序 ~終わりのはじまり/ 11~
舟越沙奈江の情報を入手する為、彼女の実家に足を運ぶ佐伯。
佐伯は、国家絡みの謎の組織「祓衆」と
沙奈江との接点を見付けることができるのか?
6月27日 京都
久しぶりの快晴だった。
ここ京都駅は、最近まで行われていた「高架化」工事もほぼ終了しており、近々行われる記念セレモニーに向け賑わいを見せていた。
駅前でタクシーを拾った佐伯は、丸尾から受け取ったメモを運転手に見せた。
「ここまで行って欲しいんですが、車で行った方が良いと言われまして」
「あー。確かにその辺は歩きじゃ大変ですなぁ。……坂も多いですから」
人懐っこそうな運転手が、愛想良く笑みで答える。
舟越無一の実家には沙奈江の母が義理の妹と暮らしており、一昨日前に連絡が取れた際、直接の取材を了承してもらっていた。
もちろん、佐伯が聞き出したい一番の情報は、沙奈江と祓衆との関係であったが、『舟越無一の学術特集を紙面掲載する』上での聞取り取材ということで、「彼を支えた妻である沙奈江の話を聞かせてほしい」と、体裁よく依頼を行っていた。
「良いところでしょう。この辺は……」
運転手がおもむろに佐伯に話しかけてきた。
10分ほど走り車は山道に入っていた。脇道に沿って小川が流れ、鳥のさえずりが辺りに響いている。言われてみれば確かに絵に描いたような穏やかな情景が続いていた。
佐伯は自分が置かれている状況と、その周囲の情景とのギャップに思わず苦笑する。
「痛っ。」
首に巻いた包帯の下に、チクりと痛みが走った。
先日、念のため福岡の病院で診てもらった首の痣の上には、レントゲンでみても何も問題は無かったものの、田代からの提言に従い一応に湿布が貼り付けられていた。
「首、どうされました?」
「いや……ちょっと寝違えちゃいましてね。あぁ……住所の場所そろそろですかね?」
佐伯は包帯をさすりさすり話をそらす。
しばらく進むと車は小さな脇道に入り、緑の屋根が眩しい一軒家の前で停止した。
「ここか」
車を降りて家の入口に向かう佐伯の足元に、一匹の柴犬がひょこひょこと近寄ってきた。
柴犬を避け、佐伯は玄関の扉をたたいた。
「佐伯さんですね……姉はすぐ参りますので、奥へどうそ」
玄関先に現れたのは義理の妹のようだった。彼女はぶっきらぼうにそう告げると佐伯の顏も見ずに足早に廊下を進んで行く。
言われるままに奥座敷に通された佐伯は、用意された座布団にちょこんと正座した。
しばらく待つと、品良く和服を着こなした70代くらいに見える女性が、何冊かの書類を小脇に抱えて現れた。
茶を持った妹が後に続き、そそくさと佐伯の前にそれを差し出す。
「すみませんねぇ。昔の写真などもお持ちしようと思って、少し探してましたの……ああ、足……楽になさってくださいね。」
妹とは打って変わった沙奈江の母の穏やかな口調に、佐伯は少しかしこまる。
会話が始まり、彼女の口から「無一の独特な研究スタイルや彼の業界での実績」が語られだすと、その内容は思いのほか興味深いものであり、それまで佐伯が『眉唾物』として切り捨ててきた世界に〝奇妙なリアリティ〟が注がれた。
この期に及んでなお沸き出す記者としての好奇心に辟易しつつ、佐伯は思い出したように本題を切り出す。
「ところで、変な質問になりますが『祓衆』という団体の事はご存知ですか?」
「ハライシュウ?」
首をかしげて考え込む様子から、彼女は「祓衆」の存在は知らないようであった。
「実は、沙奈江さんがその祓衆という団体と非常に深い関係があったという情報があるのですが……ああ、ご心配なさらずに。その団体は無一先生の研究に関わっている研究グループの一つですから……」
佐伯は、変に勘繰られて情報が得れらなくならない様、適当に話を取り繕いながら相手の一挙一動を注意深く観察する。
「研究グループですか……祓衆……そうねぇ~……………あ!そう言えば無一さんに連れられて毎月1~2回は“研究会”ってのに出かけてたわね。あの子」
――これか?――
相手の反応に手ごたえを感じた佐伯は間髪入れず話に食らいつく。
「そのグループは、超常現象の分野で言うところの呪術……つまり『まじない』なんかを中心に研究していたグループだそうで……」
「まじない!?……なら、きっとその研究会がそれですよ。たぶん。……たまに一緒に付いて行ってたケイコちゃんが良く言ってましたから『おばぁちゃん、また新しいオマジナイ教わったのよ』って」
――ビンゴだ!…………しかし「ケイコ」って………一体誰だ?
