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翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第7話・最終話 暁の宮殿 第2章

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03 拙い結果

 季節は――夏を迎えていた。

 六十年に一度の〈変異〉の年は、十三番目の月を持つ。

 〈時〉と呼ばれるその十三番目の月は、一部の魔術師たちにだけ〈大変異〉として知られた。その月には大きな災いごとが起こるとされ、人々はそれを避けるために厄除けの祝祭を行う。

 町や村によって、それは月初の数日間であったり、第一旬の吹旬であったり、十日ごとであったり、或いはひと月中であったり、形も規模も様々だ。

 「この月」に起こる災いを避けようと言うのだから、多くは月の頭に何かしらが行われたが、ささやかなところは本当にささやかだ。神官(アスファ)が祈りを捧げるだけで終わるような、派手なことを好まぬ村もある。

 だが都市、街と言われる大きさにまで育ったかつての集落ともなれば、大きな祭りは誰しもが大歓迎だ。娯楽にもなれば、商売にもつながる。前月である深の月も終盤となれば、人々はその支度にと奔走し出すものだ。

 アーレイドの街には、既に祭りの雰囲気が漂っていた。

「――だから! 何度言えば判るんだよ!」

「それはこっちの台詞だ! いい加減にしないと町憲兵(レドキア)を呼ぶぞ」

 脅された少年は何を言ってやろうかと口をぱくぱくさせたが、本当に捕らえられて牢にぶち込まれでもしたらたまらない。彼は何やら捨て台詞のようなことを門兵に投げつけると、踵を返した。

 仕方のないことかもしれない。

 彼がこの城を去って、もう一年近くが経つのだ。

 その間に入った新しい兵士が彼の顔を知らないのも道理だし、ファドックに会いたいなどと言い出したところで一笑に付されたのもやはり、仕方のないことだろう。

 護衛騎士の名を出したのは軽率だったろうかと――少年はまだ、ファドック・ソレスが近衛隊長になったことを知らなかった――料理長トルスや近衛兵イージェンの名も出してみたが、一度疑いを持った兵士は、この薄汚れた少年がどこからその名を聞いたのかと不審そうに見るばかりで、思い直す様子はなかったのだ。

 次なる手段はこのまま使用人用の裏口を見張って見覚えのある顔が出てくるのを待つか、やはり見覚えのある門兵に交替するのを待つか、である。

 だが振り返ると、先の兵士がまだじっと彼を見ていた。

 彼は嘆息し、一旦その場を離れることにした。兵士の交替時間については知らなかったが、半日もすれば別の人間に替わっているかもしれない。

 彼はそれを期待して、裏門に背を向けた。

 ――カーディル城の翡翠を呼び起こすのは、アーレイドのそれよりも少しだけ厄介だった。

 と言うのも、六十年の眠りを倍に引き延ばされた上に、奇妙な形で白猫に縛り付けられ、なおかつレンの青年のちょっかいを受けた翡翠は、言うなればずいぶんと不機嫌(・・・)になっており、それをなだめるのに苦労したのだ。

 だがそれは少しばかりリ・ガンの精神が消耗した程度のことで、目覚めた翡翠が放った力はそのわずかな疲れを補ってあまりあった。

 アーレイドのときに体験したような黒い世界もリ・ガンを訪れることはなく、彼は完璧にその使命――の前半部分――を果たしたように、思えた。

 そのあとすぐにカーディルの町の魔術師協会(リート・ディル)を訪れたエイル――エイラの姿を取った――はアーレイドの導師ダウに連絡を取り、ファドックが無事だということを知った。

 だがそれは「少なくとも」と言うことになろうか。

 ダウは、近ごろファドックは協会を訪れないから詳しくは判らない、と言った。それは奇妙な言い方だった。無事でいるなら無事でいるで、それでいいではないか。

 そうではないということは何かあるのだ。

 シーヴのことももちろん、気になっていた。

 クラーナに言われるまでもない。リ・ガンにとっては〈守護者〉よりも〈鍵〉の方が大事なのだ。

 だがファドックと違ってどこにいるとも判らぬ彼を探すことはできず、離れていても〈鍵〉は〈鍵〉なのだ。シーヴが無事に呼吸さえしていれば、たとえ別な大陸にいようともそれは変わらない。

