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翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第2話 砂上の旅人 第2章

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08 貴方のお得意

 そのようなことを言われるのではないかと思ってはいたが、こうあっさり言われると力が脱けるというものだ。

「父上」

 数(トーア)の沈黙ののち、リャカラーダは口を開いた。

「そのお話は受けられません」

「何だと。余に逆らうか」

「正直に申し上げまして」

 リャカラーダはすっとひざまずいた。

「迷っておりました。ですが心を決めましょう。私とアーレイド王女では、身分が合いません」

「――何を言う」

「メルオーダ王陛下。私から王子の位をお外しいただきたい」

 常に暖かいシャムレイの、なかでも快適に保たれている王室の空気が急に下がったかのようだった。

 それがリャカラーダの突然の言葉のせいか、メルオーダの真一文字に結んだ口が示す怒りのせいかは――判らない。

「この……愚か者め」

 絞り出すように、王は言った。

「愚かは重々、承知にございます」

 リャカラーダはひざまずいたままで続ける。

「我が愚かなる行為でこれ以上、父上に、ひいてはシャムレイに負担を負わせることを望まないのです」

「黙りおれ!」

 王が叫ぶと、居並ぶ人々までがみな、反射的に頭を下げた。

「そこまで愚かで――軟弱か、お前は! 責務を果たさず遊び回り、ようやくその遊びが吉に転じたかと思えば、尻尾を巻くか。おのればかりが賢いつもりで、そのようなことを言えば余が喜んで厄介者の第三王子を放り出すと思うのか!」

「決して、私はそのような」

「黙れと言っておる!」

 王は怒声で王子の言い訳を遮った。

「させぬぞ、リャカラーダ。お前の望み通りにはさせぬ。リャカラーダの名を冠したときからお前はシャムレイの王子なのだ。そしてお前はそれを受け入れてきた。それは今更、決して変えられるものではない」

 リャカラーダは黙っていた。

「旅などに夢を馳せるのは大概にするのだ。アーレイドとの縁組みについてはいま一度考えよう。だがお前の婚礼は近いうちに定めるぞ。継承位を持つのだ、リャカラーダ」

 王は理性でその激高を鎮めると、すっとリャカラーダの背後に合図を送った。ずっとそこで控えていたヴォイドが進み出て、王子に退室を促す。

 このやりとりに第一侍従がどのような驚きを見せたか、驚きを覚えてもそれを見せなかったか、それとも驚かなかったか、リャカラーダは父王の怒りよりもふとそんなことが気になった。


 アーレイド王女の名を除けば、リャカラーダ第三王子の縁組の話自体は、何も目新しくなかった。

 彼が十七、八になる前からそのような話題が幾たびも上がっていたが、誰しも――王や兄王子、姉妹王女に第一侍従はもちろん、リャカラーダ自身も含めて――が彼の「王子らしからぬ」行為に不安を覚えて、真剣に進められなかったのだ。

 シャムレイでは、第一王子は別として、王子という敬称はそのまま王位継承権を持つことを意味しない。この地では、伴侶を得てはじめてその資格が得られるのだ。

 リャカラーダには町がひとつ与えられることになっていた――北西にある、ランティムだ――から、必ずしもシャムレイに留まらなくてもよい。実務を行うのに一代限りの領主を任命することもできるので、実際としては彼が「遊び歩いて」いても財政以外のどこかに破綻をきたすことはなかった。

 とは言っても結婚して子を成すことは、いかに三番目といえど王子であれば責務のひとつであったし、もちろん彼は女嫌いという訳でもない。

 ただ、リャカラーダはいまだ、言うなれば「王位継承権確保予定者」のひとりであって、兄王子二人と姉王女が急死でもしない限り、王位継承者となることはないのだ。

 それは、妹王女エムレイデルも同じだ。だがエムレイデルにはれっきとした婚約者がいる。王の定めた貴族の息子が相手だが、その屋敷に大層な書庫があると言う理由でエムレイデルはそこに嫁ぐ日を楽しみにしているらしい。

 決まり事はないが、慣例としては年上であるリャカラーダの婚礼が先にあるべきだった。もし、もう二年もこの状態が続けば王と王女と婚約者がしびれを切らして先に式を挙げることとなったろうが、どうやら雲行きは変わってきた。

「何か言わないのか」

 主手ずから、慣れた様子で入れられる飲み物を第一侍従は今度は拒否しなかった。

「どうした、黙りこくって。お前らしくないじゃないか」

 部屋に入るなり〈(エク)の群のように〉説教なり小言なりが飛んでくるであろうと予測していたリャカラーダは、ヴォイドが無口なことをからかった。

「怒ってるのか、呆れてるのか?」

 それとも両方かな、と主はルーメの実を漬けたほんのりと赤い果実酒(キェラス)を男に差し出した。

「どちらかを答えよと仰せなのでしたら」

 ヴォイドは礼をして杯を受け取りながら言う。

「呆れております。あの場であのようなことを口走るとは」

「それなら、何か正式な場を持てばよかったのか?」

「混ぜ返すのはおやめなさい。貴方は間が悪すぎます。アーレイドとの縁組というお考えが、陛下のお怒りを和らげていたことくらい、想像がつかないのですか」

「ついたからって、有難く拝命しとおけばよかったとでも?」

 リャカラーダは乾いた笑いを浮かべるが、ヴォイドは気にせず続ける。

「他の言いようはいくらでもございましたでしょう。考えさせてほしい、くらいのもっともなことを言えば、陛下だってその場で厳命などされるものですか」

「考える余地のない話だからな」

「建て前です。口先だけで結構。貴方のお得意でしょう」

 遠慮会釈なく侍従は言う。

「その得意技ををやめてやろうと言う話だぞ」

 リャカラーダは杯をもてあそびながら、意味もなく窓べりを行き来した。

「何だ、お前の小言は、俺が馬鹿を口走ったことじゃなく、その時機についてか」

「いつか、殿下がそう言われるのではないかとは思っておりました」

 侍従は、しかし自らの先見を誇るような真似はしない。

「リャカラーダ様は愚か者の真似はされるが愚か者ではない、と思っておりましたが。改めねばなりませんね」

「何とでも言え」

 王子は杯を窓辺にとんと置いた。

「それではお前は、父上は本気だと言うのか?」

「アーレイド王女の件ですか? それはもう、都合がいい話でしょう。新天地と縁が出来る上に困った王子を遠方へ厄介払い。もし陛下がそれを考えられなかったら、私が注進するところです」

「お前は本当に俺の第一侍従か」

 もちろん、ヴォイドの調子はいつも通りであり、リャカラーダがこのように返すのもいつものことだった。


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