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手まりの森(第一章)  作者: 羽夢屋敷
18/29

序 ~見えざる世界/ 04~

7月28日、火野の眼の前で佐伯は炎に包まれた……

一体彼に何があったのか?

なぜ彼は死ななければならなかったのか?

彼の手帳は何を物語るのか?


  挿絵(By みてみん)



   --- 手 帳 ---



---------------------48P------------------------------

6/13

9:30

 デスクより8月のホラー特集用記事の依頼

 タイトル決定済み→「昭和の怪死事件」

11:30

→関に連絡。明日、毎潮新聞社で打ち合わせ

  

6/14

17:00 毎潮新聞社打ち合せ(関)

◎TV局スタッフ変死事件→1957.6/20 

・番組関係者6名がスタジオ内で変死

→祟りが原因 (?まさか)

・『日本の奇祭』という特番で「まり供養祭」という祭りを

 調べていたとの事

・ひどい「殺傷事件」があり現在は祭事を行っていないとの事

                              

☆「六ツ鳥居」という森で最後の取材を敢行

(※「手まり堂」というお堂周辺を撮影)

   →現地人とトラブルをおこしたらしい

※現地調査必須か?

 福岡県○○市-蝦見糸村○○-○○


・事件の目撃者

◎北見 亮   都内在住 / 電話○○○-○○○○


→※取材OK(16日20蒔:新橋のおでん屋「板幸」)




---------------------49P------------------------------

6/16

20:00 新橋おでん屋「板幸」(北見-取材)

・スタジオでの事件直後「6つの生首」の霊が出現

・6人の頭上に照明器具が直撃、全員頭部が陥没状態となるも

 死なずに「笑い続けていた」らしい(アホか)

・6人の頭が「生首の霊の頭」と少しの間入れかわる

・声も全く別人(???)

・6人のロケ映像が最初の確認時の映像と全く別物になっていた

 →お蔵入りの本当の理由はコレ

 ※映像は「たまTV」の開けずの棚に保管(怪談か?)


6/17

9:30 毎潮新聞社の関に電話連絡→たまTVへの取材の打診

  (「開けずの棚」の情報とる)

11:00 関から連絡

 →※6/18の11:00~取材OK(たまTV関→関のオジ)


6/18

11:30 たまTV取材(4階第1応接 関)

~以下、棚にあった「お蔵入りテープ」の内容~

・1957年6月 『日本の奇祭内-まり供養祭』

・「手まり堂」の先行ロケ(スタッフ:女1、男5)

・女がお堂の札をはがした辺りから変な現象

→首6つ出現。6人の首が無くなる(こんな映像初めて見た!)

15:40 帰社→北見から手紙と気味悪い札が届いていた

→新橋の郵便局前で北見が早朝死亡!(信じられん)

16:00 警察に連絡→おでん屋の話を根掘り葉掘り聞かれる

 ※北見の死因=「窒息死」との事。何で?

 

----------------------50P------------------------------

☆デスクから10日間の長期取材の許可  -GOOD!


21時 大分の丸尾に電話連絡→六ツ鳥居事件の調査を依頼


6/19

10:00 福岡市役所に連絡。所長への取材依頼

    →OK(6/21の13時)

10:30 東洋大の清水教授に電話→北見の札の話を説明

    ※午後に研究室に来るよう言われる

12:30 東洋大(清水と会談)

<「札」の解説>

・呪術で使う特殊な札

・似ている呪文の別の札を見せられた

→裏の記号で効果が変わるらしいが正直ちんぷんかんぷん

 (文字は気安く読んではいけないらしい)

※六つ鳥居→「ごろんぼう」に祟られるらしい

(ごろんぼうって何???)


