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手まりの森(第一章)  作者: 羽夢屋敷
23/29

序 ~見えざる世界/ 09~

佐伯の意志を継ぐという事

それは同時に佐伯の抱えていた「負の要素」をも引き取る

という事……


運命とは何か?

選択とは何か?


全ては必然でしかないのか?

  挿絵(By みてみん)



  8月 3日 10時45分 蝦見糸資料館館長室。   


「絵巻物が見たかと!?」

 館長の小西は目を丸くして口にしていた湯飲みを荒々しくテーブルの上に置いた。


 先日、佐伯の亡霊らしき物を見てしまった火野は、佐伯がなぜ自分の前に現れたのか?彼が何を自分に伝えようとしていたのか?と、その意味を堂々巡りに考え続け、まともに眠れぬままに朝を迎えていた。だが、亡霊の出現はそんな火野に悪影響を与えるどころか彼の調査欲求に更なる拍車をかけていた。

 そもそも「札を手に入れるだけでは問題の根本解決には至らない」と考えていた火野は、この調査で『佐伯が辿り着けなかった何か』に到達し、佐伯に代わってこれを解き明かす、という気構えでいたからである。


「私のたった一人の師匠だったんです、佐伯さんは………少しだけでもいいんです………お願いします!」

「そりゃぁ、自分の目の前でそんな形で亡くなってしまったんならねぇ……あんたさんの気持ちはわからんでもないが…………ほんなこつ危なか物なんですよ。それは」

 小西は右手で頭頂部を小さくかき続けながら、火野の要求に懸命に抵抗する。


 しばらく押し問答が続いた末、火野は思い切って先日の出来事を語った。

「昨日現れたんです。佐伯さんが……」

 その言葉に反応し、小西の右手の動きが止まる。


「何かを言っていたんです。炎に包まれながら……わかりますか?佐伯先輩の無念が……伝えたい事があるんですよ!生きている我々に!」


 小西は握りしめた両手をテーブルの上に置いた姿勢のまま何かを考えていたが、意を決したようにすっと上体を起こして火野に告げた。

「火野さん。ちょっと上に付き合ってもらえますかね」

 小西はそう言うと、火野の返事も聞かずに席を立ち、館長室からゆっくり出て行った。

火野は訳も分からずその後を早足で追いかける。

 



 小西が案内したのは資料館の屋上だった。


「!?……何ですかあれは?」

 火野の目に飛び込んできたのは、屋上の中央部の高台の上に置かれた高さ2メートル近くはあろうかと思われる〝巨大な石碑〟であった。


「本来は村の人間以外には見せてはならんと言われちょる物なんですが……あんさんは見る権利があると思いますわ……」

 小西は石碑の方にゆっくりと歩みを進めながら説明を続ける。

「ごろんぼ様の祟りで命を落として成仏できなくなった連中の〝供養碑〟ですわ。コレ。今までどんな人がどれだけ死んで、どんな慰めの言葉がふさわしいのか、誰も見当がつないもんですから、ほら……供養碑なのに文字ひとつ彫られちょらん」

 石碑の表面にそっと触れながら、小西は複雑表情でそれをまじまじと眺めている。


「佐伯さんもこれを見たんですか?」


 火野の的外れな質問に小西は少し苦笑し、首を左右に振りながら答えた。

「古部の件とは直接関係ないし、あまり詮索されても困るもんで、佐伯さんにはこの石碑の事は一言も言うとらんですよ。……こんな話したらどこまで突っ込まれる事やら……」


 そこまで言うと、小西は火野の顏をチラッと見て小さく咳払いする。


「この辺の大地主だったんです。ワシんとこの御先祖様」

「大地主……」

「はい。昔の地主様って言やぁ、まぁ村の主みたいなもんです。……そもそもこの辺りは数棟の〝倉〟だったんです。それをワシの爺様の代でぶっ潰して、この建物を建てたって聞いとります」


