程の空間で、通路以外の場所では上体を少し屈めないと頭が天井についてしまう。〝墓穴〟という言葉が似つかわしい、そんなの雰囲気の空間であった。
「石碑?……」
上から見て何だか分からなかったその物体は、幅10センチ程度、大きさが50~60センチ四方の一枚の石碑であった。石碑の表面には細かい文字で無数の人名が刻まれている。火野は石碑の冒頭部分に灯りを当て、彫られている内容を詳しく見てみる。
<蝦見糸魍魎病被災者三百四十八名慰霊之碑――天保七年八月三十日>
「えみし、もうりょうびょう?……348名慰霊碑……天保7年…………これって資料館の巻物に描かれてた大量死の?………いやそれより、慰霊碑が何でこんな変な場所にあるんだ?……」
あまりの異様な光景に、火野は空間の隅々にまで明りをかざし状況を再確認する。
ふと、石碑の裏側に目をやった火野は、石碑の土台の下の地面側に怪しい〝2本の窪み〟があることに気が付く。
――まさか動かせる?――
火野は慎重に石碑の前面に力を入れてみる。
――ズズッ……――
未だそれほど力も込めていない内に石碑は数センチ、奥に移動した。
「下に何か隠してあるのか?……ひょっとして札も……」
火野はそのまま石碑を更に奥に20センチほど押し進める。
――!…………まだ下がある?……――
動かした石碑の下側に、またもや下に続く〝穴〟の端部分が出現する……
火野はしばらく「どうしようか」と考え込むが、再び自分の頬を両手で力一杯叩くと、一気にその石の塊を奥の方まで押し込んだ。
――ズリズリズリズリーーッ……――
火野は本能をねじ伏せ、現れた穴の奥を覗き込む。
更なる下層に通じるその穴は、今しがた降りてきた頭上のトンネルより遥かにサイズが小さく、パッと見40~50センチ程度の大きさしかないように見受けられた。ただ幸いな事に、こちらの穴の方は手前側の壁面に〝ハシゴ〟が埋め込まれている。つまり、狭くはあるが出入りは比較的楽に行えそうな構造となっていた。
火野は穴の上から懐中電灯をかざし、再び着地面までの距離を測り見る。
「3メートルはないな……」
床上から今の地面を照らした時より若干深そうではあったが、〝とてつもなく深かったらどうする?〟と邪推していた火野は、地面が目視できた事自体にホッと胸をなで降ろす。
火野は再び懐中電灯を口にくわえ、ハシゴを器用に使ってストンと地面に着地した。
『!』
その足が地面に着いた瞬間、火野の体が硬直する。
どこからか漂ってくる〝どぶ川〟の様な異臭と、全身にまとわりつく異様な冷気……
――この感じ………――
火野はくわえていた懐中電灯をゆっくり右手に持ち替え、最大限の注意を払いつつ静かに体を正面方向に回転させていく。
『うあっつ!!』
火野は自分の目の前に現れた光景に思わず大声を出し、腰砕けになってしまう。
骨
骨
骨
骨
:
現れたのは、7~8畳ほどの縦長の空間の壁面を埋め尽くす〝無数の人間の頭蓋骨〟であった……
「こ、……この骨…………さっきの石碑の人たち?……」
腰砕け状態になるも、尚、右手の明りを移動させ『骨以外の何か』を探す火野……
――!?――
火野は空間の一番奥の頭蓋の山の中に、小さな西瓜程度の大きさの〝場違いな木箱〟があるのを発見する。
――もしやあれが――
火野は渾身の力を両ひざに込めて必死に立ち上がると、天井にぶつからないよう、頭に注意しながら、ふらふらと奥の壁面に向い歩みを進める。火野がその足を一歩進める度にまとわりつく冷気はその冷たさを増し、吐く息は白く上方へ立ち登る……
「くそっ!ここまで来て……いや、………ここまで来たんだ!」
必死の思いで箱の前に到達した火野は肩で息をしながら箱の状態を観察する。箱の上蓋には1枚の〝札〟がしっかりと貼られている。
札を慎重に剥がし、火野はその裏側を確認する。
「……これだ……」
そこには「葉月」から伝えられた『絶界の札のマーク』がしっかりと描かれていた。火野は無言でそれを上着のポケットにねじ入れる。
――この木箱の方は……一体なんだ?……――
火野は恐るおそる木箱の蓋を開ける。箱の中には円筒形のガラス瓶が入っている。
「何だこれは?……」
火野は木箱の中からそっと瓶を取り出すと、自分の目の高さにそれを上げ、懐中電灯で中身を照らす。
「内臓?……いや……脳?……………まさかこれ……」
瓶の中でホルマリンに漬かったその脳髄は、既に青みがかった乳白色に変色しており、長い月日の経過を物語っていた。
瞬間、周囲に『とてつもなく異様な気配』が沸き起こり、火野は慌てて視線を起こす。
視線に飛び込んできたのは、今迄そこにあった頭蓋ではなく、恐ろしい形相で火野の事を睨みつける無数の生首であった。
あまりの恐ろしさに火野は声を発する事さえできず、のけ反る形でその場にドスンと尻から倒れ込む。火野の手から「ガラス瓶」が滑り落ち、床に叩きつけられた。
――バリン!――
入っていた脳髄が「ぐしゃっ」とはじけ、四方に飛び散る。
部屋のあちこちから「この世のものとは思えないおぞましいうなり声」が発せられた。
火野は、はじけた弾丸の様にハシゴを駆け登ると、死に物狂いで石碑を押し戻し、地獄の穴に蓋をした。
数日前、古部家で感じた恐怖感とは比べ物にならない〝邪悪な気〟が、火野の全身を襲っていた。その鼓動は恐ろしい速度で危険信号を発し、全身の毛穴からは今迄かいた事のない異質な汗が噴き出す……
――供養どころか、これは………ここにあるのはとんでもない憎しみだけだ!――
――ドン!ドン!……ドン!……ドン!ドン……!ドン!ドン!……――
無数の「何か」が下側から狂ったように石碑にぶつかってくる感覚に心臓が跳ね上がる。
火野は無我夢中でその〝墓穴〟から這い出ると、そのまま堂外に飛び出した。
――ザァーーーーーーーーーーーーーッ……――
外では、いつの間に降り出したのか、土砂降りの雨が地面を叩きつけている。
『う……おヴぇぇぇぇッ!』
突然襲う激しい吐き気に、火野は自分の汚物を泥水の中にぶちまける。
白、黄色、緑、そして真っ赤な液が泥水の中で出鱈目に混じり合う。
――戻らなくちゃ……東京に……――
薄れる意識の中、火野は泥に浸かる坂道をころげ落ちていった。
(つづく)
~あとがき~
『序』章の投稿も
残すところあと数話……
話の初めから今回のお話まで、
急いで読めば
4~5時間位で読破できるかと思います。
エンディングを沢山の人と楽しみあえたら
とても嬉しいです。
ホラー好きの方が周りにおられましたら、
是非、本作を教えてあげてください!
(羽夢屋敷)