19:20 丸尾から自宅に連絡

<依頼した惨殺事件の情報>

『蝦見糸村古部家一家殺人事件』=通称「六ツ鳥居惨殺事件」

・一家六人が殺害され森の六つの井戸に遺体が捨てられた

・遺体は全て「首」が無く、全員が「手まり」を抱えていた

・六つの井戸から、一家以外に少なくとも「五十人以上」の

 『首のない白骨』が見つかっていた。

・犯人以外に重要参考人が三名→人物情報が存在しない

・古部家の末娘だけが行方不明→この情報もなし

※明日酒会(6/20 20:30 →「つくし亭」)


---------------------51P------------------------------

6/20

6:10 東京(6:40発「燕」 →中津(大分))

20:30 中津駅前-日本料理「つくし亭」(丸尾と会談)

~丸尾情報~

・六ツ鳥居周辺は「生首の霊」が出る事で有名

・ごろんぼう=『首の霊』のことらしい

・福岡県警で「六ツ鳥居事件」は禁忌の事件らしい

(この日は丸尾宅に一泊)


6/21

11:00 博多駅着

12:00 福岡市役所着→まず宿の手配

→「熊乃経旅館」(くまのえりょかん)

(※六ツ鳥居近辺の宿。婆さんが経営→17時迄に到着必須)


13:00 福岡市役所・所長への取材( 村山 彰 )

~所長情報~

・大戦中、蝦見糸地区で大量の行方不明者が出た時期あり

 →調査記者は死亡

・奇妙な失踪事件が多発→2年で200人近い「神隠し」

(※1962年6月→園児バス47人が突然消える事件アリ)


<以下、新聞スクラップから抜粋>


「六ツ鳥居惨殺事件」福岡県民新聞 1942年7月20日号掲載

・薬問屋を営む古部一家6名が殺害(一家は7人の家族構成)

・遺体→「六ツ鳥居の森」の井戸から刺殺体で発見

(※末娘は行方不明)

      

----------------------52P------------------------------

  <古部家-家族構成>

 ・祖父 / 寿三郎(80)

 ・祖母 / シズエ(72)

 ・父  / 正造 (41)

 ・母  / 八重子(38)     

 ・長男 / 幸助 (17)

 ・長女 / 照美 (15)                 

 ・末娘 / 亜紀 (6)

            ※犯人→保口陽一(植木職人 35)

○保口陽一について

・手まり堂を管理する『龍頭神社』の剪定師

・村民会の会員。若者らのリーダー的存在


○手書きのメモ資料(※記事とは別。報告者不明の奇妙な資料)

・事件前週に監視者より〝重度の侵奪状態〟との報告←??

・末娘アキは恐らく完全同期が完了←??

→「監視者」「侵奪状態」「完全同期」とあるが意味はナゾ


○行方不明になった監視者について

 神山信仁、舟越沙奈江、舟越無一(監視補佐)

 の三名の行方に関しては、関連部署が総力をあげて調査中

・丸尾情報「事件の重要参考人」=この3人の事? 

(同姓「舟越」は夫婦?)

・神山信仁=神社の神主

(※神社=龍頭神社。森の敷地内にあるとの事)


16:40 熊乃経旅館に到着

~以下、女将(熊野シズ 81(婆様))情報~


----------------------53P------------------------------

・ごろんぼうの歌(子供が偶然歌っていた)

※「コワカミのうた」→この地方に昔から伝わる「数え歌」

 この地域に出没する「生首の霊」が、六ツ鳥居の森を彷徨う

 様子を表した歌だとの事


  一ツついては父のため

  二ツついては母のため

  三ツみんなはどこに居る

  四ツ世の中おっかねえ

  五ツいらはいごろんぼう

  六ツ向こうに飛んでった

  七ツなきんぼ乗っかって

  八ツやしろにゃ入れまい

  九ツここからとおりゃんせ

  十でトリイはまっかっか


・古部正造→寿三郎が大戦で青島に派遣され店を継ぐ

 (勤勉で誠実。他人に恨みを買うような人柄ではない)

・長男幸助→文武両道に秀でる。剣道で有名

・長女照美→明るく頭脳明晰。妹の面倒をよくみていた

・末娘アキ→産まれた時に体に大きなコブ。乳母車で散歩


・事件直前、泊まりに来ていた夫婦のもとに龍頭神社の神主が

 訪ねてきた(※宿帳なし。夫婦=舟越夫婦 たぶん)

・六ツ鳥居事件の1~2年前に末娘が行方不明になった

・古部家→この宿から歩いて10分ほどの場所らしい


・古部家の女中によく薬を届けてもらっていた

    

----------------------54P------------------------------

・六ツ鳥居には「龍頭神社りゅうず」という神社があり、

 その奥にある「手まり堂」というお堂で、昔はよく祭事を行っ

 ていたらしい→今は無人状態

(年に数回、関係者らしき人が掃除に来てはいるらしい)


※婆様情報大量!

