転入生
「今日からこのクラスに転入する霧原史人君よ。
前から噂になっていたり、今朝の出来事が既に
知れ渡っているだろうから詳細はまあいいわね。
霧原君、挨拶に何か一言お願いね」
教壇で手短に紹介した教師由里子は、
その横で待っていた史人に視線を送った。
史人はまず教室を見回してみる。
大きく取られた窓、奥には掃除用具用の
ロッカーがあり、デザイン性は優れているが
内装自体は普通だ。
生徒数は大体40名ほどだろう。
国際色豊かで日本人だけでなく、髪や
肌の色が違う、外国籍の生徒も半数近くいる。
その中にこちらを見ている、まひろと
桜子がいた。
生徒会長室に向かう前、同じクラスだと
聞いていた。
各机にはノートパソコン型の端末があり、
黒板も電子モニターになっている。
教科書も使うが、一般的な学校よりも
最新技術の取り入れが早いようだ。
「霧原史人です。どうぞよろしく」
すぅと軽く息を吸うと、簡素な挨拶をした。
目立ちたがり屋ではないし、必要以上に
自己主張やアピールをするタイプではない。
「あの生徒会長の弟なんでしょ?」
「初登校の前にサクッとホブゴブリンを
撃破したってんだから、間違いないだろ」
「噂通りの腕利きだったら、いきなり学年の
上位に食い込むかもしれないぞ」
これからクラスメートとなる者達が口々に
感想をもらす。
多少尾びれ背びれで誇張はあるだろうが、
今朝のビヨンド撃破はそれなりに評価されて
いるらしい。
「それじゃあ席だけど、窓際奥のあそこを
使って。柚姫まひろさんの隣」
史人が教壇から教室の右後方を見ると、
まひろが両手でおいでおいでしている。
「史人ちゃん、こっちこっち」
史人が他の生徒に軽く会釈しながら、
そこへと歩いていくと、
「柚姫さん、お待ちかねのボーイフレンドね」
由里子が言った。
「は?」
教室の真ん中辺りで史人は振り返った。
由里子も同じように、
「?」
と眉を上げる。
「だって、言ってたわよ。家が近所で、中学
卒業までずっと一緒にいた仲だったって」
「あの、確かに近所で家族ぐるみの付き合いは
あったんですが、その」
史人ちゃん、とまひろが呼んだ。
「史人ちゃんは、私のボーイフレンドみたいな
ものでしょ?」
「え、別にそんな」
「だって史人ちゃんちによく泊まりに行って、
一緒にお風呂に入ったり、同じお布団で寝たり、
チューだってしたこともあるんだから。どこに
出しても恥ずかしくないボーイフレンドだよ」
「え、ウソぉ!? そんな進んだ仲なの?」
「マジかよ、彼女持ちか」
「本当なの?」
クラスメートがざわざわと反応する。
「ホントだよ。桜子ちゃんもたまに泊まりに
来てたよね? みんなでお風呂で洗いっこして」
突然話を振られた桜子は、
「えっ!? あ、あの……そのぉ……はいぃ」
肯定はして、そのままひどく赤面してしまう。
なぜか突然、史人は敵陣の真っ只中へと
放り出されたような形になってしまう。
「いやみんな、あの、変な意味は1つもなくて」
「霧原君。年頃なら人間関係に恋愛が絡んで
くるのもごく自然なことでしょう。先生、生徒の
そういう部分にはうるさく介入しない主義なの。
でも、もしただれた関係だとしたら教育的指導も
考えなくちゃならないわ」
「いやあの、違いますから。全部小さい頃の話で、
若者の性の乱れだとか、全然そういうのとは関係
ないですから。いや、ホントに。ホント、ホント」
ホントを連呼し、半ば強引に周囲の誤解を
解くと、史人は席についた。
「やったぁ、史人ちゃんと隣同士の席ー」
「やった、じゃないよ。子供の頃のことだって
説明しなきゃ、勘違いされる内容じゃないか」
「えー、それくらい仲が良かったんだよっていう、
事実を挙げただけだよ」
「だから、昔のことだってまず先に言わなきゃ。
桜子も巻き込んじゃっただろ」
まひろは桜子の様子をうかがった。
まだ顔を赤くしたまま、もじもじしている
ようだ。
「分かった、今度からちゃんとそう説明するね。
でも、今朝もベッドの中でおっぱいすりすり
したんだから、ボーイフレンドなのは間違い
ないでしょ?」
「あれは、寝ぼけてて」
「霧原流闘剣術宗家の長男か、意外と面白い
奴だなー」
突然、史人に声をかけるものがいた。
その声に振り返ると、後ろの席の男子生徒が
にやりと笑っていた。
恐らく史人と同じ日本人、短髪で愛嬌があり、
笑い方にも嫌味はない。
「俺は石蕗紫郎。よろしくな」
「ああ、こちらこそよろしく。うちの家系に
ついて詳しいのかい?」
「詳しいってほどじゃないけどな。俺は昔の、
デモンズリンク当時に姿を現した、世間では
元祖と呼ばれてる異能者の家系マニアなんだ」
突如として現れたビヨンドに歯が立たなかった
人類、そんな彼等に救いの手を差し伸べたのが
元祖の異能者集団である。
その成り立ちと歴史は学園の座学でも習うが、
彼等を一種のヒーローのように見ている愛好家も
少なくない。
彼もその1人なのだろう。
「朝っぱらからホブゴブリンを倒すくらいだから、
やはり宗家の血筋。相当な腕前なんだろうな」
「……素直にありがとうって言っておくよ」
「けど、ここで候補生の上位エースを目指すのは
結構骨が折れると思うぜ」
「腕利き揃い、ってわけかな。君もその1人?」
「いやいや、俺はサポート役に徹するタイプさ。
ここはツワモノ揃いだ、何しろ世界を救った元祖
異能者集団の親族親類が何人もいるんだからな。
いちマニアとして、その豪華な模擬戦メンバーに
ニューカマーが加わって、とんでもなく楽しみだ」
そう言って彼は、また愛嬌たっぷりの笑顔を
見せた。