バトルステージ
放課後、史人は寮やマンションに行かず、
野球の球場ほどある、ドーム型の建物の前に
立っていた。
高等部校舎から数百メートル離れた
ところに建つ、第5携行火器訓練用
ステージ。
候補生用の訓練施設はその用途ごとに
準備されており、ここは主に火器を用いた
実技に使われる。
ドームは複数あり、精神力を弾丸として
撃ち出す携行銃器型武具用ドームや、
それを大型にした砲撃型武具用の頑強に
作られたドームなどがあった。
それらは広い専用通路で繋がれている。
天井部分までは50メートルほどあり、
模擬戦を行うには十分なスペースだ。
壁は丈夫に作られているので、流れ弾等の
心配もしなくていい。
ここがエレノアから指示された場所で
あった。
「史人ちゃん、本当に戦うの?」
まひろが心配そうに言った。
桜子も同様に、彼の身を案じている。
史人の能力を最大限生かすには、適応者
である彼女達が必要となる。
2人とも快く協力には応じたが、今朝倒した
ホブゴブリンとはわけが違う相手である。
心配するなというほうが無理な話だ。
「やるよ。決着をつけてから、俺が聞かされた
彼女の祖父の話を彼女に伝える」
「戦わなければならないのですか? 普段は
とても冷静なかたです。これだけ時間が経てば
聞く耳を持たないこともないと思うのですが」
実際、午後の授業では、エレノアが表面上で
怒っているような素振りは見られなかった。
内面までは分からないが。
「俺も今は、売り言葉に買い言葉で受けて立つ
なんて言っちゃったことを後悔してる」
「それなら」
「ああ。謝って真実を話せば、対戦は避けられる
かもしれないよ。でも彼女に、なだめるために
選んで、飾り付けた言葉で話したと思われたら、
俺が持つダルトンさんへの敬意が伝わらないん
じゃないかって気がするんだ」
「史人さんはエレノアさんのおじい様に敬意を?」
「ああ。会ったことはないけど、話を聞くたび、
凄い人だと思ってたんだ。それを真摯に伝えるため
にも、彼女との間に、模擬戦というしがらみを
無くさなきゃいけない」
そう言うと史人は、ガラス製の玄関ドアを開け、
施設に入った。
施設の内装はそれほど凝ったものではなく、
装備品の調整ルーム以外は更衣室、事務室、
休憩室、トイレなどがあるだけで、いたって
簡素なものである。
送られてきた連絡によれば模擬戦決定と
同時に使用許可は出ていて、ステージに
来ればすぐにスタートとなるらしい。
史人と2人は、寄り道せずにステージへ
向かう通路を進んだ。
壁の矢印の順に廊下を歩くと、上へと
伸びた緩やかな階段に辿り着く。
ここを昇れば、サッカー選手がスタジアムへ
入場するようにステージへと出られる。
躊躇のない足取りで、史人は階段を昇った。
彼が足を踏み入れたステージは、観客席のない
ドーム球場のようであった。
周囲を囲う壁には数ヶ所、別の施設へと繋がる
通路の入り口が存在し、上には半透明のドーム。
照明は訓練の内容に応じて変化させられるが、
今はライトで昼間と同じ明度が保たれていた。
床部分は、かなりの硬度を持ちながら、衝撃を
吸収する特殊な合金で作られている。
足の裏によく馴染み、跳んだり走ったりする
際の足場としては最高だろう。
文字通り、野球でもできそうな広さのステージの
中央に、エレノア・エルクロードは佇んでいた。
遠目に見る立ち姿でさえ、ファッション雑誌の
1ページのようである。
史人は1人、臆するでも威圧するわけでもなく、
自然体でそこまで歩き、そして軽く右手を挙げた。
待ち合わせ場所に到着したかのように。
「やあ。来たよ」
片手を腰に添えて待っていたエレノアは、
「時間にルーズでないかたには好感が持てます」
「そうかい。何事においても遅刻は失礼だからね」
「あなたの能力は確か、心身感応でしたわね。
お連れの方々はそのために呼んだのかしら」
史人は軽く振り返り、入り口付近に待たせている
2人を見て、また向き直った。
「ああ、必要とあれば協力してもらう」
「必要とあれば? なんだか随分と余裕がおありの
ようですわね」
「そんなことはないさ。翔る高貴なる金色、