 明日は「蝦見糸資料館」→「古部家」の順で調査を


6/22

10:20 蝦見糸資料館の館長を取材( 小西 薫 )


○古く江戸時代から伝わる『絵巻物』あり

 →開示禁止との事。

 ※その昔この地域で、疫病が原因で村人が大量死したらしい

 ・昔は展示していた資料だが、見た人たちが体調を壊すなど、

  妙な現象が続出したため閲覧禁止になったらしい

 (館長は中を見た?)

○主犯:保口の追加情報

 ・小西が子供の頃、『子供会』で世話になった人物だとの事

 ・事件は「子供会の合宿」の2日後に発生 →不自然すぎ?


~以下、資料情報から抜粋~

○1895 6/19 まり供養祭開始

 それ以前は「封印式」という儀式が58年間も続いていた

(※1894年 →神山信仁が龍頭神社三代目神主に就任)


~供養祭の内容~

・「毎年6/19」に手まり堂で実施


----------------------55P------------------------------

↓供養祭続き

・主催→龍頭神社の神主

・祭り参加者→蝦見糸五地区の住民限定

・内閣府任命の『祓衆』により封印式も同時執行

(「祓衆」←どう読む?)


○古部亜紀に関する術後所見(報告書)

 ※1938 12/10 舟越沙奈江が作成

・12/3

 →アキから切除した尊徳の御心体を『祓衆』本部に運び

  陰陽術式を施す

(サッパリわからん…祓衆って何?陰陽術式とは?)

・医院で起こった一連の騒動

 →公に出さないとの確約を得ている

              (資料情報はここまで)


※アキは他人を呪い殺す力があるらしい?

(館長の子供時代の子供間での噂 →マユツバ )

※内閣ってどういう事?


13:00 六つ鳥居の森を調査

・龍頭神社の先→手まり堂

・お堂前の石階段→変な記号の石版×2

      ※中に縦穴(何か立てていた?)

・手まり堂内に妙な気配。周囲で変な物を見た(幻覚か?)


17:00 宿に戻る

→宿の前で鼻血を出して気を失ってたらしい(どういう事だ?)


----------------------56P------------------------------

6/23

9:20 婆さんが介抱してくれていた様子(布団で目が覚める)

9:50 中津署に連絡→丸尾の方から夜連絡するとの事

11:20 古部家を調査

・古い手紙を入手

・奥座敷で「手まり」を発見

・何かの気配感じ屋敷を出た(次は懐中電灯必須!)


12:15 宿で手紙を確認

→古部家の長女に宛てた女中かおりからのものだった

(※女中「生李香織」が「古部照美」に送った手紙)


13:00

→婆様に女中の実家の連絡先を教わり電話取材


 生李 かおり (「なまり」と読む )

 山口県○○市○○○  電話:○○○-○○○○


~かおりの話~

〇アキの手術について

 ・かおり→1938年3月から1940年8月まで古部家に奉公

 (同年の冬にアキの背中のコブの切除手術)

 ・1939.2月にアキ退院。

 →春には自力で歩き出せるほど回復(早くないか?)