予想だにしなかった新たな人物の登場に、佐伯は戸惑いつつもすぐさま切り返す。
「そのケイコって……どなたでしょう?」
「えっ、……」
終始にこやかだった彼女の表情が突然こわばった。すると、それまで隣りで黙って二人の話を聞いていた妹が話に割って入ってきた。
「娘さんよ。……お二人の」
「芳子、その話は」
「いいじゃないの。もう20年以上も前の話だし……それにケイコちゃん………不憫だと思うわ。マスコミのせいであんなに酷い目にあって……本当に可哀相」
芳子と呼ばれた妹は、そこまで言うと唇の端を少し噛んで口をつぐんだ。
話が途切れない様、気を使いながら佐伯が後に続く。
「お二人には娘さんがいらしたのですね……酷い目にあったって……いえ、言い辛い事でしたらお話されなくても一向に構いませんので……」
芳子はうつむき加減の姉の表情を確認した後、再び静かに口を開いた。
「二人が行方不明になった半年ほど前に、無一さんの研究が雑誌や新聞で酷く叩かれた事があったんです。それもかなり長い期間……それで当時小学生だったケイコちゃん、学校で毎日のようにいじめられるようになってしまって……」
「いじめ……ですか」
「ええ。それもものすごく悪質で……ランドセルに死んだウサギを入れられたり」
「芳子!」
沙奈江の母が芳子の話を遮った。彼女は不安そうな視線を佐伯に投げると、その視線をそらすことなく、訴えるような口調で芳子に代わり語りだした。
「始めは街の方で三人で暮らしてたんです。あの子たち……ところが、無一さんが行ったある公開実験が失敗に終わってしまって………それまでは「未知の力は実在した!」とか「今世紀最大の大発見者」とか言って無一さんを持ち上げていた連中が、それをきっかけに全く反対の事を言い出しましたの。「稀代のペテン師だ!」「児童虐待者だ!」って。家への嫌がらせも酷くなる一方で、泣く泣くこっちに引っ込んだんです。あの三人……」
「そうなんですか……何と申しますか………申し訳ありません……」
佐伯は、そっけなかった妹の態度の理由を理解し、芳子の方にすまなそうな視線を送った。芳子もそんな自分の態度に気付いた様子でバツ悪そうに視線を逸らした。
「それで、そのケイコさんは今どこに?……」
佐伯の質問を受けた沙奈江の母は、悲しそうな表情で再び口をつぐむ。彼女を代弁するように芳子が話を続けた。
「島根の精神病院……。ケイコちゃん、とっても明るくて良い子だったのに、二人が居なくなってからは周りとも口をきかなくなってしまって……心を閉ざしてしまったのよ……それで20年以上病院に籠ったまま」
「20年!……ですか…………そりゃひどい……」
佐伯は事の悲惨さに絶句する。
「そう、ひどい話でしょ。今でも当時ご両親と親しかった「研究会の人」が定期的に彼女の所に行って様子を報告してくれてるんだけど、未だに私たちは面会すらできない状況なんだから……」
――研究会の人?――
佐伯の思考が瞬時に加速する。
「その研究会の人が20年もケイコさんを見舞っていると?……」
涙で少し目を充血させた沙奈江の母が、芳子を制して再び口開く。
「ええ。『葉月』さんというお方で、なぜかその人だけはケイコちゃんとの面会が許可されてますの。今ではケイコちゃんと少しお話までできるらしくて……」
佐伯の中で欠けたピースがかっちりとはまる感覚が弾けた。
「そ、その葉月って人の連絡先……教えていただけませんか?」
いきなり高まったその声に一瞬戸惑いを見せた沙奈江の母であったが、持ってきた手元のノートをぱらぱらとめくり、挟んであった一枚の名刺を取り出してみせた。
「これ、葉月さんから以前いただいたお名刺。……ここに住所と電話番号がありますから控えなさるといいわ」
「ありがとうございます!」
佐伯は事態の突然の急展開に動揺し、身構えたペンをその手から落としてしまう。
そんな姿を見て芳子がいぶかしげに眉をひそめた。
「大丈夫ですか?……どこか具合でも??……」
「す、すみません。全然大丈夫です。ちょっと色々思い出す事がありまして……」
――祓衆だ――
佐伯は、自分でも驚くほど激しく脈打つ鼓動を必死でおさえていた。
部屋の外から流れ込む小さな鳥のさえずりがその荒ぶる鼓動と重なり、不穏な不協和音を奏でていた。
(つづく)
~あとがき~
本当に久しぶりの投稿になります。
諸事情で「もう投稿できないかも」と、半ば自暴自棄になっておりましたが、
何とか再開にこぎつけました。(長かった……)
また頑張りますので、宜しくお願いいたします。
(羽夢屋敷)




