エレノアの理由
「エレノア様のお心を傷付けた不届き者は、
痛い目を見ればいいのですわ」
「傷付けたってどういうことさ」
史人の問いには答えず、タチアナと
テレーズはティーセットを専用のカートに
乗せるとその場を去っていった。
「おいおい、転入早々、なんだか厄介な
騒ぎを起こしちまったみたいだなあ」
近くで見ていたのか、紫郎が包み紙に
入ったオニオンたっぷりのホットドッグを
頬張りながら歩いてきた。
「史人ちゃん、エレノアさんと模擬戦をやる
ことになっちゃって」
不安そうにまひろが言った。
それだけで紫郎は全てに察しがいった
ようだ。
「ああ、じいさんのことで怒らせちまったな」
「俺は怒らせるようなことを言ったつもりは
ないんだ。互いの家族が相手をどう言っていた
のかって話になったら、急に怒り出して」
「しょうがねえさ、ありゃあのお嬢様の逆鱗
だからな」
触れてはならないことだったらしい。
史人は彼女の琴線を揺らしてしまったのだ。
「なんであんなに怒るんだよ」
「それには色々とあってな。そこはこの俺、
異能者集団マニアの紫郎さんが教えてやるよ」
自信ありげに、紫郎は大口でホットドッグを
食べた。
「彼女の祖父であるダルトンはデモンズリンクの
戦いで生還した、所謂生還組の1人なんだ」
「俺のじいちゃんと父さんもそうだよ」
「だよな。皆、ボロボロで瀕死や重傷で戻って
きたものばかりだったんだが、ダルトンじいさん
だけは掠り傷程度で帰ってきた」
史人はダルトンは軽傷だったと、祖父と父から
聞いている。
その理由もちゃんと聞いたのだ。
それを伝えようとしただけなのに──。
「戻ってきたダルトンは各国に、一般人でも
精神力で扱える武具を売り出すことにした。
全てはビヨンド対策のためだが、ダルトンは
それで今まで以上の資産を築き上げたわけだ」
ガードが身に付けている装備品の大部分は、
各国がエルクロード家から授かった技術を
もとに開発されている。
候補生が実技や模擬戦の際に着用する専用の
戦闘スーツも、そこから派生している。
そのシェアから考えれば、莫大な金が動いた
ことになるのは言うまでもない。
「それで一部の奴等がやっかみで、ダルトンは
逃げ帰ってきただけなのに上手いことやった、
あいつが逃げ回っていたせいで他の異能者達が
犠牲になった、なんて言い始めたわけよ」
「俺は親からそんな話は聞かなかった」
「だろうな。俺もそんな噂話は信じちゃいない。
でも世の中にゃあ、得した人間を何がなんでも
叩きたい、さもしい奴が大勢いるんだ。それで、
彼女もことある毎にじいさんの悪口を言われて、
コンプレックスになっちまったんだろうなあ」
紫郎は顎をつまんでから首を少し傾げ、
「少しでも揶揄しようものなら絶対許さない
って感じになったようでさ。模擬戦を挑むのは、
正々堂々戦ってじいさんの汚名は事実無根だと
証明するって意味らしいが、悪く言えば相手を
とっちめて黙らせるって面もあるんだよ」
「とっちめる、ねえ。やられた人がいるのかい?」
「ああ。同じ高等部で1人、大学部で2人かな。
回復魔法があるから大事には至らなかったけど、
戦いではガチで叩きのめされたらしいからな」
「随分と、激しい性格なんだな。とてもそうは
見えなかったけど」
「両親が仕事で世界中を飛びまわってて、隠居
してるじいさんに面倒を見てもらってたような
もんなんだってさ。所謂おじいちゃん子だから、
じいさん馬鹿にされるのが許せないんだろ」
「……そうか、そんな理由があったんだ」
親族への尊敬の念ゆえに、か。
史人にもそれはよく理解できた。
なら尚更、自分の祖父や父が、彼女の祖父を
どう評価していたか、伝えなければならない。
「俺は彼女のおじいさんを馬鹿にするつもり
なんて、これっぽっちもなかったんだ。ダルトン
さんの名誉のためにも、本当のことを伝えないと
いけない」
「それがいい。平謝りで許してもらってから、
真実を語って、模擬戦を回避するのが賢明だぜ」
「模擬戦を回避か。何人かボコボコにしたって
言ってたけど、彼女はそんなに強いのかい?」
「とてもお強いです」
紫郎ではなく、桜子が答えた。
「授業での実技や模擬戦ではかなりの好成績を
残していて、高等部での模擬戦ポイントでも
上位に位置しています」
史人の実力を信頼しているが不安もある。
そんな目をしていた。
「ま、異能者の直系の血筋なら強くて当然だ。
それに実家が武具を扱う家だけに、装備も強力
なんだ。翔る高貴なる金色、
ゴールド・ハイノーブルは伊達な覚悟じゃ
戦えない相手だぜ」
そんな2つ名がエレノアにはあるらしい。
「そうか、戦いを避けたくなるほど強いのか。なら
余計、真実を伝える前に1戦交えないといけない」
「なんでそこで対戦を選ぶ? すみませんでした、
本当はこう言いたかったんです馬鹿になんて
してないでしょ、だから模擬戦は止めましょうよ。
この流れでトラブルは綺麗に片付くだろ?」
「そうだよ、史人ちゃん。それともおじいちゃんや
おじさんを悪く言われたことが、史人ちゃんもどう
しても許せないの?」
「そういうことじゃないよ。ただ、戦いを避ける
ために真実を伝えるってことになったら、そこに
誤解が生まれるかもしれない。だから、模擬戦を
終えた上で、真実を伝えるよ」
「誤解?」
まひろは首をかしげて考える。
だが、史人の真意を酌むことはできなかった。