序 ~終わりのはじまり/ 10~
佐伯からの依頼で「失踪中の重要参考人」の調査をしていた丸尾はその流れで事件の核心を知る人物と接触する。
その一方で佐伯は「アキの手術」絡みで、違う角度から事件の深層に迫っていた。
二人の情報を照らし合わせた時、新たな真実が浮かび上がる……
6月24日 18時 熊乃経旅館。
佐伯は部屋の窓から外を眺めながら、先ほど病院で聞かされた田代院長の話を回想していた。
「厚生省のおエライさんからの手術依頼…………摘出された脳髄はどこかに消失…………
やはり呪いの元凶はアキってことか?……」
病院からの帰り際に降りだしたにわか雨は、あっという間に本降りに変わっていた。
宿の前を自転車に乗った郵便配達員が慌てた様子で通り過ぎていく。
「痛っ」
襟足に小さな痛みを感じ、佐伯は窓ガラスに顔を近付けた。
「虫にでもやられたかな?」
窓ガラスには薄暗い部屋で神経質そうに眉をしかめる自分の姿がぼんやりと反射するだけで、首元の状態などはもちろん確認できない。
「ひどい顔だな」
首の事より、そこに映り込んだあまりに頼りない自分の表情に呆れた佐伯は、そそくさと窓とカーテンを閉め、畳にごろんと転がった。
遠くの方で電話の鳴る音がし、婆様の呼ぶ声が廊下に響く。
「佐伯しゃーーーん。警察の人から電話だよーー」
――やっときたか――
電話は待望の丸尾からだった。
「丸尾か。お前、昨日はどうしたんだよ。連絡なかったじゃないか」
「すまんすまん。急きょ別件の調査が入ってな。ただ、色々情報は入ってるぞ……佐伯、お前明日、中津警察署の方に来れんか?電話じゃ話しづらい事ばかりでな。」
二人は少しの間とりとめのない会話をし、翌日の会合の約束を交わすと電話を切った。
*********
6月25日 12時半 中津警察署3階 取調室。
「そこ座っててくれ。今、お茶を入れるから」
丸尾は慣れた手つきで茶葉を入れた急須に湯を注ぐと、佐伯の前に差し出した。
「時間がないんで担当直入に話すが、実は一昨日、例の蝦見糸村出身の後輩から電話があってな。奴繋がりで『六つ鳥居事件の捜査メンバー』に連絡がついたんだ」
「!……捜査メンバー本人にか!?連絡がついたっておまえ、一体どこで……」
「まぁ、落ち着けって。まずその茶を飲め、茶を」
大分県警分署の中で最北端に位置する中津警察は、県境で起きる事件を迅速に処理する目的で建てられた警察拠点であるが、その位置的な特性から福岡県警と連携した捜査を行う事も多々あり、現場レベルで強いつながりを持っていた。
丸尾は後輩の野口から情報を得た翌日、福岡県警内の更に上のレイヤーにそれとなくアプローチをかけ、話題に上った〝六つ鳥居事件の捜査メンバー〟への電話接触に成功していたのだった。
「期待外れで悪いがその本人とは数分しか話せなかったんだよ。……つまり、その線からの情報は限りなくゼロに近い」
「数分?……またどうして」
丸尾は佐伯の方に顔を近づけると、慎重にささやくようにつぶやいた。
「この事件、政府が絡んでるぞ。裏で」
既に、アキの手術の依頼主が政府の役人だった事を知っていた佐伯は別段驚きもせず、むしろ腑に落ちたといった感じで何度か頷きつつ、静かに言葉を返した。
「そうだな。おそらく十中八九、この事件は政府絡みで何かを隠蔽してるな」
