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翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第7話・最終話 暁の宮殿 最終章

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15 掌の上

 ばたん、と重い音を立てて扉が閉ざされた。

 彼はほうっと息をつく。

「もう帰ったのか。意外に早かったな」

 その声に、青年は肩をすくめた。

「別に、いつまでも見ていても仕方ないだろ」

「会ってはこなかったのか」

「こちとら、王子様に面会できる身分なんて持ってないんでね。第一」

 エイルは苦笑いを見せた。

「会えたとしたって、何て言うのさ。俺はもう『エイラ』にはなれないんだ。いまさら説明するのなんか、ご免だよ」

「ならば、私が巧く話してやってもいい」

「馬鹿言うなよ」

 エイルは顔をしかめた。

「第三王子殿下をまた、この塔までご案内するのかい」

 そう言うと〈塔〉は残念そうなため息を――どうやってか――ついた。

「私はまた、彼に会いたいのだが」

「まあ……いつか、機会があったら、な」

 エイルは頭をかいた。そのような機会があるとは思えなかったが、あるかもしれないと考えてみることは悪い気分ではなかった。

「そうでもないやもしれんぞ」

 不意に、〈塔〉のものではない声がした。心を読まれたかのようなその言葉に、エイルははっとなる。

「それどころか意外に早く、その機会は訪れるやもしれん」

 振り返った視線の先にいたのは、ひとりの若者だった。エイルはほとんど反射的に、その瞳に警戒を燃やす。

 そこにいるのは、輝くばかりの白金の髪と薄灰色の瞳を持った美しい――若者。

 数(トーア)の間それを睨むようにすると――青年は、嘆息した。

「……おどかすなよ、オルエン」

 エイルは肩を落としてそう言った。

「その顔は、心臓に悪い」

 青年が言うと、〈塔〉の前の主は、その身体の持ち主が決してやらなかった方法でにやりと笑った。

「適当な容れものがほかになかったのだ、仕方あるまい」

「それは聞いたよ」

 エイルはまた嘆息した。エイル――エイラに対して常に氷点下の言葉ばかり投げつけたその口から気安い言葉と気軽な声が出てくるのはむずがゆいような思いだったが、それにも少しずつ慣れてきた。

「それで、今度は何を企むんだ? シーヴをここに寄越すって? やめろよな」

「人聞きの悪いことを言うでない」

 オルエンは眉をひそめた。

「私は何も企みなど、せん」

「よく言うよ。俺は忘れない。結局は全部、あんたの掌の上だったってな」

「誤解だ、青年よ」

 老魔術師は両手を拡げた。

「結果的に、私の投げておいた網が幾つか役に立ったというだけのこと。厄介ごとを招いたのが私の()であったならお前たちに申し訳がないと思って、力になってやったのではないか」

「それで、全部、あんたの望み通りになったんだよな」

「お前の望みと大幅に違うことには、なっておらんだろう」

「なってるよ!」

 エイルは叫んだ。

「こんな砂漠の塔の鍵なんか渡して! 俺にどうしろってんだよ」

「どうしろとも言っておらん」

 オルエンは耳を塞いだ。

「この塔が気に入らんのなら、鍵など投げ捨ててさっさと出ていけばよかろうに。それをしないのは、お前がここを好いているからだろう」

「……まあ、嫌いじゃないけどさ」

「だろうが」

 オルエンは鼻を鳴らした。

「新たに加えられた選択肢を自ら選び取っておいて、何故その道を増やした、と言うのは筋違いだな」

「判った、判ったよ」

 エイルは降参するように両手を挙げた。

「爺さんの屁理屈にゃ、かなわないさ」

「む」

 若い姿を持つ老人は、言い返したものかどうか迷うように口を歪めた。

「そのあたりにしておいたらどうだ、(あるじ)がた(・・)

 笑いを含んだ声で〈塔〉は言った。

「積もる話があるのならば、落ち着いて座って、酒でも()りながら話をしたらどうなのだ。私も話に入れてもらえると嬉しい」

 酒盛りには交ざれぬが、などと〈塔〉は続けた。

「おお、そうだった。我が秘蔵酒はまだあの棚にあるかな?」

「無論。温度管理には気を使っておいた」

「うむ、気の利く奴だ」

 〈塔〉の作り手は嬉しそうに言ってから、はたと手を額に当てた。

「待てよ。こやつの舌はあれを味わえるほどに成熟しておるかな?……まずはほかのものから試すとしよう。どうだ、エイル。つき合うか」

「そうだな、たまにはいいか」

 彼はあまり酒を飲まなかったが、シーヴの婚礼に祝杯くらい上げてもいいかもしれないと、そんな気持ちになった。

「どれ。では選んで進ぜよう」

 そう言うと〈塔〉の前の主は現在の主に先立って階段を上っていき、酒瓶の並べられてる戸棚の前に立つ。

「変わらんな。何とも懐かしい」

 言いながらオルエンは瓶に手を伸ばし、眉をひそめた。

「酷い埃だ」

「そこまでは手が回らなかった」

 「手」を持たない〈塔〉は申し訳なさそうに言った。

「お前はいい。だがエイル、お前は掃除くらいしておけ」

「ほかの部屋はしたさ。でも自分に用のないところにまで気を回すほど暇じゃなかったんだ」

 青年は口を曲げて言った。

「仕方ない」

 オルエンは嘆息をすると両手でひとつの瓶を掴み、きれいな指で埃を払い出した。エイルはふと、その左手に――視線を取られる。

「何だ。……ああ」

 それに気づいたオルエンは、成程、とばかりに左手の紋様を見た。

「双頭の蛇か、気に入らんな」

 魔術師はそう言うと、薄い傷跡の残る禍々しい印に顔をしかめる。

「私の印は美しかったぞ。何しろ、三つ眼を持つヴィエルラだ」

翡翠(ヴィエル)だって?」

 エイルはほとんど反射的に聞き返した。オルエンは首を振る。

翡翠(ヴィエル)ではない。ヴィエルラ……翡翠(かわせみ)、だ」

 かつてのレンの〈ライン〉はにやりとした。

「あれが刻まれたときから、私の定めは決まっておったのかもしれんな」

「俺は嫌だよ、そんなの」

 それがエイルの返答だった。

「何がだ」

「運命が決まってるなんて、さ」

「……そうか」

 オルエンは酒瓶を片手で持ち直すと、もう片方の手でエイルの肩を叩いた。

「よいな。若いな、若者! よし、酒盛りと行こう。これまで大した話はできなかったからな、今日はじっくり、お前の話を聞かせてもらおうか」

「かまわないけど」

 叩かれた肩が痛かった、と言うように顔をしかめながらエイルは言った。

「話をすると俺は腹が立って、あんたの容れものをぶち壊してやりたくなるかもしれないよ」

「そう言うな」

 オルエンは肩をすくめた。

「これはなかなか出来のいい身体なんでな。頑丈さには欠けるが、魔術師には何とも心地よい。これをなくされたら、私はもうお前を手助けしてやれんぞ」

「もう、あんたに助けてもらうことなんかないよ」

「そうか?」

 オルエンは悪戯っぽく笑った。そこに、アスレンの印象はかけらもなく、どちらにしてもエイルは少し居心地が悪かった。

「本当に……そう思うのかね?」

 そんなふうに言われたエイルは少し青ざめて絶句する。それに満足した老魔術師は、冗談だ、と言って笑った。


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