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女教師と希望

 職員室というものは規模は違えど、

どの学校もさほど変わらない。

 学園も例外ではなく、パソコンなどの

備品は最新のものが使われているが、

教師ごとの机が数列になって並べられている。


「失礼します」

 律儀に挨拶しながら入室した史人は、

2年生の担任を探し、すぐに見つけた。


「おはようございます。今日からお世話に

なる」

「ああ、君が霧原史人君」

 椅子でくるりと振り返り、コーヒー

カップから口を離しながら、その教師は

言った。

 置かれたカップに、薄っすらと口紅が

ついている。


「2年A組担任の神代(こうじろ)由里子です」

 綺麗に鼻梁の通った美人である。

 シャープな眼鏡をかけ、バレッタで髪を

後ろでまとめている。

 レンズ越しの瞳からはどこかクールな

印象があり、落ち着いた雰囲気から一見年齢は

高そうにも見えるが、実際は20代半ばに

届くかどうかだろう。


 白のブラウスに黒のタイトスカートという、

教師としては比較的オーソドックスな服装を

しているが、胸はその服がはちきれんばかりに

大きく、腰つきも成熟した大人の女性を思わせる

ものだった。


「これ、ここの生徒専用の。使い方は前の学校と

ほとんど同じはずだから」

 そう言ってモバイルを渡すと彼女は立ち上がる。

 出席簿を兼ねたタブレットを持つと、

「もうホームルームの時間になるから。教室に

行きながら、少しお話しましょう」

 史人を先導して職員室を出た。


 2人は並んで廊下を歩く。

 窓からは訓練施設や遠くの街並みが見えた。

「ホブゴブリン撃破の話はついさっき聞いたわ。

さすがは霧原宗家の出といったところかしら」

 史人の家系は元々、ビヨンドが鬼や妖怪などと

呼ばれていた頃から奴等と戦ってきた家である。


 デモンズリンクの際には異能者グループとして

その血筋から数名が参加し、曽祖父が戦いに

散った。

 (くだん)の騒動で活躍した異能者は周りから

賞賛され、その家族や一族は多大な

ネームバリューを得て、各国のビヨンド対策に

おいて重要なポジションを与えられることが

多かった。

 史人の姉もそうかと思いきや、彼女は自分の

実力と統率力で生徒会長になった。

 逆に考えれば、異能者の家系は有能な人材を

輩出すると言えなくもない。



「あの生徒会長の弟が転入してくるって、少し

前から生徒の間で噂されていたけれど。その噂に

違わぬ実力の持ち主みたいね」

「はあ、まあその、ありがとうございます。

姉には道場でよくしごかれましたから」

 表向きの転入理由は、より良い環境で弟を

学ばせたいという姉の意向ということになって

いるらしい。

 高い能力を持つものがビヨンドに狙われている、

という件は教師や生徒に伝わってはいるものの、

史人が該当者だとはまだ思われていないようだ。

 話題になるのは構わないが、周りで騒がれたら

少し面倒だな、と史人は思う。

「学園では様々な勉強や訓練が思う存分できるわ。

何か今後の希望や、候補生としての抱負はある?」

 史人は少し考えてから、

「少し前までは漠然とガードになりたいと思って

いるだけでした。でも今は上を目指したい、

継ぎ目に派遣されるようなエースガードに」

 継ぎ目とは、この世界と異世界が繋がった際に

出来た巨大なピットの跡地である。

 異能者達が命を賭けた作戦で縮小に成功したが、

完全に閉じることは叶わず、現在も開いたままだ。

 定期的に強力なビヨンドがその境をまたいで

くるため、一騎当千のガードが現地で常時警戒して

いるのが現状だ。

「継ぎ目は危険すぎて上位ランクを取得しなければ

近寄ることも許可されないわ。高い目標を持つのは

いいことだけど。何か理由があるのかしら?」

「父を見つけたいんです」

 史人は頑なな瞳で言った。

 神代は少し困惑する。

「あなたの家族欄では、お父様は6年ほど前に

すでに他界しているようだけど」

「手続き上は死亡扱いで葬儀も済ませましたが、

