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翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第7話・最終話 暁の宮殿 序章

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09 その手があったね

 吟遊詩人や娘は青年を非難するが、彼は別に衝動的に動いている訳ではない。

 馬鹿なことをする、という指摘は否定しようがなかったが、その「馬鹿なこと」しか道が見えないとき、進むか留まるかという選択肢しかなければ、取る方は決まっている。それだけのことだ。

「問題が、ひとつある」

 シーヴは狭い寝台の上で靴を脱ぎながら言った。

「俺はやはり、見張られているらしい」

 あっさりと言う砂漠の青年を吟遊詩人はじっと見てから、嘆息した。

「自覚は、あるんだね」

「そう宣言されたこともあるしな」

 シーヴは返すが、あの痩せた魔術師の言葉をはったりではないかと考えていたことは事実だ。

 魔術に対する心得はなくとも、あの男がかなり高位の術師であることは判る。ミオノールは彼を見張るために寄越された魔術師であったかもしれないが、その師でもあるあの男が、彼を見張るだけで日がな一日を過ごすこともあるまい、とたかを括っていた。

 だが、魔術で言うところの「見張る」行為は、何も水晶球か何かを一日中のぞき込んでいるということでもないのだろう。

 彼は時折、首の後ろにちりちりするものを感じていた。

 ダイア・スケイズほどの術師ならば、標的にそのようなものを覚えさせずに術をかけることも可能である。だから、シーヴが何かを感じるというのは、スケイズが特にそれを隠そうとしていないからと言うことになった。

 彼はその事実を知らなかったが、想像はできた。しかしその術が南の地にいるリ・ガンの目から〈鍵〉を隠す結果になっていることまでは、とても判らなかった。

「俺がレンに行くと騒いでいることも知ってるかもしれん」

「知ってるだろうよ」

 騒いでいる(・・・・・)という自覚もあるんだね、などとクラーナはどこか投げやりに言った。それだからと言ってシーヴが自重するとは彼は思わなかったし、それはその通りであった。

 〈魔術都市〉レンを訪れる――クラーナに言わせれば、乗り込む――という彼の意志はむしろ固くなっていた。ただ、薬草師の忠告には従って、腕の腫れが引くまで待つつもりであった。

 薬草師が考えたよりは回復に時間がかかるようだったが、それはついどうしても利き腕を使ってしまうという理由もあれば、魔術による怪我だということもあっただろうか。

 ともあれ、スケイズに対しては役に立たないとしても、剣を握ることができないようではいくら何でも話にならないと思った。苛々する気持ちを抑えながら、その間にせめて、噂でもかまわないからレンのことを調べようなどとは考えてみたが、方法は思い当たらなかった。