〇アキの特殊能力について

 ・特に情報なし。

 テルミのアキに対する過剰な気配りが、少し奇妙だったとの事

〇古部家について


----------------------57P------------------------------

↓かおりの話、続き

 ・古部家の人間は皆気さくで、おしなべて良い人柄

 ・ハンデを持って生まれたアキを皆で支えていた。

 アキ自身聡明な子供で近所からも好かれていた

 ・アキは手術後性格が一変した。

 その後古部家全体も陰湿な雰囲気になっていった

 ・かおりは奥方ともめた訳ではなく、古部一家全体の雰囲気に

 耐えられなくなり女中を辞めたとのこと

〇アキの失踪について

 ・1940年6月に失踪

 ・夕方に突然姿を消し、翌朝「妙なズタ袋」を引きずり

  泥だらけで帰宅

 →袋の事を訪ねると、聞いたこともない声で文句を言われる

 (北見の話に似てる?→幼女が森で一日過ごした??)

〇アキの退院後から訪問者

 ・アキ退院時、神主と若い女が一緒に古部家にやってきた

 ・二人はその後1~2ヶ月に1度ペースで屋敷を訪問

 ・女は毎回妙なまじないを実施(香を炊いてアキの背中に煙を

  吹きかけるという内容)  

 ※この女は『舟越沙奈江』に間違いナシ!


 ・アキの手術の執刀医は「田代」(博多の総合病院の院長)

 ・田代は手術前の往診で「神山・舟越沙奈江」と一緒に数度

  古部家を訪れたとのこと!

 ・この時、もう一人中年の男が同行

 (まさか『舟越無一』??)

 

 →田代に聞く!    田代医院 ○○○-○○○○


----------------------58P------------------------------

15:20 田代医院に連絡

 →明日14時、医院長の田代との打ち合せ確定

18:00 東京に連絡

 →「舟越夫婦」と「祓衆」の情報集めを依頼

6/24

14:40 田代医院にて院長取材( 田代英・すぐる)

 ・アキの手術の依頼主はなぜか政府のお偉いさん

 ・アキの手術の直前、医師会より「神山」と「舟越夫婦」を

  手術現場に同席させる様、命令があった

 ・術後の定期経過確認で「アキ」の元を訪れていた際に、

  田代に同行していた連中もこの3人で間違いないとのこと

<1938年12月3日 アキの腫瘍の摘出手術実施>

 ・摘出された腫瘍は「奇形嚢腫」

 →産まれてくるはずの姉妹の脳髄が丸ごと格納(???)

 ・摘出した脳は舟越無一に引き取られた

 ・手術中、奇妙な現象が立て続けに起こり、何人かの医師が

  怪我をした

 ・舟越沙奈江が終始妙なまじないを行っていた(←重要!)

 ・オペに加わった女医1名が錯乱、田代は事故で硫酸を被って

  しまい顔に大火傷を負う

 ・手術前に撮影したアキの写真から1枚を拝借する

 (調査資料として使用という条件付きで借りれた。外だし厳禁)


17:10→火野に連絡、調査状況を確認

・舟越無一の情報→「超常現象研究科の大家」という事意外、

 特に参考になる情報ナシ

~以下火野情報~

◎舟越 無一(失踪時:42)


---------------------59P------------------------------

↓舟越情報続き

・1922年3月 東京大学医学部卒

・1922年4月 関東行動心理研究所にて研究職につく

・1925年8月 日本超常現象研究学会を設立

・1934年3月 沙奈江と結婚(※沙奈江はもと教え子)

・1937年2月 英オックスフォード大学に招かれ講演

・1941年4月 超能力実験番組への出演で注目される

       同年出版した著書『世界の超常現象』がヒット

※「子供の能力者を用いた臨床実験」を多く行っていたが、

 これに関しては賛否両論だったらしい

→「?衆」の情報はナシ。火野にしては上出来か…


18:00 丸尾から宿に電話

→明日、中津警察署で直接会って話をする段取り決定   


6/25

12:30 中津警察署(3階取調室)にて丸尾と情報共有会

~祓衆の追加情報あり~

→大変昔から存在する「政府絡みのまじない集団」だとの事

・祓衆=「はらいしゅう」と読むらしい。

 ※舟越沙奈江はこの「祓衆」メンバーとみて間違いナシ!