 呼吸さえ(・・・・)していれば(・・・・・)、という考えはいささか不吉だったが、シーヴ自身には危険は迫っていないと思えた。レンが翡翠を利用するためにリ・ガンがほしいのならば、〈鍵〉の利用は考えるだろうが、傷つけることは何の意味もない。むしろリ・ガンの力と反発を招くはずだ。もとより、シーヴ自身なりレンなりから接触がない限り、エイルにはどう動きようもなかった。

「すぐにアーレイドに行く」

 カーディル城で使命を――半分――終えたリ・ガンは、本当にすぐさま、そう言った。

「何」

 不満そうに言ったのは当然、ゼレットだ。

「そう急くな。たいそうなことを為し遂げたのではないか。少しばかり休んでいけ」

 伯爵は両腕を拡げてにっこりと少年を誘ったが、当然、エイルはその腕に飛び込む気などない。

「その『たいそうなこと』はいま俺をとてつもなく充実させてます。いまなら、(ケルク)と同じ速度でだって走れそうだ」

 その冗談にクラーナは笑い、ゼレットは片眉を上げた。

「俺は行きます、ゼレット様」

「仕方がない。使命とやらはまだ続いているのだろう」

 口をへの字にひん曲げながら伯爵は言った。

「だが、この年が終わらぬうちに戻ってくるな?」

「一応は、その予定です」

「ええい、約束をしろ」

「〈誓い〉なら、したじゃないですか」

「いや、あれでは足りん。もう一度だ」

「まあまあ、閣下」

 クラーナが苦笑してリ・ガンと〈守護者〉の間に入った。

「それがリ・ガンの定められし道なら、エイルは戻ってきますよ。けれど、そんな不思議な強制力がなくても、彼は閣下に会いにきます。そうだろう、エイル?」

 言われた少年は目をしばたたき、それからにやりとした。伯爵はじっと現旧リ・ガンを眺め、うむ、と言った。

「俺に会いにくる。それは、なかなかよいな」

 軽い調子で言ってから、必ずだぞ――とゼレットはつけ加えた。少年は、曖昧な笑いを浮かべる。

「エイル、これを」

 ふとクラーナは少年に何かを差し出した。

「これは?」

「うまく働けば、すり替えが可能だと思うんだ」

「すり替えって、何の」

 エイルは当然の疑問を発したが、クラーナは例によってごまかすような、意味を掴みかねる台詞を口にするばかりだった。

「とにかく、お守りだよ。持っていて」

 吟遊詩人はエイルにそれを押し付け、「お守り」ならば持っていて悪いこともあるまいと、少年は有難くそれを受け取ることにした。

 クラーナは、何かが判れば、或いは何か変化でもあれば、必ずアーレイドの魔術師協会に向けて「エイラ」に連絡をすると約束した。少年は「先輩」にあとを任せ、カーディルを飛び出し、一路アーレイドへと向かったのだ。

 本当は、クラーナ――と言うよりも、クア=ニルドの力を借りることができるのではないかと期待したのだが、彼は申し訳なさそうな顔をして、オルエンと関わりのある場所にしか送ることができないと言い、少年は覚えたての乗馬術を必死で駆使する羽目になった。

 眠りを必要としない彼の身体は、本当に最低限の休息だけで旅を続けることができた。(ケルク)を替えることは必要だったが、ゼレットに無理矢理押しつけられた路銀と少年の交渉能力はそれをさしたる問題にはせず、通常の半分ほどの旅程で先を急ぐことができていた。

