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翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第2話 砂上の旅人 第2章

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09 最後の旅に

「実際のところ、アーレイドが考えてみるかどうかさえ、怪しいですけれどね」

「そうだな、実際のところ、向こうとしては考える余地もないだろう」

 リャカラーダが気軽に言うと、ヴォイドは眉をひそめた。

「何故そう思うんです。何か失態を見せてきたのですか」

「訪問は丁重にしたが、退出は勝手にやってきたものでね」

 シャムレイ第三王子の印象はよくないだろうよ、とリャカラーダが言う。

 ましてこの第三王子は、シュアラ姫付きの護衛騎士に喧嘩まで売ってきた――実際には何事もなかったとは言え、彼は剣を持っていたらそれを抜いていたであろうし、騎士の方もそれには気づいたはずだ――くらいである。

 あの男がそれを城にどう報告したかは判らないが、護衛騎士としては間違ってもシャムレイの王子を姫に近づけようとは思わないに決まっている。そこまで告げなくとも充分であるらしく、ヴォイドはますます眉根をひそめた。

「そんなことが陛下の耳に入れば、ただでは済みませんよ」

「手討ちと言われなけりゃ、どんな処罰も甘んじて受けるさ。それがどこかの嫁き遅れた婆さんとの婚礼でもな」

 王子は気軽に言ってのけ、侍従は息を吐く。

「申し上げておきますが、殿下」

「何だ」

「あのように仰ったからには、陛下は本気です。貴方が逃げ出すような原因をご親切に作っては下さいませんよ。嫁き遅れどころか、殿下が逃れたくなくなるような美女でもどこからか見つけてこられるんじゃないでしょうかね」

「それはお前なりの冗談か?」

「私が言うのは、陛下は素直に殿下を放り出しはしない、ということです」

 ヴォイドは厳しく言った。

「いくら愚かなことをしてみせても、そうすればするだけ、陛下は意地になって殿下を閉じ込めようとされるでしょう」

「そりゃ、無茶苦茶だな」

「それはリャカラーダ様の方です」

 きっぱりと言う。

「陛下が言われるのはもっともなことばかり」

「俺ももっともなことを言っているつもりだが」

「王子の地位を返上して逃亡を謀るのがもっともですか。そうですね、貴方にとってはそうでしょう」

「逃げる逃げると言うな。本当に逃げようと思うのなら、これまでしてきたようにふらりと出かけて、二度と帰ってこなければいいだけのことだろう」

「そうされたいのでしょう。何故戻ってくるのです。やはり、王子でいることに安寧を覚えるからではないのですか」

 これは皮肉だろう。リャカラーダは肩をすくめる。

「簡単に言おう、ヴォイド。俺はな、次に出かけたらもう戻ってくることはなかもしれないと思っている」

「――今度こそご逃亡、と?」

「混ぜっ返すな、と言ったのはお前だぞ」

 王子は顔をしかめてみせるが、すぐにふっと笑った。

「この街の土を踏めないようなことをするのか、それとも余所の地から離れられなくなるのか、はたまた命でも落とすか、未来は読めぬが。俺は、この地に帰ろうと思っても、そうできないことになるかもしれんと――思っているのだ」

「……リャカラーダ様?」

 言っていることはとりとめがないように聞こえるのに、その声は侍従がこれまで聞いたことがないほど真摯に感じられ、ヴォイドは奇妙な顔をした。

「それ故、王子を退き、リャカラーダという名の存在を消しておこうと思った。そうすれば俺が何処で何をやってもシャムレイに影響を与えずに済む。あの場で口にしてしまったのは軽率だったかもしれんが」

 つまりはそういうことだ、などとリャカラーダは肩をすくめた。

「俺はシャムレイと関わりをなくした方がよい。俺のためにではなく、この街のために」

「……まさか、それを評価しろなどというのではないでしょうね」

 侍従は内心でどう思ったにせよ、リャカラーダの台詞を戯言と決めつける口調で言った。

「まさか」

 同じ単語を王子は返す。

「俺がたとえどんな善行を働いたところで、お前が高い評価をつけるとは思わんよ」

 そんな言い方で、侍従の皮肉をやり過ごす。

「俺はこの地位に就くべきじゃなかったんだが、そんなことは今更言っても仕方がない。だが、けじめをつけたかった。『リャカラーダ』を持ったままで最後の旅に出たくはない」

「最後、ですと」

 珍しく、ヴォイドの顔に困惑が浮かぶ。

「リャカラーダ様。本気でいらっしゃるのですか」

「当然だ。だから、今度だけは、黙って抜け出すような真似をするつもりはない」

「……どちらへ行かれるんです」

 侍従は問うた。リャカラーダは黙る。それは、ヴォイドの問いへの返答を迷ったためだけではなかった。閃光とともに蘇る、記憶。

(どちらへ――行かれるのですか)

(何処へも行かぬ)

「何処へも――行かぬ」

 リャカラーダは記憶のうちに思い浮かんだ言葉を口にした。それが目前の侍従への返答であるのか、ファドック・ソレスと名乗った西方の騎士への返答を繰り返したものか、自身でも判らぬまま。

「……父上の許可をいただくまでは、な」

 取り繕うようにそうつけ加えた。ヴォイドはじっと彼を見やる。

「お許しをいただけると思っているのですか? もし陛下がそれを許されるとしたら、貴方が婚礼を上げ、子を成し、その子が成年に達すころやもしれませんぞ」

「そこまで悠長には、待っていられないが」

 リャカラーダは言った。

「父上には、どうにか、そうだな。今年中だけ、大目に見てもらえないか頼み込むとしよう」

「今年、ですと」

「そうだ。ヴォイド」

 王子は彼の第一侍従にまっすぐと目を向けた。

「これから俺の言うことを聞け。但し死ぬなよ」

「……何ですか」

 リャカラーダは、ヴォイドが気味悪そうにするのを見てこっそり喜んだ。この男のこんな顔はなかなか見られるものではない。

「この〈変異〉の年が終わったら、俺はシャムレイへ帰ってきて責務以外では二度とここを離れず、生涯、王子としての務めを全うすると誓おう」

「それはどう言う、風の吹き回しなんです」

 しかしヴォイドは、その言葉に大して感銘を受けた様子も見せずに続けた。

「都合が悪くなればこそこそ背を向けて逃げていた子供が、嘘や舌先三寸というごまかしを身に付けたと見ればよいのですか」

「言い逃れにしちゃ、これは下手くそすぎないか? それこそもう少し言い方があるだろう。演技をするなら涙を流して反省でもした方が、お前の心には響くだろうしな?」

「……一侍従の歓心など気にする必要はございません」

「一侍従。そうだ、それがあったな」

 彼はぽん、と手を叩いた。

「来年になったら、お前を中侍従長に戻す。何も言うな。拒否はさせん」

「殿下」

 ヴォイドはまだどうにも奇妙な表情をし、それから言った。

「その言われ様。先の陛下と同じことをされている、と判っておいでですか?」

 侍従のその台詞が困惑によるものなのか満足によるものなのかは――やはり判然としなかったが。


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