表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第6話 秘められしもの 第3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

218/301

05 何も知らぬのに

「どうしてそれを翻す気になったんだ」

「……ラザムスが」

 シーヴはそれがヒースリーの別名であることを思い出した。

「あの玉を持ってきたとき、俺は驚いたよ。後先考えないガディならともかく、何でまた善良なあいつがレンなんかに睨まれる真似をするのかと……だから俺はあいつに言ってやった。どうして、これまでにそれを売っ払っちまわなかったのかってね」

「その話は」

 聞いた、と言おうとして――シーヴは違和感を覚えた。

「この前聞いた話と、少し違うようだな」

 以前に男は「それを売り払えと助言して友人を追い返した」というような話をした。だがいまの話運びは、どこか違う。それだけでもない。先日の話の主点にあるのは「友人」で、いまは「翡翠」だ。

「判るか」

 バイスは髭面を心底嫌そうに歪めた。

「そうさ。あいつは俺に、翡翠の魔力について()てくれるよう頼み、俺はそれを受けた」

「……それなら」

 「動玉」はこの男が持っているのか、とシーヴはバイスをじっと見た。バイスは嘆息する。

「言っておくが、俺はできるならラザムスを助けたいし、あんたにも恨みはないよ、兄さん。でも魔術師ってのは、高位の術師には逆らえないもんさ」

「何」

 シーヴは、はっとした。

 暗い部屋の奥、バイスの向こうに――黒いローブの、影がある。

 鋭敏な感覚を持つ彼でもその気配には全く気がつかなかった。彼は素早く立ち上がって剣を抜こうとしたが――もはや彼は、簡単には立ち上がることができなかった。

 全身が、酷く重くなっている。

「これで、俺はお役ご免か」

 バイスはシーヴにではなく、その背後の相手に言った。

翡翠も(・・・)渡した(・・・)し、それを探す男も呼んだ。もう、いいだろう」

「よかろう」

 低い声が答えた。シーヴは全身の総毛立つのを感じた。

「お前の役割は終わった。命は助けてやろう。外へ出て、しばらく戻ってくるな」

 バイスは言葉にして何か答えることはせず、泡を食ったようにその命令に従った。シーヴはそれを見送ることはせず――もししたくても、振り返ることも難儀しただろうが――大男の向こうにいた存在だけをじっと見やる。

 ゆったりとしたローブを身につけていてもはっきりと判る痩身。フードの奥の顔は暗がりではほとんど見えないが、やはり痩せこけていることは判った。

「我が教え子が世話になったそうだな」

「何だと」

 シーヴは言いながら、喋ることには不自由なさそうだな、などと判定をした。何も罵詈雑言を吐いてやろうというのではない。理解できたのは、目前の魔術師は彼と話をする気があるということ。つまり、少なくともすぐさまに殺そうと言うのではないのだ。

「何の話だ」

 尋ね返すと、何もない空間からしゅっと音を立てて何かが飛んできた。シーヴは反射的に飛びすさろうとするが叶わず、のろのろとわずかばかりに身を反らしただけとなった。それを見た男は、フードの影で口の両端を笑うように上げた。

 笑ったのだろう、とシーヴは思う。彼は、ダイア・スケイズの笑みという珍しいものを目にしたことになるが、それがどれだけ珍しいものかは知らない。

「これは」

 知らない事実にぞっとすることはないまま、シーヴは目前の粗末な卓上に刺さったものに見覚えがあると気づく。

「お前の、ミオノールへの贈り物だな――リャカラーダ」

「……突っ返されたということは、嫌われたということかな」

 彼は、名を呼ばれたことには触れず、ただそんなことを口にした。

「何の。彼女はたいそうお前を気に入っている。どうかお前を殺さないでくれと私に頼み込んだほどだ」

 そう言うとスケイズはまた笑った。彼を知るものが見れば、却って怖ろしくさえ思うであろう。

お前を殺(・・・・)すときは(・・・・)必ず自分(・・・・)にやら(・・・)せてくれ(・・・・)、とな」

「それはまた……歪んだ惚れ方をされたものだ」

 シーヴはミオノールの瞳を思い出した。初めは表情なく、次に艶を含み、あとには――冷ややかな。

「ミオノールの誘いに乗らなかったそうだな。次には試してみるといい。あれはいい女だ」

「次だろうが最後だろうが、断るね。あんたと兄弟になりたいとは思わん」

「そうか。それを聞けば彼女は哀しむだろう」

「そうかね」

 シーヴは淡々と答えた。

「そのまま忘れてくれれば俺としちゃ有難いがね、つれなくすれば余計に入れ込む女もいるからな」

「そうだな、リャカラーダ。ミオノールはそういう女かもしれんがな」

 二度に渡ってその名を呼ばれ、シーヴは目を細めた。向こうはシーヴの身分も出身も、ミオノールとの間に起きたことも全て知っているのに――こちらには何も材料がない。レンの魔術師であることだけは間違いないが、判るのはそれだけだ。