「なんでまたそんな事を?」


 小西は再び視線を石碑の方に向け、記憶を辿るように訥々と語る。

「丁度その時期に、この近くの炭鉱で数十人も人が死ぬ大事故があったらしいんですわ。そん時に生き残った連中が口をそろえて『首の祟りだ』って訴えたらしいんです。それも『大量に出た』って……それで爺様と周りの人達が相談してここを造ったと聞いとります。………つまりここは「資料館ちゅう名の供養塔」でもあるんです」

「供養塔……ですか」

 小西は黙ってうなずく。


「小西家が館長を務めだしてワシで3代目なんですが……実は、ここで毎年蝦見糸地区の代表が集まって〝御供養会〟っちゅうのを開いちょるんです。村の連中には内密で……」

「内密?……なぜ内密に?」

「細かい事情は良くわからんのですが、どうも公にはしたくないらしいんです。ごろんぼ関係の話は」

「公にしたくないって?誰が?………何のために?」

「お国がですわ。理由は良うわからんですよ……ただ、今だに御供養会には政府の役人がきちんと参列してるし、重大な事には変わらんでしょう」

「政府の役人が、毎年?」


「火野さん……あんたが見たいと言っちょる巻物は、危険な上に、そういう連中が外部に出したがらないような代物たい。それでも見たいと言いなさるんかい?あんた?」


 全くの想定外の出来事に一瞬動きが止まるも、火野は反射的に何度も首を縦に振る。


「……わかったばい。ようわかった」


 小西は小さく数回うなずいた。



 二人はそのまま視線も合わさず、ただ押し黙って館長室へと戻っていった。




 *********


  12時10分。


 小西は神棚に供えた小さな蝋燭に火をともし、パンパンと2回手を合わすと小さな声で経文のような言葉を唱える。短い儀式が終わると、小西は用意した白い手袋を両手にはめ、紙垂のついた棚を開錠し、扉を開ける。ファイルの様な書類や小物が整然と並ぶ中、小西は30センチほどの長さの木箱を取り出し、それをテーブルの上に置いた。


「これがご希望の巻物たい……ワシも自分で中を見るのは初めてやけんね……」

「これ……今迄中を見た人とか居るんですか?」

「まぁ、何人かはいるでしょう。ワシが知る限りでは、父ッ様が若い時に興味本位で一度中を見たと言っとりました。「中身は〝死体の絵〟だらけや」と話とったんですが、その後えろう体調ば崩したらしゅうて…………火野さんも覚悟してくれんね」


 小西は説明をしながら木箱を包んでいた薄茶色の縄をほどき、札らしき物が付いたフタ部分をそっと外す。現れたのは灰緑色の一本の巻物だった。小西は巻物を慎重に取り出すと、筒にまかれた橙色の紐を慎重にほどいていく。


「そう言やぁ、父ッ様はこの蝦見糸で起きる厄災の原因は、ごろんぼ様ではなくてこっちの事件の方じゃねぇかって、よく話しとったなぁ……」

 小西の意外な言葉に火野はすぐ反応した。

「ごろんぼのせいでは無い?……と?」


 小西は一旦その手の動きを止めると、火野の顏をじっと確認してから口を開いた。

「いや、こん話は絵を見た父ッ様の感想だろうね。……それほど恐ろしい内容だったんじゃねぇかな……この巻物の絵が……」


 そう言いながら小西はスルッと巻物を開いた。巻物の冒頭部分は意味のわからない古語が連なり、最初に現れたカットは〝白衣をまとった連中が一体の気味の悪い死体を囲んで何やら相談している様子〟が描かれている。次のカットは最初のシーンから舞台が完全に変わっており、長屋のような場所で普通に暮らす庶民の姿が描かれれている。井戸の近くで洗濯をする女、行商の男、駆けまわって遊ぶ子供たち……だが、巻物が先に進むにつれ、庶民たちの「体の形」が、まるで食物が腐って行くかのように奇妙に崩れて行く。