あまりに平然とした佐伯の反応に驚かされた丸尾は、逆にその言葉尻に食いついた。
「何かを隠蔽ってお前……そっちはどんな情報を手に入れてんだ?……聞かせろよオイ」
佐伯は田代から借りてきた一枚の写真を丸尾の前に差し出した。
「アキ。六つ鳥居事件で殺された家族の中で、唯一死亡が確認されてない末娘だ」
「ほー。こりゃえらいコブだな…この娘が何か?」
「惨殺事件が起きる少し前にアキはその腫瘍の切除手術をしてるんだが、その手術の依頼人が「家族」じゃなくて、政府のお偉いさんときている」
「???政府の人間が民間人の手術を依頼?………そりゃどういう事だよ??」
「わからん。俺も知りたい所さ……それで、その時にそのお偉いさんに付き添って病院にやってきたのが例の三人、神山信人と船越夫婦だったそうだ」
「!!…それ、お前がこのあいだ俺に調査依頼してきた連中じゃないかよ」
興奮した丸尾が腰を上げて詰め寄る。
「ああ。三人は事件前から繋がっていたって訳だ。で、その手術なんだが何と言うか……常軌を逸していてな……」
佐伯はアキの手術でおきた異様な出来事をどう丸尾に説明すべきかと言葉を詰まらせた。
「……とにかく、その手術の執刀医たちが大怪我したり、手術中におかしなまじないが使われたりで、それはもう……」
「まじないだと!」
ぎょっとした様子で、丸尾が佐伯の話を遮る。
「六つ鳥居事件!……あの事件の捜査にも〝まじない〟が絡んでるぞ。と言うか、正確には政府から派遣された〝まじない使い〟主導で捜査が進められたとかでな……」
丸尾は思いだしたように慌てて自分の茶を喉奥に流し込み、言葉を続ける。
「政府機関の一つに〝ハライシュウ〟ってのがあるらしいんだよ。なんでも『呪い』だの『祟り』だの、そういった薄気味悪い案件を一手に引き受けて調査する特殊機関だそうで、漫画みたいな話だが大正時代前から存在してるらしいんだ……その辺まではさっきのもと
捜査メンバーから聞けたんだが〝友人が事件を記事にする〟って話した途端に態度が豹変してな……いきなり電話を切られちまって」
「ハライシュウ!………なるほど!祓衆か!」
突然発せられた佐伯の大声に丸尾は一瞬たじろぐが、被せ気味にすぐさま切り返した。
「なんだ佐伯、お前まさかハライシュウの事も知ってるのか?」
「まあな。蝦見糸の資料館の文献に同じ言葉があってな。読み方が分からなかったんだが……ハライシュウ……そうか。祓衆か」
佐伯の口元に小さな笑みが浮かぶ。
「お前その顔、気持ち悪いぞ。………何だよ?その資料ってのは?」
「……繋がったぞ丸尾。恐らく舟越沙奈江はその祓衆だ」
佐伯はカバンから素早く手帳を取り出すと、資料館で控えたメモのページをめくった。
―――――――――
○1895 6/19 まり供養祭開始
それ以前は封印式という儀式が58年間も続いていた
(※1894年 →神山信仁が龍頭神社の三代目を継ぐ)
~供養祭の内容~
・毎年6/19に手まり堂で実施
・主催→龍頭神社の神主
・祭り参加者→蝦見糸五地区の住民限定
・内閣府任命の『祓衆』により封印式も同時執行
(「祓衆」←どう読む?)
○古部亜紀に関する術後所見(報告書)
※1938 12/10 舟越沙奈江が作成
・12/3
→アキから切除した尊徳の御心体を『祓衆』本部に運び
陰陽術式を施す
(サッパリわからん…祓衆って何?陰陽術式とは?)