「俺に何か話があるのか」

 シーヴは重い手を懸命に動かして目の前の刀子を引き抜いた。

 男はミオノールの師だと言った。彼の抵抗などものともせずに、遠い砂漠とバイアーサラを行き来させた力を持つ彼女の。

 それに、ミオノールに対してやったように隙をつくこともできない。相手は彼の武器を知っており、このようなものから身を守る魔術くらいは用意しているはずだ。

 そうしたものがあらかじめかけておくものなのか、瞬時にかけるものなのか、シーヴは知らない。だがどうであれ、彼がこれを投げるような動作をすれば、投げ終える前にその術を使うか、それとももっと不(・・・・)穏な方法(・・・・)が採られるだろうことは察しがつく。

 だがそれでも、彼はそれが抵抗の意志だとでも言うように、刀子を手に持ったままにした。スケイズはシーヴの手の動きをじっと見たままで口を開く。

「お前がどう思っているのか知らぬが」

 スケイズはうっそりと続けた。

「リ・ガンと翡翠など、いつでも簡単に我々の手に入る」

「……ほう、そうかね」

 シーヴは苛つきかける自身を感じ取った。

「なら、何故そうしない」

そう(・・)したとも」

 スケイズの手が動いた。青年は――彼の立場ではいささか無駄な――警戒をしながらそれを見守った。

 男は、ローブのなかから何かを取り出した。シーヴの記憶に蘇るものがある。――では、ランドが示した翡翠玉は、〈魔術都市〉の人間の手に渡ってもあのときと変わらず、戦士の旅に擦り切れかけた布の袋の中に入っているのだ。

「それを返してもらおうか」

 シーヴの言葉に、スケイズの目が面白そうに光った。

「お前のものだと?」

「少なくとも、お前のもんじゃないな」

「ではこれを私にお譲りいただこうか、殿下(・・)。お前の大事な女の自由と引き換えではどうだ」

 スケイズが言うのはリ・ガン――エイラのことであろうが、シーヴの脳裏には、ふたりの女の姿が浮かんだ。スケイズはそれを見て取るように、じっと彼を見る。

「……ミオノールには恋敵が多いな」

「お前のそれは、いったい、どういう脅しなんだ」

 恋敵云々には触れず、シーヴは笑った。

「お前はそうして目的の玉を手にしているのに、それを渡さなければ俺の女をどうにかする、というのか」

そうだ(アレイス)

 スケイズは言った。

「リ・ガンはそれを認めたがらぬだろうが、〈鍵〉が同意したとなればその反発力は弱まろうな」

「……成程」

 シーヴは呪いの言葉を吐いた。彼自身、考えていたことである。リ・ガンを利用したければ〈鍵〉を押さえるべきだと。

「返事は急がぬ。だがリャカラーダ、我々はいまや、リ・ガンの動きを把握しているのだと知っておけ」

「何だと」

「リ・ガンはいま、カーディルにて翡翠を探している。それを見つけられるのはリ・ガンか守り手だけであろうから、見つかるまでは放っておこう。見出されれば、また話は変わる。……殿下は少々の失敗をされたが、致命的ではない」

殿下(・・)だと」

 シーヴは返した。

「それがお前とミオノールの主か。ライン、とか言ったな」

 青年の言葉に、スケイズは眉をひそめた。

「何も知らぬのに、愚かなことを言うのは止すのだな。ラインは――ライン。ほかのどのような存在とも異なる」

 もちろんシーヴは、アスレンもサズも知らない。スケイズの言葉に、意味が判らないとばかりに口を歪めた。

「リャカラーダ、お前が生きていられるのは、ラインが強いてお前の死を望まれてはいない、という一点に因るのだ」

「は!」

 シーヴは笑った。

「ご寛大にも、生きていてよろしいとお許しくださる訳か」

 有難いね、と青年は言った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