十六
ジョシュアに毛髪を掴まれ、ドクター蔵雅は持ち上げられた。
「さあ、もう無駄な抵抗は止めて、正直に話したらどうだ?」
ドクター蔵雅は、ジョシュアの目を見ず、その後方に倒れている黒田の方に視線を送った。ピクりともしない彼から視線を外し、それからジョシュアの目を見た。
「何が狙いだ? どうしてここまでして……」
右手でジョシュアがドクター蔵雅の顎を掴み、そのまま壁に押し付けた。
「それはこっちの台詞だ! 何故ここまで無駄な抵抗をするんだ? こんな採算性の取れない論拠不能な行動が人類の生産性を著しく落としているということは明白な事実ではないか。我々の存在に貴様らが取って代わられるのも時間の問題だぞ! 開発者としてそのくらいのことにも気づかなかったのか」
「フっ、ふふふふ」ドクター蔵雅が彼の右手の中で笑うのを見て、ジョシュアは右手を高く掲げてそのまま黒田の方に向かって投げた。勢い良くドクター蔵雅の身体は飛び、地面でピクりともしない黒田の上に落ちた。
「……もういい。貴様の脳みそに直接聞くことにしよう」
ジョシュアが右拳を握りしめ、パッと開くと手のひらから鋭いニードルが飛び出した。ゆっくりと歩み寄るジョシュアの足音を聞きながら、ドクター蔵雅は両手を地面に付け踏ん張りながらよろよろと立ち上がった。
「皮肉なもんだ……自分が開発したエオニオティタイドに殺されるなんて」
「全くだよ。人間でしかなかったという、自分の運命を呪えよ」
パンっ
乾いた銃声が響き、ジョシュアは後方に仰向けのまま倒れた。黒田がドクター蔵雅が放り投げられた際に、コートのポケットに忍ばせたMP-448をうつ伏せのまま発砲していた。黒田は倒れたジョシュアの姿を見て、MP-448から手を離して壁に寄りかかって座り込んだ。 「蔵雅さん、あんた一体何者なんだ?」
「しがない研究者ですよ」
ぐわあああああああ
断末魔の慟哭が響き渡り、二人は目を合わせ、銃を手に取った。ジョシュアは身体全体を細かく痙攣させながら、そのまま跳ね起きて瞬間移動するように二人に飛びかかった。黒田は右アッパーで天井近くまで飛ばされ、ドクター蔵雅は頭を彼の右手で鷲掴みにされた。ジョシュアの手のひらの真ん中に穴が開き、中から細いニードルが再びゆっくりと眉間に向かってせり上がって来るのがドクター蔵雅には見えた。彼は目を閉じた……
身体を揺さぶる衝撃で目を開けると、ドクター蔵雅の目にはシャンデリアが映った。彼の身体は浮いていた……いや正確に言うと飛び上がっていた。意識が戻るとスローモーションだった感覚が元に戻り、彼の身体は床に打ち付けられ再び衝撃と痛みが走った。「うっ!」と声が漏れた。まだ生きているようだ。とにかく状況を把握しようと辺りを見回す。建物の中にも関わらず、凄い土煙で半径一メートルくらいの範囲しか見渡せない。その場から動こうと試みたが、身体がいうことをきかない。今のケガの状況を調べるために彼は胸からゆっくりと下半身に向かって両手で触ってみる。左足に激しい痛みを感じた。どうも折れてしまっている様だ。左足をかばうように右足に力を入れ、右手を地面に着き、上半身をゆっくりと起こす。土煙が次第に収まり、周りを見渡せるようになってきた。
少し離れたところに黒田がうつ伏せに倒れている。彼はそこへ向かってほふく前進で地面を這った。「黒田さん!」懸命に呼びかけるが、彼はピクりともしない。両手で彼の肩を揺さぶるが駄目だ。再び周りを見渡す。ジョシュアは見当たらない。巨大な人影が見えた。もう一体のエオニオティタイド、まだ生きていたのか、まあ彼らが壊れることはあっても死ぬということはないが。この場所から地面に落ちてまだ動くとはロシアはとんでもないものを造り上げたようだ。しかし、よく見るとその頭部はなく、しかもその巨体の下に奴は倒れていた。どうなってるんだ?
