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Autocracy Idea  作者: 松尾模糊
12/17

十二

 錆びかけた鉄製扉のノブは握らず、その下の部分を左足の上履きの裏で軽く押しながら右手を扉の真ん中に当てて押すと扉は簡単に開く。伝えるエネルギーを一点に絞るよりも二点に分けた方がエネルギーは効率よく伝達する。同じ条件下で物体が同じ距離を移動したとしたら、その物体の持つエネルギーは変わらない、力学的エネルギー保存の法則というものがあるが、この場合の条件はこの等式に当てはまらない。錆びついた扉を開ける際に生じる摩擦力と向かい風のもたらす運動エネルギーが、重力下で働き反発係数が一よりも大きくなる。つまり錆びついた鉄製扉はその錆びに侵食されながら変形することでエネルギーが消費されてしまい、エネルギー保存の法則からこの変形するエネルギーにドアの開くエネルギーは割かれてしまうわけだ。そう言えば、最近あいつを見ないな……私の伝記を書くとか大そうなことを語っていたが。まあ、いい。こういう感情は何と言うのだろうか? ノスタルジックと言うには大袈裟だし、よく分からんな。アップデート時のメモリーに記憶されれば新たな感情の名称として呼び名を考えてもいい。マスターコンピュータに報告しておこう。


 こうやって反復的に毎日行動していると、何も感じられなくなるのではないだろうか。私はそうだった。あいつが現れてから、色んな感情と呼べる理論的に説明のつかない反応が私の中で生まれた。とすると、管制的なシステムは感情と呼ばれるものを封じ込めるために出来上がったものであるということが導かれる。これもアップデートの際、マスターコンピュータに報告するべきか。いや、まだ実証的なデータとしては不十分だ。人間が築き上げた社会と学校はまた別物であると社会の先生も言っていたし。そういう先生は社会から隔離された学校の中で社会生活を送っているということか? とすると、彼らの意見は社会人として例外的に扱わなければならない……難しい問題だ。この辺は社会学者の担う範疇か。彼らの書籍データを今度転送してもらおう。ドクター蔵雅に会う必要があるな。そう言えば、あいつの苗字も蔵雅だったな。日本人で最も多い苗字は佐藤だったか、鈴木だったか? その統計も結構古いものだったはずだ。最新データをもらっておこう。やはりドクター蔵雅のところに行かなければ、当初の私の目的に支障が出てくるようだ。


 「よし!」


 飛鳥マコはどこで覚えたのか、そう一人で気合を入れると、給水塔から飛び降りた。それがどの様に人間の身体能力に作用するかは私には分からないが、声を出すことで神経による運動能力の抑制を外すという「シャウト効果」と呼ばれる化学的効果が認められたという。知らぬ間に飛鳥マコが叫んでしまったのは、以前そういう文献を読んでしまったからかもしれない。人間がいう、ミーハーというやつだ。


 「フフフ」


エオニオティタイドがより人間に近づくようにプログラミングされているとはいえ、あからさま過ぎて飛鳥マコは思わず笑ってしまった。一人でにやつくのはあまりいい印象を持たれないと誰かが言っていた。飛鳥マコは、そんなくだらない他人の評価などを気にすることに全く意味を見出せないでいたが、社会というシステムはそういうことに気を使っていかなければならない場所であるということも段々と分かってきた。なるほど、良くできたシステムだ。この仮想社会の中で社会に順応していくように設計されているに違いない。人間というのも侮れないな、飛鳥マコはそう思った。あいつの叔父である龍口研新が設計したネオフィフスタワーが沈みゆく夕陽の光を受け、煌々と輝いていた。飛鳥マコは何故か彼女の思考回路に浮かんだユキトの顔に困惑を覚えた。これは……何という感情だろうか。

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