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翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第7話・最終話 暁の宮殿 第2章

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10 邪魔だとはっきり判るまでは

 彼は目前の男をじっと観察した。

 優しい顔をして、穏やかな笑みを浮かべ、やわらかく組んだ両手に何かしらの緊張は少しも見当たらない。

「彼は、私の次の愛人ですか、閣下」

 「愛人」扱いされたクラーナは片眉を上げたが、何も言わなかった。

「わざわざ城下まで足をお運びとは」

 ゼレットもまたそれには答えず、じろじろとサズを眺め続けながら言った。

「そんなに俺に会いたかったか? それとも、相手はお父君かな?」

 サズはふっと笑った。

「父は、私の父だと言うだけ。この世に私を送り出すためにその半分を担った存在。それだけです。ほかには何の意味もございません」

「そうか」

 ゼレットは軽く肩をすくめた。サズが肉親にどのような感情を抱こうと――抱いてなかろうと、どうでもいいことだ。

「ならば、俺が恋しくてきたか」

「そうですね、少し」

 サズは首をかしげるようにした。

「閣下の方でも私の不在を寂しく思っていただければと望んでおりましたが、残念です」

 またも視線を送られたクラーナは、やはり肩をすくめるに留める。

「移り気な恋人を持つと、切ないものですね」

「安心するがいい」

 ゼレットは言った。

「俺がお前に抱く思いは、最初のときからいまこの瞬間まで――何も変わっておらんさ。それどころか」

 伯爵は目を細くした。厳しい光がそこに宿る。

「――もっと強く、なったようだな」

 警戒で。不審で。怒りで。説明されなかった言葉は、もちろんサズにも伝わっていた。

「では、今宵は俺に、寝台の隣を空けておけと命令しにきた訳か、殿下(カナン)?」

「それはまた、心が弾むご提案ですが、閣下」

 サズはその目に一(トーア)ほど妖しい光を浮かべたが、すぐにそれを消した。

「私がこうしてここへ参りましたのには、残念ながらほかの理由のためです」

 レンの男の目が三度(みたび)吟遊詩人に向いた。詩人は目をぱちくりとさせる。

「僕かい? もしや、『恋敵』を呪い殺してやろうと言うんじゃないだろうね」

 その返答にサズは薄く笑ったが、応とも否とも答えずにじっとクラーナを見た。

「成程。似ているようだ」

 クラーナはまた目をしばたたいた。

「何の話かな」

「いったい、どうやってアスレンの目をごまかしたのやら。あやつは消えた気配を再びここに見出した。――リ・ガンの、な」

「ほう」

 ゼレットが面白そうに言った。

「では、お前は……エイラは」

 サズの前ではリ・ガンがエイルではなく女の姿であったことを思い出し、ゼレットはそう言った。

「彼女はもうここにいないと思うのだな」

「ごまかしは結構です、閣下」

 それがサズの答えだった。

「アスレンはひとたびリ・ガンを見失い――改めて探り直し、そして見つけたのがこの吟遊詩人(フィエテ)。確かによく似ている。この男の存在を知らないアスレンが見誤るのも無理はない」

 もちろん、エイルとクラーナの外見はどこも似通ったところなどない。サズが言うのは、言うなればリ・ガンの気配、とでも言うところか。

「ごまかせたのなら、重畳だろうね」

 クラーナはあっさりと認めた。それに対してゼレットは微かに眉を上げたが、サズがはっきりと見て取った以上はその指摘をかわしてみたところで何にもならないことは確かだった。

「想像していたより、役に立ったみたいだ」

「……何をした」

「教えてあげる義理はないんじゃないかな」

 クラーナはそう言い、サズはじっと詩人を見たが、かまわない、と言うように首を振った。

「隠し立てしたところで、いずれ判る」

「そう? まあ、大した話じゃないけどね」

 「魔力から姿を隠す神殿の護符」がどの程度の効力をもつものかについては、本当を言えばシーヴ同様にクラーナも疑っていた。だが、ないよりはましだという考えは変わらず、彼は急いで用意させた――可能にしたのはゼレットの威圧だったが――護符をエイルに持たせたのだ。結果としてアスレンがエイルをしばし見失い、リ・ガンの名残り(・・・)を持つクラーナを「見つけ直して」リ・ガンがまだカーディルにいると思わせることができたのなら、目論見通りである。

 彼らはリ・ガンを見失った。

 重畳だ。

「それで、君は僕の正体を確かめにきたのかな?」

 小さな作戦の成功に喜ぶよりも差し迫った問題に対峙することにして、クラーナはそう問うた。

「それは、理由のひとつにすぎない」

 サズは肩をすくめた。

「先の話の続きを聞こうか、吟遊詩人(フィエテ)

「クラーナだよ」

「おい」

 ゼレットが、余計なことは知らせるなとばかりに、クラーナの右腕を後ろからそっと掴んだ。クラーナは笑う。

「いいんですよ、閣下。彼は僕の名前なんて知ろうと思えば、簡単なんですから」

「私が彼に害を為すとでも?」

 サズは心外そうにゼレットを見た。

「そのような真似はいたしませんよ。少なくとも、彼が邪魔だとはっきり判るまでは……ね」

「その判断は俺についても、同じだな?」

 ゼレットはうなった。

「邪魔ならば、レンのために簡単に殺すのだろう」

「どうしましょうか、閣下のことは。疑念に満ち溢れたものであっても、ああして肌を重ねれば情が湧きますから」

「意外と温情厚いのだな」

 ゼレットは笑った。

「驚きだ」

「閣下とは逆のようですね」

 サズは言った。

「関係を重ねた私から、唇に触れてもいない詩人を守ろうとお思いのようですから」

「僕は君と違ってクジナの趣味はないんだ」

 エイル少年ならば叫ぶように「その手の解釈」に抗議するところだろうが、クラーナはいたって平静に言った。「若者たち」の鞘当につき合っていてはきりがないというところだ。

「……そこで閣下も、肩を落とさないでいただけますか」

「何と。注意力があるな、お前は」

「仲のよろしいことだ」

 サズは言った。

「お前は何者だ、詩人。何故、トラン・カンベルを探る」

「何故って、君が意味ありげな台詞を残したからだろう。君の父上がカーディルの人間だと言われた閣下が、何も気にしなかったと思うの」

「気にして、何か判ったか?」

 サズは、ふたりを見比べた。

「何が判ったのだとしても特にかまわない。詩人、私が訊きたいのはこちらだ。お前はフェルンと何の関わりがある」

「――何だって?」

「誰、だと?」

 聞き覚えのない言葉に、クラーナとゼレットはほとんど反射的に問い返していた。

「その話をしていただろう。私がこうして再びこの地を訪れたのは……そのためでもあると、言うのに」

「『その話』?」

 クラーナは、直前までしていた話を思い出した。

 彼の〈鍵〉のこと。

 六十年前に死んだ――はずの。

「お前の……フェルン、そしてオルエンとの関わりは?――吟遊詩人(フィエテ)クラーナ」

 静かに発せられるサズの声は、真夏を迎えようという時節のなか、不意に冷たい風に行き合ったように感じさせ――不快で、そして不吉だった。


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