一
人は死ぬと何処へ向かうのか? 解けることのない永遠の謎です。そんなこと死んでみないことには分かりっこないのだから。でも、果たして本当に? もし死んでも蘇ることが出来るとしたら? いや、永遠に死ぬことが無くなったとしたら。“死”という概念自体が無くなってしまったら、この問いは意味を持たない。そもそも誰もそんなことを考えないでしょう。しかし、今度は生きるということと、ただ存在するということの相違がとても曖昧になる。私たちは「物がある」とは考えても、「物が生きている」とは考えない。つまり、“死”の対義として“生”は考えられている。死ぬことがなければ、生きることもない。「表裏一体」というやつです。
男は一通りそんなことを話すと、焦げ茶色の背広の胸ポケットから電気タバコを取り出した。カチャッという乾いた音を立てて、鈍く輝く銀色の筒を口に咥えながら私の頭上辺りを遠くを見るような目で見つめながら白い煙を口から吐き出す。
「一体何が言いたいんだ?」
私は、男の勿体ぶった言い方に多少イライラしながら、話の先を促した。まあまあ、そう焦らないでくださいよ……と言いながら、男は微笑み、もう一度電気タバコを口元に持っていく。電気タバコを右手の中指と人差し指で挟んだまま、男は私の目を見据えた。先程までの薄ら笑いが消え、まるで喜怒哀楽全ての感情が欠落してしまったような、まるで能面を被ったような顔に私は多少たじろぐ。そうですね、百聞は一見に如かず。とりあえず、見て頂きましょう。
「見るって、何を?」
男は私の質問を無視し、私の脇を通り抜けて部屋の奥にあるドアを開けた。そして、振り返る私に中に入るように促すような仕草を見せた。私は訝しがりながらも、男の促すままに奥の部屋に入った。
古びた外観とは対照的な、近未来的映画で見るモニターやら、大型コンピュータが所狭しと部屋の中に並んでいる。そこから無数に伸びるケーブルが全て部屋の奥にある白いドーム状のカプセルに繋がれている。よく見ると、カプセルは開く前の蓮の花のように花弁状の蓋のようなものに覆われていて、その花弁状の蓋にはそれぞれ潜水艦に付いていそうな、分厚いガラスの丸窓が付属している。中はよく見えない…液体で満たされているみたいだ。中から目のようなものが見えて、私は身体をビクつかせた。
「……これは」
永遠です。
「永遠?」
老いることも死ぬこともない、不老不死の身体です。まあ、物質は朽ちてしまうものなのでメンテナンスは必要ですが。そう言いながら、男はコンピューターのキーボードを叩く。プシューという、空気の漏れる音とともに、蓮の花が朝日を浴びてその花弁を開いていく様にゆっくりとカプセルの扉が四方に開く。中には透明な球体の金魚鉢のような容器に満たされた赤紫の液体と、そこに沈む裸体の女が胎児のように蹲っていた。
「エオニオティタイド……人造人間か? 国際規約違反だぞ!」
もちろん内密に研究を重ねてきましたよ。アメリカもロシアも中国もインドもドイツもイギリスも、どの国も他国を出し抜こうと必死ですしね。だが、私が一番乗りですよ。CIAかKGBに私が消される可能性は高い。その前にこれを誰かに託す必要がありましてね……。
「ちょっと待ってくれ。なにを言っているんだ。私は政府の人間でも、官僚でもない、一介の大学准教授だぞ。無理に決まっているだろう」
そこがいいんじゃないですか。誰が一介の准教授をマークするでしょうか。敵をだますならまず味方からと言うでしょう。それに、普通に暮らしても何の支障もありません。むしろ普通に暮らすことによって、彼女は普通の人間として全く見分けのつかない存在となる。三年も経てば、ほとぼりも冷めて晴れてこの研究結果を世界に発表できますから。その時のデータとしても一般社会での経験が必要なんです。もちろん、経費はこちらで負担しますし、多少の報酬はご用意できます。お母さん、ご入院されていますよね? 大変なんじゃないですか、しがない准教授で入院費まで負担されるのは。
「そんなことまで……何者なんだ?」
狙われてるって言ったでしょう。あなたと直接お会いするのはこれが最初で最後です。あとは、こちらで連絡します。男は私にスマートフォンを手渡した。この中のアプリに“マコ”、エオニオティタイドの名前ですが、彼女の取扱説明書とメンテナンス用のシステムがダウンロードしてあります。くれぐれもアップロードなどはなさらないように。必要な場合は新しい物をこちらで用意して届けますから。
男は私の返事も聞かず、コンピューターのキーボードを再び操作する。球体の容器の底からボコボコと水泡が勢いよく上がり、赤紫の液体が吸い込まれていく。私は茫然とその様子を眺めていた。




