06 複雑な恋人関係
王城のなかの小さなその部屋では、一組の男女が、他愛のない話をしながら陽気に笑い合っていた。
仲のいい友人同士にも見えるが、何かの拍子に手を触れ合ったりしているところを見れば、恋人同士なのだろうと判る。
ふと、男の方が何かに気づいたような顔をした。
「そろそろ、休憩は終わりじゃないか」
「あら、そう言えば、そうね」
王妃付の侍女の制服を着た可愛い娘もまた、はたと気づいたように言った。若いふたりには、時間の経過などあっという間だ。
「うっかり遅れたら、またヴァリンに大目玉だわ」
先日の小言を思い出して、侍女は眉をひそめた。青年は笑う。
「それじゃ、俺ももう行くよ。またあとでな」
青年はそう言って立ち上がると、同じように立ち上がった娘の手を引いて頬に軽く口づけた。
「……それだけ?」
娘が不満そうに言うと青年は呪いの言葉を吐いて彼女を抱き寄せ、唇を合わせる。
「……ちょっと」
「何だよ」
「髭、当たる。まさか伸ばす気。やめてよね、似合わないわよ」
「そんな気はないさ、ちょっと……さぼっただけだよ。何しろ、鏡なんてもんは持ってないんでね」
「やだ、それくらい用意しておきなさいよ。いくら男の独り暮らしだからって、外見に気を使わなくなったら終わりよ、終わり。街に寄るなら、手鏡でも何でもいいから、買ったらいいわ」
「うるさいな」
そう言うと男はもう一度彼女を抱き寄せて口づけた。彼女はその髭の感触に今度はくすくす笑いながら、それを受けた。
――と、不意にかちゃりと戸が開く。ふたりはばっと身を離した。
「あら」
娘と同じ制服を着た女は面白そうにそれを見た。
「ごめんなさい、お邪魔したわね」
青年は口の中で何か言い訳のようなことを言うと、少し顔を赤くして新来の侍女の脇を通り抜けた。
「……よかったわね、レイジュ」
「何よ」
照れ隠しに髪を整えながら、レイジュはカリアを見やった。
「だって、そうでしょう? ファドック様ファドック様って言ってても妬かない男なんてそうそう、いないじゃない。妬いていないふりをするのはいるでしょうけど、本当に妬かない男なんて貴重よ。放さないことね」
「そりゃあ」
レイジュは肩をすくめた。その癖は、青年から伝染ったものだ。
「ファドック様の覚えがいいのはエイルの方だって思うくらいだもの。それに関したら、私はエイルに妬くわ」
そう言ってレイジュは、青年の去った方向を――恋敵を睨む目で――見つめる。
「複雑な恋人関係だこと」
カリアは天を仰ぐと恋の女神の印を切った。
「エイルは、もう帰るのかしら?」
「街に行くって言ってたわ。夜まではいるって」
「一緒に食事でもするの?」
「そうよ。エイルったら滅多に出てこないんだもの。何やってるのか、いろいろ話を聞かせてもらわなくちゃ」
「そう」
会っていたいんでしょ、言い訳はいいわ――とはカリアは言わなかった。
「それならあとで伝えておいて。シュアラ様がお会いになりたがっているって。いつでも時間をお作りになると言われたわ」
「あら、そう。判った、伝えるわ。エイル、喜ぶわよ。明日にでも、なんて言い出すかもしれないわね」
「シュアラ様には、妬かないの?」
悪戯っぽく言ったカリアに、レイジュは目をぱちくりとさせた。
「どうして?」
「……いい関係だわ、あなたたち」
カリアはしみじみと言った。レイジュはからかわれているのかと考えるようにしたが、肩をすくめるに留めた。
「ああ、そうだ、カリア。この前の話、考えてくれた?」
「何だったかしら?」
首をひねる年上の友人が恍けているのかどうか見極めるように、レイジュはじっとカリアを見る。
「ほら、エイルの友だちの話よ」
「ああ、何とか言う町憲兵くんね」
カリアは思い出したというようにうなずいた。
「ザックよ。今度、会ってみない?」
「やめておくわ」
カリアは肩をすくめた。
「エイルの友だちじゃ、私は年上すぎるでしょう。メイ=リスの方がいいんじゃないの」
「メイ=リスに男を紹介したりしたら、イージェンに恨まれるじゃない」
「あら、いいじゃないの。却って積極的に出るようになるかもしれないわ」
「積極的になりすぎても困るでしょ」
レイジュは言った。
「近衛隊員と町憲兵が王女の侍女を巡って喧嘩なんて、洒落にならないわ」
「……それもそうね」
カリアはうなずいた。
「でも私は遠慮しておくわ。私は私で、手一杯だから」
その台詞にレイジュは眉を上げた。カリアには浮いた噂がないが、それは隙がないということで、隙がないということは、どこかにきっちり恋人を隠している可能性も高いということだ。
「……ねえ、カリア。聞いてみたいと思ってたんだけど」
「思うのは自由だけれど、休憩時間は終わってるわよ、レイジュ」
指摘されてレイジュははっとなった。
「そうだったわ、早く戻らなきゃ」
話を逸らされたことにはレイジュも気づいたが、それを追及する時間もない。
「あとでね、カリア」
「はいはい」
何を訊かれたらどうごまかそう、などと早速と考えつつ、カリアはそれに手を振った。友人の姿が見えなくなるまで見送ってから、侍女は微かに笑うと呟くようにした。
「私こそね、レイジュ。実は、あの方を見ているだけで満足だったりするのよ」
あなたほどの根性も観察力もないけれどね、と内心でつけ加えて、熟練の侍女は休憩に入った。




