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翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第6話 秘められしもの 第4章

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08 君は何を守るの

 言われてエイラは顔をしかめた。

「呪い、だって?」

「そうとも取れる、と言うことです。記録上は術の詳細について書かれているだけですが、これは守護とも、見ようによっては呪いとも見ることができるのです。複雑に編まれた術で、かけた当人でなければ読み解くのは難しい」

 導師はまた言って、その意味は判りかねる、と繰り返した。

「でも、いったい……何のために」

 エイラが呟いたのは問いではなかったが、導師にはそれは通じず、彼は「判りません」と答えた。

「あなたは何か事情を知っているのでしょう、エイラ術師。オルエン術師と吟遊詩人、そして守護、それとも呪いの魔術とカーディル城。いまのカーディル城に何か奇妙な力が働いていることは知っています。情けないことに私はそれを読み取れませんでしたが」

「仕方ないさ、あれは……魔術師の力とは少し違う」

「あなたには判るのですね」

 訊かれたエイラは肩をすくめた。

「導師こそ、判るんじゃないんですか。私の魔力があなた方のものと少し――違うこと」

 確かに少し違和感を覚えるようです、などと導師は言った。幸いにしてそれ以上突き詰める気はないようで、エイラはこっそり安堵した。

「ご存知のように協会は城には仕えませんから、カーディル閣下の依頼がない限り、城を覆う力をこれ以上探るようなことはいたしませんよ。レンが関わっているのかも問いません。今年は〈変異〉の年、もはや〈大変異〉も近い。一般に禍いが起きると言われるのは、大きな魔術を行うのにこれほど適した月もないからです」

「――〈時〉の月」

 エイラの「知識」には〈大変異〉という言葉はなかった。だが彼女は知っていた。六十年の間に、翡翠だけでは溜めきれないほどの淀みが発生する。その穢れを力とし、大きな術を行おうとする魔術師たちは珍しくないのだ。

 それは何も悪事を働く目的などではなく、純粋な好奇心や探究心から、普段の星巡りでは使うことのできない術構成を作り上げ、多くは一生に一度しかない機会に挑戦するのである。

 生憎と失敗しては市井に影響を及ぼすようなこともあり、それが〈禍〉という伝説めいたものになっている――ということまでは彼女も判っていなかったが、とにかく彼女が、リ・ガンが払うのはそうした穢れであり、それが十三番目の月までに為されるべきである、とは知っていた。

 六十年前に為されなかったことが、この年に欠かされては決してならないことも。

「ええ」

 導師は、エイラが自身の内に捕まえた思いは知らずに、ただうなずいた。

「そのときに何が――起こるのか」


 ふっと吟遊詩人は目を閉じた。シーヴは片眉を上げる。

「〈時〉の月に起こることをお前は知らないのか」

「僕はそのときにはもうリ・ガンじゃなかった。目覚めさせろと言う翡翠の声は聞こえるのに、僕の声は向こうに届かないんだ。翡翠は目覚めず、淀みは溜まり、ときどき中途半端に払われて」

 クラーナは言葉を切った。青年に話しても通じないことだと思ったせいもあったろう。

「僕が判るのは、レンはそれまでに翡翠をどうにかしたいだろうってことくらいかな。エイラはそれを守らなければならない。きつい定めだよ。僕のときには、そんな敵はいなかったんだから」

 その代わり〈鍵〉には立派な敵がいたけどね、と肩をすくめる。

「だから俺がそれを手伝うと言ってるんだ」

「無茶だよと言ってるだろう」

 彼らは言葉尻を換えて、同じ内容の言葉をやりとりした。

「ここまで話しても判らないって言うのかい? 君に万一のことがあっちゃいけないんだ!」

「俺に何を判らせようとしたんだ、吟遊詩人(フィエテ)!?」

 クラーナが大声を出すことは珍しかったが、シーヴはそれに驚くよりも同じように叫び返していた。

「これだけ引っ張り回しておいて、俺に何かあったら困るからじっとしてろと言うのか? お前がそれを意図してつらい記憶を語ったのだとしても、俺に伝わったのは、そこまでして守らなきゃならんものなんだということだけだ!」