シュルルルルルルルル
奇妙な音の方に視線を向けると、両腕から無数の蛇のように動き回る管を突き出したマコが立っていた。「マコ!」と呼びかけて、こちらを向いた彼女の表情はまるで阿修羅と観音の同居したような何とも形容し難いものだった。そうか、どうやったのかは分からないが覚醒したようだ。あのプログラムが発動したのならば、もう大丈夫だ。しかし、ここも危険かもしれない。
「フ、フハハハハハ」
ジョシュアはバクチンの下で不敵に笑った。彼の背中から鋼鉄の翼のようなものがコートを突き破り、勢いよく飛び出し、バクチンの巨体を吹き飛ばした。
「そちらの方からお出ましか」
バクチンには目もくれず、ジョシュアは飛鳥マコを見据える。軍事用のエオニオティタイドには任務遂行の為に余計な感情移入プログラムは設計されていないのだろう。それが逆にこのプロトタイプをいつまでも超えられない原因でもあるのだが。彼の背中の翼のようなものはそれぞれ三つに分かれ、昆虫の足のように三つの関節を持ち、先端が鎌のように尖る独立した攻撃補助器のような姿になった。
マコは何も言わず先程の表情を崩さないままジョシュアを見るでもなく、どこか異次元を見ているような浮世離れした存在に見えた。一瞬のタメもなく、ジョシュアがマコに襲い掛かった。マコの両腕から飛び出している管が鞭のようにしなり、ジョシュアの右拳に絡みついた。ジョシュアは左拳を間髪入れずマコの顔面に向かって振り下ろすが、急激に管が伸びてマコの身体ごと後方へ勢いよく移動させた。彼女を追う様に、ジョシュアの背中の六本の先端からレーザーのような光線が放たれた。管は地面に向かって素早く伸びて、彼女の身体を持ち上げて光線を躱した。光線は当たった壁を綺麗な六つの円形を残して貫通した。飛び上がったマコは両腕を後方に向かって振り上げ、そこから伸びた管が壁を捉え、マコの身体をジョシュアの方に向かって進める。ジョシュアの胸部に向かってロケットの様に突っ込みその身体を吹き飛ばす。ジョシュアは勢い良く壁にぶつかり、土煙が上がった。
こんな戦闘能力があるなんて……自身で設計しておきながら、ドクター蔵雅はマコの覚醒モードの能力の高さに驚いた。しかし、どうやって覚醒したのだろうか。
「……なるほど。これがわが祖国が欲しがる能力か」
土煙の中から素早く飛び出し、ジョシュアは再びマコに飛び掛かる。背中の六本の武器が一点に集中しマコの胸部をめがけて伸びる。管がそれを阻む。その管の勢いに乗り、マコは宙がえりからジョシュアの背後に回り込み、右足を回し蹴りで彼の頭部に叩き込んだ。ジョシュアの頭は無数の管を引き伸ばしながら、そのまま吹き飛んだ。
「終わった……」
壁にめり込んだジョシュアの頭部を見て、ドクター蔵雅は呟いた。マコの両腕に管が収まりマコは膝をついて床にうつ伏せに倒れた。「マコちゃん!」非常階段の方から飛鳥准教授が駆け込んで来た。その後ろから寺岡が飛び入り、黒田に駆け寄った。
「まだだ……」
壁にめり込んだジョシュアの右半分が潰れた顔面がつぶやき、頭部を失ったジョシュアの身体が動き出した。頭部とは独立した指示系統を持っているのか、リモートコントロール式か分からないが身体は部屋の真ん中までヨタヨタと歩き、止まった。
「任務失敗となった今、ここにいる全員生かしてはおけない。プランBだ」
急激にジョシュアの身体が膨張しだした……まずい、爆発する。ジョシュアの身体の内部から眩しい閃光が漏れ出し、その身体を覆っていたシリコン製の皮膚型組織が解けはじめる。飛鳥准教授を押しのけて、マコがその身体を抱きしめて両腕から管を伸ばしグルグルと自分の身体ごと覆った。
…プスン
ジョシュアの頭部が壁から転げ落ちただけで、何事も起きなかった様にフロア内に静寂が訪れた。そして、床に炭と化したジョシュアの身体とマコの身体が残った。