「……何ちゅうか………えろぅ気色悪か絵ばいね」

「そうですね……いや、しかし……………何なんでしょうこの感じ……」


 二人の眼は、異様な悪気を放つその陰惨な画面に完全に釘づけになる。

 巻物は、中盤から後半にかけて直視しがたい無残な情景が展開し、画面内のあちこちに死体の山が築かれていく。さらに終盤では〝役人のような人間〟が登場し、長屋に火が放たれると、生き残った人間達も次々に炎に包まれ平和だった村は全滅する……


 黒焦げの人々の描写の後、シーンは打って変わり〝6人の馬に乗った行商人〟が描かれる。そして巻物は、斬首刑に処せられ『首が落とされている6人』の生々しいカットで幕を閉じた。 


「…………………」


 巻物を広げた姿勢で固まる小西のその手は小刻みに震えている。


 ――パシャッ!――


 前方から聞こえた音に驚き、小西が顏を上げる。


 ――パシャッ!パシャッ!――


「ちょっと!火野さん、あんた何やっとんの!!」

 テーブル上に広げられた巻物に向い、真っ青な顏で火野はカメラのシャッターを切り始めている。

「つまらんて!アンタこれ、見るのも厳禁なんやて!」


 小西の言葉などお構いなしに、火野は巻物の位置をずらしずらし撮影を続ける。

「小西さん、すいません!………あなたがこれを開けて見せてくれた時に、感じたんです。もう後戻りはできないって……」


 ――パシャッ!――


 小西は撮影を止める為に火野とテーブルの間に割って入る。

「やめんしゃいって!」

 火野が撮影の手を止め、二人は青ざめたまま一触即発の状態で対峙する。


「こんな勝手、許されると思うんかい?あんた!」

「勝手とか許されるとか、そんな事言ってる場合じゃないんです!呪いはもうこの村から漏れ出してるんです!」

 再びカメラを構える火野の腕を小西がグッとおさえる。

 その顔をキッと睨み付け火野が吠える。


「死んでるんだ!人が!沢山!………死んでるんです!……この村じゃない所でっ!!」


 火野の必死の訴えに小西の手は無意識に緩んでしまう。


「火野さん……あんた、ここまで………」


「こういうのに詳しい人が東京に居るんです……その人ならきっとこれの意味が解るはずです」



 小西はそれ以上火野を止める事はできなかった。




 *********


  13時50分  六ツ鳥居の森入り口。


「ジョンの透視が正しければ、ここにあるんだよな……札が……」

 真っ昼間だというのに、言いようのない不気味な重苦しい空気を火野は感じていた。


 これから六ツ鳥居を探索するという事を告げた途端、不満げな態度を顕にした小西であったが、〝あそこは迷いやすいから〟という事で、一片のメモを火野に渡していた。

 火野はメモに書かれた手書きの地図を確認する。


「まずはこの龍頭神社って所に向えばいいんだな」

 火野は思い切って森の中へと足を踏み出す。


 森へ入り長い石階段を登り切ると、左方に伸びる道が現れる。メモには〝右へ〟と記されていた為、右方向をよく見る。すると、伸びた草木で見にくくはあったが、確かに右方に進む道が存在している。


「これは気付かないよな普通……」


 火野は小西のメモに感謝しながら先へと足を進めた。

 分かれ道から5分ほど歩くと急に道幅が広がり、辺りの様子はようやく「人の歩く道」の体を成してくる。上方からの木漏れ日もそれなりに明るく、入り口で感じた〝嫌な感じ〟は、既にほぼ感じなくなっていた。