ゴールド・ハイノーブルなんて2つ名を持つ君が
相手なんだ。もう、いっぱいいっぱいだよ」
エレノアは数秒ほど軽く目をつぶり、再び開くと、
「おしゃべりはこれくらいにして、始めましょう。
公式模擬戦、モードはフリーマッチング。武装は
殺傷力を弱めたスタンモード。勝敗は意識消失か
ギブアップ、あるいはスーツへの蓄積ダメージで
判断されます。よろしいですわね」
「ああ。それじゃあ先に着替えさせてもらうよ」
史人はモバイルを取り出す。
操作が前の学校と同じなら、戦闘用スーツの
着用法も同じはずだ。
「ガードスーツ・デフォルト──アウトプット」
モバイルを片手で手早く操作し、決定ボタンを
押す。
するとモバイルから放たれた光線が彼の首から
下を包み込み、ものの数秒で、史人は制服姿から
戦闘用のスーツ姿に変わっていた。
首から指先、爪先まで全身を包んだスーツは
ブラックで、肌にフィットしている。
ガードが着用するものとほぼ同じで、戦闘用
だけあって防御力は高いが、人間工学に基づいて
装甲が細分化されていて、動きを阻害される
ことがない。
手の甲から肘までは甲冑のガントレットの
ように外側が覆われていて、脚も足首が自由な
ブーツ部分とニーパットでしっかり守られている。
この転送システムは、エルクロード家が持つ
精神力を用いる武具の技術力と、世界最高峰
とされる科学力とがミックスされて生まれた、
最新の技術だ。
史人は腰のホルダーに装着されていた、細身の
懐中電灯を思わせる筒を手に取った。
彼が意識を集中させると、そこから70センチ
ほどの刀身が伸びる。
これもエルクロード家の技術が使われた武具で、
訓練や模擬戦では、これの殺傷力を最小限に
設定したモードで戦うことになる。
「準備完了だ。そちらも、どうぞ」
史人に促されると、エレノアもモバイルを
操作した。
先ほどの史人と同じように、光が彼女の全身を
包み込む。
そして、その眩さの中からエレノアが姿を
現した。
「……これは!?」
史人が思わず、口に出した。
スーツのデザインが一般的なものと大きく
違うのだ。
頭部には、白銀色のティアラのようなものが
装着されている。
装飾品ではなく、表面は装甲されている。
首から下は、一言で言ってしまえばハイレグの
水着のようであった。
色は黒でノースリーブ、肩は丸いショルダー
アーマーで守られている。
胸はマスクメロンが2つ入っているのでは
ないかと思えるほど豊満で、ここも形状が
くっきりと分かるくらいフィットしている。
くびれたウエストの脇腹には何枚かのプレート
が付けられており、防御を高めているようだ。
ハイレグの切れ込みはかなりきわどいことに
なっており、その鋭角さは目のやり場に困る。
後ろから臀部を見ると、スーツのTバック状の
部分が、むっちりとした大迫力のお尻に完全に
食い込んで埋まり、見えなくなっている。
指先から肘まではイブニンググローブのように
スーツ素材が付き、小手のような形に装甲が
施されている。
左腕にはジェット戦闘機が機首を下に向けた
ような形をした、盾がついていて、指先から
側頭部までをカバーできるほど大きい。
脚部はニーソックスのように太ももまで
スーツ素材が覆い、足はヒールのついた金属製
ブーツが膝の上までを保護していた。
動きにくそうにも見えるが、細分化された
装甲で動作に支障はないようだ。
戦闘の緊張感がなければ、思わず生唾をゴクリと
飲んでしまいそうな戦闘用スーツだが、これも
最新の人間工学に基づいて設計されたものであり、
露出度は高いが決してやらしいデザインなどでは
ないのだ。
スーツに着替え終わると、エレノアの全身から
金色をした精神力の光が放たれる。
高貴なる金色とは、この様子を言い表した
ものか。
「お待たせいたしました」
エレノアはそう言うと、シールドの裏側から
右手で筒状のものを引き抜く。
それは史人のものと似ていたが、サーベルに
あるようなナックルガードがついていた。
彼女が右手を横に払うと、精神力で作られた
レイピアのような細剣が飛び出した。
「さあ、行きますわよ」