 しかし不公平だ、と彼は感じていた。

 こちらはこうして移動にたいそうな時間がかかるのに、高位の魔術師というのはそれを一(リア)かそこらで果たしてしまうのである。これは非常に不利な話だと思っていた。

 しかし、少年の文句は、正確なところを言えば、少し理不尽というものだ。

 高位の術師と言ったとて、本当にどこにでも好き勝手に姿を現すことができる訳ではない。一度は訪れた場所であるか見知る相手がいなくては無理だ。

 彼らは場所、或いは人間に、何かしらの陣、しるしを「打つ」。それを手掛りにして移動を行うのだ。

 陣は様々な形があり、どれも複雑だ。それを詳細に思い出すことができなければ、移動は失敗となり、失敗は死を意味することもある。街のなか程度の近距離ならばそうした術も危険はないが、街から街と言った遠距離を単独で跳ぶには、相当の技術と覚悟――それとも自信が要った。

 とは言え、どういう形であろうと結局彼らは〈移動〉術を使いこなしているのだから、やはり少年にとって不利と言うことは変わらなかっただろう。

 実際のところは、魔術師協会を頼れば、いくばくの銀貨と引き換えに〈移動〉を依頼することができた。だが「魔術師業」に馴染んでいないエイルがその手段を思い出したときにはもうかなりの日数が経っていた。何とも間が抜けていると自分に憤りながらも彼は、エイラの姿になるといちばん近い協会に駆け込み、結果としては想定よりもずっと早く、大祭を控える懐かしい街へとひとり帰郷したのだ。

 まずはそのまま協会でエイル及びエイラへの伝言がないことを――ごまかしながら――確かめると、再びエイルとなってそのまま城に向かおうとし、裏門で門兵にとめられた、という訳だった。

 賑やかな街並みを楽しんだり、友人を探して再会を喜ぶという気持ちになるには、心配事が多すぎた。そうなると、時間を潰す場所は限られる。

 先に訪れた魔術師協会(リート・ディル)を再訪することも考えたが、ダウと話をする気には何となくなれなかった。

 ますます行く場所はなくなってくる。

 結果、彼はまっすぐ、生家へと向かった。

 旅に汚れた格好でも、南街区のような汚らしい場所では目立たないどころか、それでもまだ上品なくらいである。

 懐かしの我が家を訪れたエイルは、今度は別に何の違和感も覚えないことに安心して母との再会をした。

「おや、エイル」

 アニーナは、まるで息子が一晩ばかり外泊をしてきた程度の反応を見せた。

「早かったね。お帰り」

「ああ、母さん」

 素っ気ない反応に戸惑うことなく、その母の息子はやはり同じような反応を返したが――少し躊躇ってから、続けた。

「俺、本当はまだ」

「仕事の途中でよっただけ、かい?」

 先取られた台詞にエイルはうなずいた。

「まあ、それもいいだろうさ」

 母はそんな言い方をして口を曲げた。

「手紙を出す暇はなかったみたいだね」

 母のそれは皮肉という訳でもなかっただろうが、エイルに天を仰がせるには充分だった。

 確かに暇はなかったが、時間を作り出そうと思えば作れただろう。そんな気持ちになれない状況ではあったが、母を心配させるなというファドックの言葉を無視してしまった結果になったことに気づく。――もっとも、本当にアニーナがエイルを心配していたのかは、微妙なところだと思ったが。

「いいのさ。却ってよかったくらいだよ」

 息子の心境を何やら読み取ったか、アニーナはそう言った。エイルは片眉を上げる。

「何が、よかったって?」

「手紙なんぞ届けられても、読めないってことさ」

 母はそう言った。

「あの旦那(セル)は、こんなところへなんかくるお人じゃなくなっちまったからね」

「――え?」

 少年は聞き咎めた。

「それって、ファドック様の……話だよな?」

「ほかに誰がいるんだい」

 アニーナは右の肩をすくめた。怪我をした左をかばうためについた癖だったが、少年はまだ知らない。

「どういうことだよ、それ」

 夢のなかの母の傷とその動作を結びつけることはないまま、エイルは問うた。

 ファドックがアニーナを訪れなくなったとしても、そのこと自体は不思議ではない。

 騎士の人となりを考えれば「そのような真似はしないだろう」とは思うが、普通に考えれば、少しばかり城で親しかった少年のことなど――ましてやその母親のことなど、忘れてしまうのが自然だ。