「何を?」

 不意にクラーナは声の調子を落とした。シーヴの肩に入っていた力が抜ける。

「君は何を守るの、シーヴ」

「――エイラ。翡翠。シャムレイ。ウーレ。全てだ」

「欲張りだね」

 クラーナは、スケイズが彼にそう述べたのと同じような言葉を口にしたが、そこにあるのは皮肉ではなく、少し寂しそうな笑みだった。

「彼らを守りたいのなら、まず自分を守ってほしいんだけれど」

「何とでも言え。まだあるんだぞ」

 シーヴはアスト酒を飲み干した。

「ランド。言いたかないが、ヒースリー。見知らぬ奥方も含めてな。それに、もっと言いたかないが、お前もだ」

 それは南の〈守護者〉がリ・ガンに向けて言った台詞と似ていた。スケイズにでも言わせれば、みな愚か者だということになるだろう。

 ゼレットもスケイズも知らぬクラーナは無論そのようなことを考えはせず、ただ目を見開いた。

「……君にそんな義務はないけど」

「義務もクソもあるか、こうなったらついで(・・・)だ」

 砂漠の青年は投げやりに言って、次の杯を要求した。

「俺は行く。お前もくるというのなら手を貸せ。お前の力をな」

「危険に引っ張り込みつつ、守ってくれようと言う訳」

「うるさいな」

 守ると言った相手をシーヴはぎろりと睨みつけた。

「それと、シーヴ。ひとついいかい」

「何だ」

 青年は吟遊詩人を睨んだままで帰した。クラーナは肩をすくめる。

「君の負傷した右手に、酒はあまりよくないと思うよ」

 シーヴは唇を歪めたが、注文を取り消すことはしなかった。


 カーディル城に戻ったエイルは――うっかり、エイラのままで戻りかけたが、あまり人目に触れる前に〈調整〉を済ませた――ゼレットも既に戻ってきていることを知る。

「町へ行っていたそうだな」

「ゼレット様を追いかけた訳じゃありませんよ」

 伯爵の言いそうなことを先取りしたエイルは、先に言われてはつまらん、と満足のいく返答を受けた。

「いろいろ、判ったんです」

「ほう?」

 エイルはそう前置くと、知ったことを語った。ゼレットは途中で何も混ぜ返すことなくそれを聞き、エイルが語り終えると長い息を吐いた。

「六十年前にここを訪れた〈鍵〉が翡翠をどうやってか『隠し』、魔術師と戦って死んだ。そう言うことか?」

そうです(アレイス)

 エイルはうなずいた。

「その魔術師とは、レンの人間か?」

「違います。いや、協会の記録ではそこまで判らないってだけですけど、そのときから奴らが翡翠を狙っていたとは思えません」

 彼は、自分がそう思う理由も説明した。

「そうだな。レンが翡翠を欲していれば、自分の代には〈変異〉がこないから関係がないと思っておった親父の代に、何か企んできていただろう」

 ゼレットもそれに同意した。

「でもまあ、そんな話はどうでもいいんですよ」

 少年の暴言にゼレットは片眉を上げた。

判ったんだ(アリシャス)

 力強く、彼は言った。

「ゼレット様。俺、判ったんですよ」

 少年の気配が変わった、とゼレットには感じられた。警戒のようなものを覚えて少年の瞳を見たゼレットは、だがエイルの目が変わらず明るい茶色をしていることを見て取っただけだった。

「判っただと。何がだ。翡翠の在処か」

「まあ、そんなもんです」

 少年は言った。

「カティーラが――翡翠(ヴィエル)です。少なくとも、彼女に隠されている、というべきかな」

「まさか」

 ゼレットは顔をしかめた。

(ミィ)の腹のなかに入っているとでも言い出すのではあるまいな。かっさばいて出すなどはご免だが」

「やめてくださいよ」

 その想像はあまり楽しくなかったので、エイルも顔をしかめた。

「ゼレット様は嫌がるだろうし俺だって好みじゃないけど、魔術的な意味ですよ。何しろ、それをやったオルエンって術師はとんでもない力を持ってた。敵対する術師と向かい合いながら、そんなことをやり遂げるんだから」

「だが、カティーラに何かあるというのは先から判っていた――判ってはいなくとも、予測がついていたことだろう。ならば何だ。それを『取り出す』方法でも判ったのか」

「少し、違います」

 エイルは首を振った。

「俺には……それはできないと思う」

「それなら、何が判ったのだ」

 ゼレットは問うた。

「俺にはできないってことが判りました」

 そんな言葉を少年が満足そうな声で言うので、ゼレットはますます奇妙な顔をした。

「リ・ガンならば翡翠を見つけるはずだ。たぶんオルエンはそう考えたんだ。でも、彼にとって(・・・・・)俺はリ・ガンじゃないんです」

 どういう意味だと尋ねるゼレットに答えるのは後回しにした。

「すみません、ゼレット様。俺、ちょっと人を呼んできますよ」

 そう言うと少年は踵を返し、部屋に籠もって彼の〈鍵〉とその隣にいるはずの先代に声をかける算段をはじめた。


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