「仕方ないね」

 それを聞いたクラーナは肩をすくめた。

「〈根菜は農民に抜かせろ〉……魔術師のことは、魔術師に訊くしかないんじゃないかな」

 まさかバイス術師が彼らに協力をしてくれるはずもなかったので、その言葉にシーヴは片眉を上げた。

「知り合いでもいるのか」

「いないよ。でも言っただろう、僕は魔術師に近い存在なんだ。協会に行ってみよう」

「協会で何か判るのか?」

「さあね」

 クラーナは嫌そうに言った。

「文献を漁っても何も出てこないだろうし……魔術師はあまりお喋りを好まないけど、どうにかしてみるよ。なかには噂のひとつくらい知ってるのも、いるだろう」

「……協力してくれるのか」

 意外そうにシーヴは問うた。

「仕方ないだろう。君は僕が協力しようとしまいと死にに行くつもりなんだから。どんな助けでも、ないよりはあった方がましだよ。ああ、そうそう」

 クラーナは思い出したと言うように手を叩いた。

「ほら、神殿の魔除け。気休めにすらならないかもしれないけど、持ってて悪いことはないから」

「もらってきたのか」

「君たちを守るためにできることは、みんなやっておきたいんだ。まあ、結局、紹介なしに作ってもらえるのはそんな布切れ一枚だったけどね」

 神官が祈りを込めた手布ということだったが、さすがにとてもではないが〈魔術都市〉には対抗できないだろう。シーヴは気持ちだけもらっておくことにした。

「それにしても、そんなつもりはないからな」

 シーヴが言うと、クラーナは首をかしげた。

「何の話さ」

「だから。お前はそう言うが……エイラもそう言うだろうが、俺は死ぬ気なんぞないってことだ」

「君の気持ちなんて関係ないよ」

 クラーナは素早く返した。

「問題は、向こうの気持ちなんだから」

「それはもう、熱い思いを感じるが」

 肩をすくめてそう言うシーヴをクラーナは軽く睨み、それから天を仰いだ。

「本気でレンに行くだなんて。僕は、僕を信頼してくれたエイラに何て言ったらいいんだ?」

「何とでも言え。いや、何も言うな」

 シーヴはふと、真顔になった。

「お前たちが何か……その、魔術みたいなもんで話ができるのだとしても、彼女には言うなよ」

「それができるとしたら、むしろ君だけれど」

 クラーナは肩をすくめた。

「そうだな。その手があったね。彼女にとめてもらおう」

「おい」

 シーヴは目を細めた。

「やめろと言ったんだぞ」

「覚えてないの?」

 吟遊詩人は笑った。

「君が『こうするな』と言うと、逆にみんな、そうするのさ」

 そう言って立ち上がる吟遊詩人にシーヴは呪いの言葉を吐き、魔除けの仕草を投げ返された。それじゃ協会に行ってくると言って部屋を出ていくクラーナを見送った彼はため息をついて寝台に転がると、少し顔をしかめた。右腕が痛む。

「畜生」

 呟いた。

 彼は――〈鍵〉は何の魔力も持たない。リ・ガンはもとより、〈守護者〉にも何かしらの力があるような話を聞いていた。だが〈鍵〉には、何もない。

 もちろん、これまでに過ぎていった〈変異〉の年にはそれで何の問題もなかった。しかしこの年だけは違う。

 〈魔術都市〉レン。

 いや、それともその第一王子アスレン。

 翡翠を狙い、エイラを狙うその男からどうやったら彼女を守れるものか。

 カーディルで攫われた彼女がアスレンと対峙し、〈翡翠の女王〉と第一王子の力に翻弄され、〈翡翠の宮殿(ヴィエル・エクス)〉で身を休めていた、との話はクラーナから聞いた。だがどうにもそれは青年の――もしかしたらクラーナも同様――理解を超えており、彼は判る範囲でそれを解釈するだけだ。

 即ち、アスレンが敵である。

 そうであってレン(・・)ではない(・・・・)のだ、との確証がある訳でもない。せいぜい、レンの魔術師たちが全員、彼らに向けて術を放つと言うことでもなければ上等だろう、という辺りだ。

(まあ、どうにかなるさ)

 エイラが聞けば激怒しそうなほど楽天的に考えて――本当に楽観していると言うよりは、そうとでも思うしかなかったのだが――、シーヴは右腕を上にするように横に転がった。

(何より、早くこれを治すことが先決だな)

(もし……クラーナが本気で助力してくれるなら、レンまでだってすぐに「跳べる」んだろう)

 あまり楽しい考えではなかったが、文句を思い浮かべるのは堪えた。

(それとも、そんなことをすれば奴らに見つかるのか)

(いや、その警戒に意味はないな。俺は見張られてる)

(――そうだ、神殿の護符の件も)

 ふと、彼は考え直すことにした。

(あの布切れじゃ大したことがないとしても、本気で高位の神官を紹介してもらえれば、もしかしたら少しくらい身を隠すようなことが)

「そんなに」

 ぞわり、とした。

「難しいお顔で、何を考えていらっしゃるのです?」

 首筋に感じたのは冷たさよりもむしろ熱――決して氷のようではない、間違いなく血肉を備えた、人の手の温度と感触だった。だがその突然の接触と声は、青年を寝台から跳ね上がらせるに充分だった。――これだから、魔術師という奴は!


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