・医院で起こった一連の騒動
→公に出さないとの確約を得ている
(???) →後に田代から説明(6/24)
―――――――――
開かれたページの最後の日付を指差しながら、高揚した感じで佐伯は説明を続ける。
「メモを取った時点では何もかも意味不明だったんだが、ちょうど先日、この田代医院の院長から古部家の末娘の手術の話が聞けてな。……まぁ、かいつまむがそこで舟越沙奈江が〝おかしなまじない〟を使って不可解な力をみせたと言うんだよ」
食い入るように手帳を見つめていた丸尾がその姿勢のまま小さく呟いた。
「直接確認した訳じゃないんで真偽は微妙なんだが、こっちも相当変な情報が入っててな………機密情報っぽいんで口外はしてほしくないんだが……」
「おいおい、今さら口外なんてする訳なかろうが。……妙な言いぐさだな」
「福岡県警本部に『六つ鳥居事件』の重要資料が眠ってるそうなんだ。但し、そっちに関しちゃ俺は立場上介入できんがな……。なぁ、佐伯……お前この件、どこまで突っ込むつもりなんだ?……変な言い方だがどうも嫌な予感がしてきててな。刑事の第六感がザワつ
くというか……」
明らかに動揺しだした丸尾の話を分断し、佐伯が口をはさむ。
「俺も正直気味が悪いよ。ただ、どう表現すれば良いんだろう……その半面で政府レベルで隠蔽されているこの〝闇〟の先にあるものの正体を見てみたい。っていう気持ちが出てきてるのも確かなんだ」
佐伯のすっとんきょんな返答に丸尾は苦笑し、呆れ気味な口調で返した。
「まぁ、本人がそう言うのなら仕方ないが……ならこれ、とりあえず渡しとくわ。東京に戻る前に一度連絡をとってみるといい」
丸尾が差し出したメモにはある人物の名前と住所が書いてあった。
―――――――――
志馬 兵衛・多江子 (しばひょうえ・たえこ)
京都府○○市○○町○-○ 電話 ○○○-○○○
―――――――――
「これは?」
「お前に言われて調べてたさっきの三人だが、なぜか情報が集まりづらくてな。船越無一だけはそれなりに名が知れてたんで奴の昔の研究員仲間を当たってみたんだよ。そしたら『無一の緊急連絡先なら知ってる』って男が現れてその情報をくれたんだ。〝志馬〟ってのは無一の奥さんの旧姓、つまり二人の実家がその住所って事だな」
「ありがたい。恩にきるよ」
無理して笑みを作ってみせる丸尾であったが、その目は全く笑ってはいなかった。
「佐伯……はっきり言うがこの闇は想像以上に深いぞ。適当なところで切り上げて記事にしちまう方が懸命だと思うがな」
丸尾がその言葉を最後まで発しない内に部屋の扉をノックする音が響く。扉を開けるとそこには若い婦警が慌てた様子で立っていた。
「お話し中すみません。丸尾さんに課長から呼び出しが入りまして……」
「本当かよ。三十分は見といてくれってあれほど念押しといたのに……すまん佐伯、後はまた電話で状況報告してくれ」
二人は取調室を出ると階段前まで一緒に歩き、そこで別れを告げた。
「色々助かったよ丸尾。また後で連絡するから」
軽い挨拶をして佐伯が丸尾に背を向けたその時、後方から丸尾がおかしな声で佐伯を呼び止めた。
「佐伯、おまえ、何だそれ?」
「え?何?」
「おまえの首の後ろんとこ……」
佐伯はおそるおそる自分の襟足に指先を伸ばす。
「痛っ」
手に触れたうなじ付近から切り裂くような小さな痛みが前方に走った。
踊り場の横に丁度あった全身鏡に映った自分の横顔を見て佐伯は戦慄する。
「……なんだ……………これは…………」
映っていたのは、後頭部付近から耳の下を通り、喉方向に伸びる「一本の赤黒いアザ」だった。
それまで懸命に誤魔化していた何かが佐伯の中ではっきりと実体化した瞬間であった。
(つづく)
~あとがき~
久々の投稿となってしまいましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
年内に第一部(前半)を完成させるつもりでしたが、今年も残すところあと十日ほど。
月末に五日間くらい時間がとれれば何とかなりそうですが、無理かなぁ~……
(可能な限り頑張ってみようとは思います。。。)
そういえば、先月、ようやくツイッターデビューいたしました。
小説同様つぶやき回数は少ないとは思いますが、
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羽夢屋敷