俺の前で行方不明になったんです」

「あなたの前で、というのは」

「6年前、俺と遊んでくれている時です。突然、

ピットからとてつもなく強くビヨンドが現れて」


 とてつもない強さだった、と幼少の史人は

記憶している。

 彼の父は彼と同い年の頃、異能者として祖父と

曽祖父と共に継ぎ目の縮小作戦に参加していた。

 それほどの天才剣士で、歳を重ねても剣の腕前が

鈍ることはなく、史人の憧れでもあった。


「父はそのビヨンド相手にズタズタにされました。

俺を守るために父は決死の覚悟で奥義を打ち込み、

致命傷を与えたと思った時、ビヨンドが逃走用に

ピットを開き──」

 父は一緒に異界へと飲み込まれてしまいました、

と言葉を結んだ。


「……それは」

「誰もが死んだと思いました。俺もその時はそう

思って涙を流し、父の死を思い出の中にしまった。

ですが、半年ほど前にあるニュースを見たんです」

 史人は説明した。

 継ぎ目でビヨンドと戦闘中に、異界に飛ばされて

しまった男性のガードがいた。

 彼は仲間によって救助されたが、異界で史人の

父とよく似た特徴の男を見たというのだ。


「見間違えかもしれませんし、人と同じサイズの

人型ビヨンドだって何種類もいます。でも俺は、

何らかの方法で父が生き延びていたのだと、そう

思ったんです」

「それで継ぎ目に行けるように」

 史人は無言で頷く。

 確信的な根拠など1つもないが、彼は自分の

直感を信じたのだ。

「そう。それだけ強い意志を持って上を目指すと

いうのなら、教師として何も反対はしません。

生徒に向上心があるのは、教師にとっても

喜ばしいことです」

 でも、と彼女はすぐさま繋ぎ、

「上位ガードになるのは大変よ。少なくとも、

学年ごとの上位エースクラスをキープし続ける

くらいはしないと」


「エースクラス? パンフレットに出てたのは

ちょっと覚えてるんですけど」

「ダメよ、ちゃんと全部読まなきゃ。ガードは

誰かを助けるため、ビヨンドと戦うために、強く

なければならない。そのために行う訓練、実技、

座学、そして実戦形式での模擬戦。これらの

成績優秀者の上から一定数を、エースクラスと

呼ぶの」

 公園に来たガードが史人のことを、エリート

候補生なるものと呼んでいたが、多分これのこと

だろう。


「あの、本格的な模擬戦なんてあるんですか?」

「当然よ。学園が実力向上のために推奨している

くらいですもの。勝った負けたで成績の上下が

すぐ分かるから、一定以上の順位にいる候補生

同士は授業以外でも毎日のように取り組んでるわ」

「授業以外? それだと弱い者いじめで勝ちを稼ぐ

やつとか出てくるんじゃ」

「さっき渡したモバイルで情報管理されているから

実力差がある場合は例外を除いて対戦は不可能よ。

僅差の者同士がやり合うのが一般的ね」


 史人はモバイルを取り出し、基本情報を

見てみる。

 自分は生徒として登録したてで、まだ

下位の扱いらしい。

 対戦相手が表示され、記録されるような部分が

あるので、まるでオンラインゲームのリザルト

画面のようだ。


「みんな、持てる能力を使って切磋琢磨している

わけだけど、あなたの能力はちょっと変わった

心身感応(シンパシー)だそうね。適応したものでなければ

効果が発揮できないとか」

「ええ、まあ。そんな感じです」

 学園へ提出した履歴書にはそう書いてある。

 まだ大っぴらにしていない能力の全容は

教師でも知らない。

「それ、今私相手にも使えるかしら?」

「いえ、特定の相手じゃないと全く効果が出ない

タイプなんです。多分、先生に使ったとしても

何も起こらないんじゃないかなあ」

「そう、担任として受け持つ生徒の能力を把握して

おこうと思ったのだけど、残念ね。個人的に結構

興味があったから」

 どこか意味ありげなことを言いながら、担任は

足を止めた。

 いつの間にか、教室の前に到着している。

「さあ、ここがあなたのクラスよ」


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