 だが、そうした考え方と、「こんなところへなんか」という表現とアニーナの苦々しい口調はどうにも当てはまらなかった。

「そうか、あんたは知らないんだものね」

 アニーナはふん、と息を吐いた。

近衛隊長様(セラン・コレキアル)ともなれば、お忙しいやら何やらさ。忙しいのは当然で、それならそれであたしゃなーんにもかまわないってのに、無理矢理に(ラル)を押し付けようってが気に入らないね。あたしが要らないと言えばすぐに理解する人だったはずなのに」

「近衛隊長だって? ファドック様が? それに……金って、何で?」

 エイルはしばし、混乱した。

 彼が城で稼いだ金を母に渡そうとして断られたことはよく覚えているが、彼は彼女の息子であるから、孝行のしるしとして親に金をという心情は、何も特殊なものではない。

 最初にエイル少年が城に連れて行かれたときにファドックは城の使者としてアニーナに金を渡そうとした。「息子を売る気はない」とアニーナはそれを断っているものの、この場合はファドックにも、そうしようとする理由はあった。

 だが何故いま、ファドックがアニーナに金を渡さなければならない?

「ちょっとした事故があってね」

 アニーナは、しまった、というような顔をしてから続けた。

「旦那はそれが自分のせいみたいに思ってるのさ。そんなはずないのに」

「事故?……怪我、したのか?」

 夢のことを思い出した訳ではなかったが、何かが脳裏に蘇ったエイルはそんなことを尋ねた。

「嫌だねこの子は」

 母は顔をしかめた。

「珍しく、勘がいいじゃないかい」

「ちょいっ」

 少年は立ち上がった。

「何があったのさ。怪我って、いったい」

「大したことじゃないよ」

 アニーナはまた右肩をすくめ、今度は息子はそれに気づいた。

「……左肩だな」

 睨むようにしてエイルが言うと、アニーナはまた、勘がいいね、と言った。

「あたしの息子はこんなに洞察力があったっけ? あんた、本物のエイルだろうね」

「何を馬鹿なこと言い、じゃない、ごまかすなっ」

「駄目だねえ、女が話をごまかそうとしているときには乗ってやるのがいい男ってもんだよ」

 母はそう言ったが、息子が「乗ってやる」気にならなさそうなのを見て取るとひとつ息を吐いた。隠したところで、どうせ知れる。

「おかしな男に襲われたのさ」

「襲……っ」

「あたしにもまだ魅力があるんだねえ」

 絶句する息子を前に、母はにっと笑って言った。

「でも未遂だよ、安心おし」

「ばっ、だっ、それっ、なっ」

「ちゃんと頭を整理してからお話し」

 アニーナはぴしゃりと言った。

「そのときにちょっと痛めただけさ。旦那が親切にも城で治療を受けさせてくれてね、もうすっかりいいよ。そうそうエイル、城じゃお姫様まで見舞にきて下さったっけ。こっちに戻ってきてからも、お姫様の侍女や、あんたと仲がよかったって言う兵士があんたの話を聞きにきたよ。あんた、城じゃ意外に頑張ってたんだねえ」