・沙奈江の実家の住所取得(※志馬は沙奈江の旧姓)


 志馬 兵衛・多江子 (しばひょうえ・たえこ)

 京都府○○市○○町○-○ 電話 ○○○-○○○


13:20 中津駅から沙奈江の実家に連絡

 →※取材許可をもらう (6/27の昼に自宅訪問)


----------------------60P------------------------------

6/26

11:00

 先日首に出た変な「アザ」に鈍痛→念のため田代病院で受診

12:20 翌々日の取材の為、京都に出発

 (※26日は京都駅近くに泊まり、翌27日に取材敢行)


〇6/27

11:50 沙奈江の母「志馬多江子」への取材

・義理妹「芳子」が同席

 (主人の「兵衛」は体を壊して入院中とのこと)

・祓衆であろう男「葉月宗雄」の連絡先を入手

・舟越夫婦には「ケイコ」という娘がおり、現在島根の

 精神病院に入院中→20年以上も入院しているらしい

 (※念のため、こちらの連絡先も教えてもらった)

 

<祓衆>

 京都府○○市○○町○○  電話○○○-○○○○

 東亜風水研究グループ 神水会

 京都支部 主任研究員

 

 葉月 宗雄

 

<舟越ケイコ(島根の病院)>

 東野病院

 島根県出雲市○○町○○  電話○○○-○○○○

 

16:00 「神水会」に電話連絡

 →※明日15時 京都駅前、喫茶「桃源」にて葉月本人と会談


----------------------61P------------------------------

6/28

10:00 京都府立図書館

・神水会→関連記事を発見(たぶん関与?△、してそう)

〇1940.8/29

「奥羽野ダム開発予定地で死傷者200人の大火災」

→同地域で1年前から原因不明の火災事故が多発している。

 ※38年に起きた大火災の被害者たちの祟りでは?

  との声があがる→国×住民

 神社を建立し政府主導で公開祈祷式実施

→境内に清めの井戸が掘られる。

 施工担当業者=『神水建設』


12:50 京都市役所

〇神水建設:1955年に解体~執行部が中心となり宗教法人化

・「風水研究グループ」としての正式な登記は現在存在しない


 ☆神水会=祓衆母体 葉月=祓衆関係者 →ほぼ決まり!


14:30 京都駅北口 喫茶「桃源」にて葉月と会談


~葉月情報~

・祓衆は江戸末期より続く政府お抱えの呪術集団であるとの事

・祓衆関係者であった舟越無一(祓衆ではない)が「沙奈江」を

会に紹介

・沙奈江は呪術師として能力が大変高く1年で幹部に就任

 →特殊事例を任されるようになる

・沙奈江はアキに憑依した怨霊の除霊を強行し、夫とともに命を

 落としたらしいが、詳細は話せないとのこと


----------------------62P------------------------------

↓葉月情報続き

・除霊成功の可否についてもノーコメント

(神主「神山」の行方については祓衆も分からんらしい……)


・資料館で得た沙奈江のレポートに

 「尊徳の御心体を祓衆本部に運び陰陽術式を施す」

 との部分があったが、これは何を意味しているのか?

 →尊徳というのは前述の「大怨霊」を指しているが、こちらも

 詳しいことは話せないとのこと

(摘出した脳が「御心体」にあたるだろうと想像はつくが…)


・北見が残した札は『生贄の札』といって封印儀式に利用する

 ものらしい→「非常に危険だ」との事で没収された

・封印儀式に使用される札には『絶界の札』というものも存在し、

 絶大な力があるそうだが、今はほぼ現存しないらしい

・祓衆本部が比叡山の山中にあるとの事。

 →「お祓いを受けろ」と助言される

・何かあったら「舟越ケイコ」を訪ねろとの事。(理由は不明)


16:30→東京に向け出立

  葉月=祓衆だったが、ことの外いい男で驚いた

  →もらったペンダントは紛失(縁起悪い)


6/29

7:50 東京駅到着


   →会社についたらすぐ原稿まとめる!



---------------------------------------------------




               (つづく)



~あとがき~


佐伯が残した手帳。

そこには彼の時間が濃縮されている……


次回、佐伯の謎多き7月の行動が

その手帳から解き明かされます。


すぐUPしますので

こうご期待!


(羽夢屋敷)

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