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翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第7話・最終話 暁の宮殿 最終章

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08 本音はどうであっても

 あまりじろじろと見定めるように眺めるのは礼儀に反したが、しかし言うなれば相手は彼に見定められるためにここにいるのだ。

 それ故、彼は遠慮なく、卓を挟んで向かい合う美人を上から下まで眺め続けた。

「わたくしは合格ですか、殿下(カナン)?」

 その視線に全く怯むことなく優雅に杯を持ち上げた娘の方もまた、彼を見定めようとしているかのようだった。

「生憎とそれは」

 彼は言った。

「私の決めることでは、ないな」

「そうですわね」

 彼女は言った。

「もう、決まったことですわ」

「そうらしい」

 彼は少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「貴女には異論ないのか、第三王子の妻などに納まってよいのか?」

「異論があろうとなかろうと、決まったことです」

 リャカラーダの問いにその婚約者は肩をすくめて言った。

「そうだな。では、できるだけ仲良くやるとしよう、レ=ザラ」

「それには、全く異論ございませんわ」

 東国に暮らすものの浅黒い肌に、完璧な漆黒の髪を背まで垂らした美女――まだ美少女、と言える年齢であった――はうなずいた。

「ご帰還をされて以来、近々にお召しがあると思っておりましたけれど……」

 少女は薄い唇を真一文字に結んだ。

「しばらく音沙汰もないと思えば、ご連絡を下さって昨日の今日……と言うのはいささか唐突すぎますわ、殿下。女にはいろいろ支度というものがございますのよ」

「そうか? それは済まなかったな。だがお前ほどの美女に何の支度が要る」

 リャカラーダのこれは世辞などではなく――彼には、世辞などを使う必要はない――ただの問いだったが、レ=ザラは、いろいろです、とだけ答えた。

「何しろあとがつかえておるからな、父上は我らの婚礼を急ぐだろう。さっさと私をお前に縛り付けてしまわねば、また放浪癖が現れるとも考えておられる」

「それは、困ります」

 レ=ザラは言った。

「わたくしは、夫がこれまでのリャカラーダ第三王子殿下のような風聞を抱くことは望みませんわ」

「なかなか、言うな」

 彼は笑った。

「安心するといい。私がいままでのような突然の放浪に出ることはもう二度とない」

「判りませんわ」

 それがレ=ザラの答えだった。

「ふらりと何処かへ行くだろうと言うのか?」

「いえ、そうではなく。わたくしは、殿下とお言葉を交わすのははじめてにございます。殿下のお言葉のどこまでが上っ面(・・・)なのか、それが判りませんと申し上げました」

「なかなか、言う」

 リャカラーダはまた言った。

「はっきり意見を述べる女は好みだ」

「ときに、殿下。はじめのうちに申し上げておきたいことがいくつかございます」

 レ=ザラの言葉にリャカラーダは片眉を上げ、続けろと言うように片手を差し出した。

「まず。わたくしは行政には興味がございません。わたくしに職務のご自慢をされたり、意見を求めたりするのは避けていただきたいですわ」

「心に留めよう」

 面白がる表情を隠さぬままで、リャカラーダは言った。

「ほかには」

浴室(ウォルス)に春女を侍らすのもわたくしは嫌いです」

「あれはそういう召使いではあって、商売女とは違うだろう」

「金と引き換えに身体を売る。同じです」

 レ=ザラはきっぱりと言った。

「数人かの召使いを置くだけならばかまいませんが、肌も露な若い美女ばかりを集めて楽しむような真似は」

「城にはそういう者がいるからそれらを使うが、わざわざ集めはせん」

 少し雲行きが怪しくなってきたようだ、などと思いながらリャカラーダは手を振ってレ=ザラの心配を打ち消した。

「それから、殿下には砂漠の民の愛人がいらっしゃいますね」

「別れろと言う訳か」

 彼が砂漠の民と懇意にしているのは評判の話だったから、レ=ザラがそれを知っていることは別に不思議でも何でもなかった。もちろん、彼はミンとは離れるつもりでいる。つらいことではあったが、責務だと知っていた。

「いいえ」

 しかし婚約者の台詞は意外なもので、彼は思わず眉をひそめた。

「わたくしは、殿下に愛妾のひとりやふたりがいらしても、全くかまいません。それどころか、お気に入りの妾をお持ち下さる方がずっと助かります」

「助かる?」

 彼は意味が判らないとばかりに同じ表情を続けた。

「ええ。殿下はたいへん魅力的でいらっしゃいますが、毎晩お相手をする気はありませんから」

 レ=ザラは淡々と続け、リャカラーダを苦笑させた。

「ただおひとつだけ」

「何だ」

 面白そうにリャカラーダは言った。

「わたくしは、恥をかくのが嫌いです。わたくしよりも妾を大事にしているというような様子をほんの少しでも他人に見せることだけは許せませんわ。……本音はどうであってもかまいませんけれど」

「ひとつ、いいか。レ=ザラ・チャルダナ」

 リャカラーダは頬杖をついて自身の婚約者を見る。

「もしかしたら、お前、シャムレイに血縁が暮らしていないか」

「……名前までは知りませんが、母方の遠戚にひとり、侍従をしているものがいると聞いたことはございます」

「さもありなん」

 第三王子はにやりと笑った。

「どうやら俺はお前に捕まる定めのようだよ、婚約者殿」

 レ=ザラはきれいな眉をひそめて王子は何を言っているのだろうと思うようだったが、彼は笑って、気にするなと言った。


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