 衝撃的な話を次々に畳みかけられたエイルは、すっかり混乱をした。

「何……ええと、つまり」

「つまり」

 母は出来の悪い生徒に対する教師のように言った。

「あたしは無事。旦那は親切で、あんたはお姫様に覚えててもらえるくらい、城でよくやってた。重要なのはこの三つだね」

 エイルは煙に巻かれたような気分になっていたが、どこに疑問や文句を差し挟めばいいか判らなくなっていた。

「そのなかでいちばん重要なのは、旦那のことさ」

 不意にアニーナの声の調子が低くなったので、エイルはぴくりとした。

「ファドック様が、何だって?」

「言ったろう、(ラル)を押しつけようとした」

 母は嘆息した。

「近衛隊長になったからって威張りくさるような人じゃないだろうけどね、最初はザックに命じて、見舞金と称したものを運ばせたよ」

「ザック?」

 少年は繰り返した。どうして町憲兵(レドキア)などになれたのか判らない、少しぼんやりしたところのある友人ザック。懐かしい名前だ。

「城で看護を受けたことを吹聴するなとでも言うところかね? あの子の手からならあたしが受け取ると思ったのか知らないけど、それでもあたしが拒否すると、今度は女の子を寄越した」

「女の子だって?」

 エイルはまた、繰り返した。

「そうさ。お前くらいの年かね。なかなか印象の強い元気な娘だったよ。何でも旦那の部屋を掃除してる使用人だとかって話だったけど、使用人なんかに金を託してこんな街区に送るかい?」

「あんまり、考えられないと思うけど……」

 エイルは曖昧に言って、水を汲んだ木杯に手を伸ばした。状況がよく、判らない。

「だろうね。あたしもそう思う。つまり、私用だ」

「私用?」

 やはり、エイルは母の言うことが判らなかった。

「旦那があたしに金を押し付けたいのは、隊長様がこんな貧乏区画にまで足を運んでいたことを洩らすなという意味さ」

「何、言ってんだよ」

 アニーナの穿ちすぎた見方に、エイルは瞬きを繰り返す。

「そういう『私用』のために寄越す娘。あたしの見たとこじゃ、旦那とあの掃除娘はできてるね」

 少年は水を吹き出すところだった。

「まさか! ファドック様は、使用人に手を出すような人じゃないよ」

 どこぞの伯爵と違って、というような話は母にしても仕方がないので、心に留め置いた。

「そうじゃなかった(・・・・)、ってことだろ。何かあれば人間は変わるもんさ。大したことじゃなくて、ふとしたことでも別人みたいに心が変わっちまうことはある。若いのによくできた男だと思ってたけど、近衛隊長になるってのは、きっと相当の変化だったんだろ。あの誠実さと高潔さがなくなっちまったんなら惜しいとは思うけど、仕方ないさ」

「まさか」

 エイルはまた言った。

「そんな人じゃないよ」

「そうさ。そんな人じゃなかったよ」

 母は似た言葉で違うことを言った。

「でもあれだけ大事にしてた姫さんの婚約もあったしね、心弱くなったところで女に慰めを求めるのはよくある話さ。旦那が変わったからって、責めるんじゃないよ」

 母の言うことは判らなくもなかった。だが同時に、違う、決してそんな人ではない、とも思った。

 エイルの知る護衛騎士は強く、そのような迷いなど持たぬ――。

(私には怖いものなどないように……見えるか?)

 ふと、一年近く前にファドックと交わした言葉が蘇った。

(怖れも迷いも知らねば、強く在ることができように)

(そう在ると――よいな)

 少年は気づいた。ファドックは迷いを見せないようにしていただけなのだ。

 そして彼は思い出す。ファドックのこの言葉を以前にも思い出したこと。

(俺はな、エイル。怖がりだ)

 ゼレットの声が耳に響く。

(怖がっていることを知られるのも怖い。それでお前の言う『無茶』をやる)

(それが無茶でないくらいに自分は強いのだと思い込む。思い込もうとする。そしてうまくいくこともあるが)

(たいていは拙い結果に終わる)

 ゼレットもまた、強く在ればよいと思う、と言った。

 ふたりの〈守護者〉は――よく似ている。なれば、ゼレットの吐露した真情は、ファドックが内に抱えるものと近しいのではないか。

(それじゃファドック様は)

(無茶をやって……拙い結果を招きかけてるんじゃないか?)

 その思いは少年の心臓を痛くした。彼はいても立ってもいられなくなると、母への言い訳もそこそこに立ち上がり、家をあとにすると、きた道を舞い戻った。


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