 道なりに15分ほど歩き、火野は龍頭神社に到着する。


「思ったより普通だな……」


 これまで立て続けに恐ろしい場面に遭遇してきた火野は、その『本丸』と確信して臨んだ六ツ鳥居の探索が、意外なほど問題なく進んでいる事に奇妙な違和感を感じていた。


「いや、……肝心なのはこの奥だろ」


 〝手まり堂→神社ウラ階段の上〟と書かれたメモに従い火野は神社の裏手に回る。

 神社の裏手は薄暗く、その先は鬱蒼とした藪になっている。


「階段なんてどこにあるんだ?」

 火野は落ちていた木の棒で端の方から藪をかき分けていく。


「!」


 見ると藪の中の3~4メートルほど先の斜面に紙垂が巻かれた大きな岩があり、その先

に目を凝らすと急こう配で上方に伸びる細い石段が確認できる。

「ここだな……」

 火野は足場を慎重に確認しながら大岩まで進むと、その横をすり抜け石段を登って行く。

 暗い石段を登りきると、眼前にぽっかりと小さな空間が開けた。


「ここか」


 開けた空間の中央には一軒の古びたお堂がひっそりと建っている。

 火野は、恐るおそるそのお堂に近付いていく……


 お堂の正面の引戸には複数の札が貼られており、札を剥がすか破るかしなければ堂内には入れそうにない。

「これを剥がすのはさすがにマズそうだし、どうする?………というか、この感じ………本当にここなのか?問題の場所って………」


 龍頭神社同様、手まり堂に上がってきてもなお、古部家で感じたような嫌な空気が全く感じられない事に火野は困惑していた。気持ちを切り替え、一旦手まり堂から距離をとり、火野はその全景をカメラに収めてみる。


 ――パシャッ!パシャッ!――


 上がってきた階段の端の部分を見ると、佐伯が指摘していた妙な石版を見つけたので、念の為それもカメラに収める。


 ――パシャッ!――


 火野はもう一度お堂の前に戻り、大きく深呼吸してから周囲に慎重に目をやる。だが、やはりこれと言って気になる物は発見できない。

 火野は何となしにお堂の周囲を一周してみた。


「あ!」


 建物の側面の角に火野は小さな「にじり口」を見つける。その小さな引き戸の中央には正面に貼られていたものと同じ札が貼られている。


「これなら破らずに入れるな」


 火野はその七~八○センチ四方の小さな引き戸を思い切って横に開けた。



 身体を縮め、堂内に何とか入り込んだ火野は、自分の目に飛び込んできた情景に思わず固唾を飲む。


「こりゃ凄い……」


 火野の目に入ってきたのは、薄暗闇から現れた無数の美しい『手まり』であった。

 まりは周囲の壁につくられた「ひな壇」に整然と並べられており、壁面上部の明り取りと古壁の隙間から入り込む外光を反射し、厳粛な美しさを放っている。


 ――パシャッ!パシャッ!パシャッ!――


 火野は夢中でシャッターを切りつつ、目的の『絶界の札』はどこかと、眼を皿のようにして堂内を隅々まで探索する。しかし、それらしき物は見つからない。


「やっぱり縁の下か……」


 火野は元のにじり口から堂外に出ると、お堂の土台部の下に潜り込んだ。

 縁の下にあたる空間に入り周囲を観察してみる。土台の四隅には土台自体の支柱、お堂の下部には、お堂自体を支える1メート幅の太めの支柱が確認できるが、懐中電灯で地面を注意深く探してみても、一向に何も見つからない……




「まさか…………場所が違ってる?」




佐伯からの情報を漠然と信じ、「ここに違いない」と確信していた火野の心に

動揺と焦りが広がって行った。




            (つづく)



~あとがき~


ネットに上げていると「こりゃいかん!」と

思った箇所を随時調整できるので本当に助かります。


プロの作家さんの連載作業とかをイメージすると

感服すると同時に、ホラーとは違う意味で背筋が凍ります……


調整なしにバンバン書いて行くって、

一体どういう脳内なのだろう??



(羽夢屋敷)


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