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翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第7話・最終話 暁の宮殿 最終章

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17 〈塔〉の主(完)

 強い陽射しは、しかし住民たちの顔を苦痛に歪ませることはない。

 それは彼らにとって常なるもので、もし太陽(リィキア)の力が弱まれば、彼らの心は騒ぎ、災いの前兆ととるだろう。

 夜明けの空はこの日も晴れ渡り、砂漠の民ウーレたちにいつも通りの、それともいつも以上の良き日を予感させた。

「シーヴ様! きてくださったんですか!」

 驚きと喜びに瞳を輝かせて、少年は叫んだ。

「なかなか、以前のようにはこれんが」

 言いながら青年はにっと笑った。

「お前の婚礼だというのに、使いをやるだけで済ませられるはずがあるか」

 言われたスル少年は顔を赤くした。

「すごく、嬉しいです」

「相手はモーリだと言う話だったな? いい娘だ、大事にしろよ」

「します」

 真剣な顔でスルは言い、シーヴは笑った。

「ミンとラグは、どうしている?」

「仲良くやってますよ。ときどき喧嘩はするみたいですけど。あ、シーヴ様のせいじゃありませんよ」

 「リャカラーダ」の婚礼のすぐあとでミンもまたウーレの若者と結ばれたが、いまでもシーヴをいちばん愛すると言ってはばからなかった。ラグはそれを認めていると言い、砂漠の民に二心はない。だがスルはシーヴが心配するのではないかと思ったか、つけ加えるようにそう言った。判っているとばかりにシーヴはうなずく。

「シーヴ様は、どうなんです。こっちにきて、いいんですか」

「ヴォイドが苦い顔をするのは相変わらずだが、レ=ザラは行けと言うんだ」

「いい奥様ですね」

 そう言ったスルの言葉に彼は苦笑をする。

「俺がいない方が、気楽なのさ」

「そんなこと、あるもんですか」

 少年はやはり真剣に言った。

「シーヴ様が隣にいなかったら寂しいに決まっています。それなのに、僕たちのもとにシーヴ様をこさせてくれる。レ=ザラ様はお優しいんですよ」

「スル」

 シーヴは言った。

「お前は、いい奴だな」

「何言ってるんですか、真面目に言ってるんですよ」

 子供扱いされたと感じて少年は言ったが、シーヴは首を振る。

「俺も、ふざけてはおらん。お前たちの間にいられて、俺は幸せだよ」

「レ=ザラ様と結婚されて、というのも入れた方がいいと思いますけど」

 言われたシーヴはにやりとした。

「そうだな。俺はずいぶんと、幸せ者のようだ」

「――そうだ」

 ふと思い出したように、スルは言った。

「きてくださって、本当によかったです。お客人がいるんですよ」

「客? 俺に……であるはずがないな」

 彼は首をかしげた。砂漠に客人など滅多にないのだし、もちろん、彼がこうして訪れることを知って待つ客などはいるはずがなかった。

「シーヴ様に、って訳じゃありませんけど、ご存知の方ですよ。ミロンの人です」

「まさか……ソーレインか?」

 ウーレよりも北方に暮らす民ミロンの若者を思い出してシーヴは言った。

「そうです。何でも、危険がなくなったから砂漠を旅しているのだって」

「ほう」

 シーヴは驚いて言った。

「しかし、ソーレインは守りの長になる男のはずだが、どうして、また」

「お話になるといいですよ、長の天幕の隣に客用の天幕が張ってありますから」

 少年にもう一度祝いの言葉を述べたシーヴは、ミロンとの関わりを思い出しながら長の天幕の方を見やった。見れば確かに、見慣れぬ天幕が張られている。そこへ歩み寄った彼はちょうどよくそこから出てきた男に声をかけ、確かにそれはミロンの若者であることを知った。

「驚いたな、本当にソーレインか!」

「シーヴ! お前はいないと、聞いたが」

「たまたま、訪れた。砂の神(ロールー)の導きだな」

 言ってシーヴは感謝の印を切った。

「どうして、お前がウーレのところへ?」

「ミロンの周辺は安全になった。だが、魔妖は消えたのではなく移動したのではないかという心配の声が出た。そこで私が、ほかの民へ話を聞きに行く役割を受けたのだ」

「そうか」

 シーヴは思い出した。

 砂漠の〈塔〉とその〈守り手〉が消えてから、ミロンは魔物たちの襲撃に悩まされたと言う。その〈守り手〉がオルエンであったのなら、そして魔物が消えたというのならば、それはオルエンがあの塔に戻ったということであろう、と彼は考えた。

「おそらく、それは杞憂だろう。魔妖はもう、姿を現さないんじゃないか」

「彼もそう言っていた」

「彼?」

 シーヴが繰り返すと、ソーレインは長の天幕を指した。

「長か」

「いや」

 ソーレインは否定した。

「彼だ」

 長の天幕から、姿を現す人影があった。明けてゆく空のもとで、シーヴは目を細めるようにしてその人影を見た。

「ミロンの集落からここまで一緒にやってきた。彼は、自分を〈塔〉の主だと言った」

 「彼」はやはり朝の光に目を眩ませたかのように片手を掲げ、それをゆっくりと下ろすと、シーヴに気づいたようだった。

 砂漠の民のなかではよく目立つ白い肌。やわらかそうな茶色の髪。

 明るい瞳を持つその青年は、驚いたように目を見開いてシーヴに視線を定める。

 しばらくの間そうしていた彼は、しかし不意に、笑顔を見せた。

 ――ごく親しい者に、するように。


「翡翠の宮殿」

-了-


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