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翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第2話 砂上の旅人 第4章

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03 クア=ニルド

「とめるな、シーヴ!」

「よせ、子供だ」

 そんなことを口にした。

「実際はどうあれ、な」

 そう、クア=ニルドは「実際」と見た目が違うことを隠していない。本音を言えばシーヴ自身、子供に暴力を振るわせることを留めたと言うよりは──子供の言葉の続きが、聞きたいのだ。

「シーヴ、でかまわないな?」

 子供は、彼らのやりとりをどう思うのか、淡々とそう言った。その言葉はつまり、シーヴがリャカラーダであることを知っている、と言う意味に取れたが、それについては追及せずに彼はうなずいた。

「なかなかに紳士的だな。このような外見(そとみ)など信じていないだろうに」

「抜かせ」

 シーヴは冷たく言った。

「中身はどうでも、子供の身体だ。力ずくで押さえようと思えば、簡単だ」

 お前に魔力があるのなら難しいだろうが、とつけ加える。おそらく――あるのだろう。

「それでも、お前を押さえつけ、殴ったところで話に進展があるとも思えない。力ずくってのは選ぶのは簡単で、しかも解決も簡単に見えるときてる。だが、本当に解決することは滅多にないってな」

 彼にそんな話をしたのはウーレの長だったか、それともしかめ面の第一侍従だったろうか。

「いいかランド、落ち着け。とにかくこいつの話を聞くんだ。俺たちはそのために、ここへ招かれた」

その通り(アレイス)

 子供は言った。

「招かれ、それに応じたからには話を聞くべきだ。〈東〉の礼儀だな」

 その台詞にシーヴはふん、と鼻を鳴らす。ここから見れば大河の向こう、彼の属するシャムレイは西だ。だがビナレスのなかで見れば、ウーレの集落も含めて彼の過ごす土地は〈東〉となり、子供はいま、ビナレスの言葉でそう言ったのだ。それは、この子供が必ずしもスラッセンに属していないことを意味した。

「ランド、それでいいか」

「……判った。話は聞く。だが、納得するかは別だ」

「いいだろう」

 子供はそう言うと、彼を睨みつけるランドに向き直った。

「もう一度言う。ランドヴァルン。君に、彼女の痛みは癒せない」

「やってみなくりゃ、判らねえだろうが」

 戦士は即答し、クア=ニルドは首を振る。

「そうではない」

 子供は言った。

「あの女はそういう定めなのだ。彼女は罪を犯し、それを償い続けなければならないのだから」

「そんなことは判ってるさ。いや……どういう罪だとかって言うのかは知らねえが、それが彼女の定めだってんなら、俺はそれを……その償いとやらを早く終わらせられるよう、手助けするために……追いかけてるんだ」

「それは叶わぬ」

 子供の応えは簡潔で明確だ。

「どれだけ望んでも、彼女を君の隣に置くことは叶わぬ」

「それでも」

 ランドは言った。

「それでもいいんだ」

「――ランドヴァルン」

 はじめて、子供の声に感情が表れた。それは優しさであり、どこか哀しみをも伴った。

「彼女は君に救われることなど望んでいない。それでも」

「それでも」

 ランドは子供の言葉を取った。

「俺は、彼女を助けたい」

「……何故」

 子供は言いかけ、だが続きを言うことはせずにただ首を振った。

「会わせてくれ」

「私の決めることではない」

「ここにいるんだろう、探す許可をくれ」

「その許可も与えられない」

「それなら、勝手にやるまでだ」

「ランドヴァルン。聞け。聞いてくれ」

 子供の声に焦りの色が混ざったように聞こえた。

「君は、その運命の歯車に関わるべきではない。関わらない方がいいのだ。彼女はそれを望まない。君は君の町へ帰るんだ。彼女の運命が導けば、いつか会うこともできる」

「俺の運命が彼女の元に導いてるんだ! スラッセンの掟だか規則だか知らないが、そんなもんは関係ない。俺は行くぞ、シーヴ。俺はク」

ランドヴァルン(・・・・・・・)!」

 子供の手が奇妙な動きをした、と思う間もない。シーヴははっと身構え、ランドはそのまま言葉のみならず、動きをもぴたりと止める。

 まるで、彼の時間が止まったかの、ように。

「――何をした」

 そっと、細剣に手をかけた。抜こうというのではない。抜いても、何の役にも立たないだろう。ただ、目前で起きたことへの警戒が本能的に手を武器に伸ばさせた。

「……少し、休んでもらっただけだ」

「休む、だと」

「そう。彼はその歯車を知らぬのに、それを止めようと、或いは逆に回そうと、がむしゃらに突っ込んでいこうとしている。そうすれば、歯車の狂いは大きくなっていくだけなのに」

「歯車の……狂い」

 特別、珍しい表現だという訳ではない。だが、子供は自分自身を道標だと言い、シーヴを――リャカラーダを知っているとほのめかした。ならば、この表現もまた、意図して使われたものだ。

「何を知っている、クア=ニルド。俺とランドをどうする」

「どうもしない。道標は、ただ行き先を示すだけ。そうだろう、〈鍵〉よ」

 言われたシーヴは口を歪めた。鍵、とは――何だ。

「そう。シーヴ、君は宝玉の鍵だ。未だ知らぬのだな。君の制する翡翠玉がどこにあるのか。この〈変異〉の年が五つの月を数えても、未だ鍵が宝玉を知らぬとは何という――狂い」

「……何者だ」

 シーヴは呟くように言った。

「お前は、何者だ。クア=ニルド」

「私は道標」

 ニルドはまた言った。

「シーヴ。〈鍵〉なる者よ。君の宝玉は東にある」

 小さな手がすっと壁の向こうを指した。シーヴは釣られてその先に視線をやり――視界がくらりとするのを覚える。

行け(・・)。一度だけ、力を貸そう。この行為が〈翡翠〉の意に添わぬとしても……私にはもう、失うものはないのだから」

「何を……」

 言っている、と続けることはできなかった。視界は揺れ、砂色の世界が白くなっていく。見えなくなっていく。これは――。

(アーレイドで感じたものと)

(同じ)

 シーヴは固く目を閉じた。瞼の裏も、白い世界だった。

(ランドヴァルンのことは心配しなくていい)

(彼は彼の運命に従うだろう)

 その声は、クア=ニルドのものではなかった。だがその言葉は、彼の目前にいる――それとも、いた――子供の姿をした何者かのものだった。

行け(・・)

 声がした。

 シーヴはもはや、自身が砂の丘を踏みしめているのかさえ判らなかった。

 ただ、彼の意識だけははっきりと、向いていた。

 東。

 大砂漠(ロン・ディバルン)

 そのどこかにあるという――〈砂漠の塔〉へと。


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