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翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第6話 秘められしもの 第3章

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01 僕はリ・ガンじゃないんだから

 街は、いつでも賑やかだ。

 まして中心街区(クェントル)ともなればなおさらである。

 初めて訪れた者はたいてい賑やかな場所へ赴いて、ここがどういう雰囲気を持つ街なのか見て取ろうとする。

 だが彼がここを訪れたのは数度目になるし、いまはのんびりと街を散策しようという気持ちにもなっていない。彼は、彼の〈道標〉が――珍しくも――先導するまま、北区へ向かっているのだ。

 街の賑わいを越え、住宅街の静けさを持つ北区の端の方に、その小さな家はあった。

 それはあばら屋(・・・・)と言うのが相応しいぼろ屋だったが、そこは決して貧困区という訳ではなく、古くてもそれなりに手入れがされた家々が多いようだった。そうした間に建っていると、そのぼろぼろの家は、逆に豪奢に飾り立てたのと同じくらい目立っていた。

 そこに住んでいた男は見知らぬ突然の訪問者に不審そうな顔をしたが、シーヴが躊躇いののちに「翡翠」について話を聞きたいと言うと、紛う方なき警戒を顔に浮かべて扉を閉めようとした。

「待ってくれ」

 シーヴは素早く戸の間に身体を挟んで、男にそれを為させなかった。

「俺たちは」

 シーヴはまた躊躇い、賭けだ、と思いながら続けた。

「レンの人間じゃない」

「……そんなことは見れば判る」

 四十代前半ほどの髭面の男は、むすっとした顔つきで言った。

そっち(・・・)には判らないだろうがね」

「――魔術師(リート)なのか」

 シーヴは意外に思ったのを隠すことができなかった。

 魔術師には魔術師が判ると言う。男はシーヴに魔力があれば判ると言ったのであり、それはつまり、この男が魔術師だということになった。

 大柄な体格は戦士(キエス)と言われて納得こそすれ、痩身のものが多い――或いは、そう言う印象がある――魔術師(リート)だと言われてもぴんとこない感じがあった。これも一種の偏見であるやもしれないが。

「そんなことも知らずに俺を訪ねてきたのか?」

 男はやはりむっつりとしたままで言うと、シーヴを戸の外に押しだそうとした。戦士ではないのだから鍛えてはいないだろうが、もともと大きな体格をした男の力は、若いシーヴの力と張った。

「まずは、聞いてくれ! そのあとで、気に入らなければ出ていく!」

「聞く耳は、ない!」

 彼らは力比べをしながら言い合った。

「俺はまだ、死にたくないんでね!」

 その台詞は明らかに、男が何かを知っていることを示唆していた。当然、それに気づいたシーヴは懸命に踏ん張る。

「翡翠を持った男が、ここにきたな!?」

「答える口も、ない!」

「仕方ないなあ」

 背後でそれをのんびりと見物していたクラーナがのんきな声を出した。

「それじゃひとつだけ、助けてあげよう。バイス、彼はラザムスの友人だよ」

「何だって?」

 ふたりの男は異口同音に言った。

「あの翡翠は、ラザムスの手に渡る前、この彼のところに行くはずだった。ラザムスの手からは、この彼の相棒のところに行くはずだった。ラザムスはいまもそれを目論んでると思うけどね。とにかく、この彼とあの翡翠は関係が深いんだ」

 シーヴはラザムスという名に心当たりはなかったが、ここは黙っていた方がいいだろうと口をつぐんだ。

「……それなら最初から、そう言え」

 バイスと呼ばれた男はシーヴを押し戻すのをやめたが、しかし扉を開けようとはしなかった。

「確かにラザムスは、輝石を持ってここにきた。金がなくて協会(ディル)に依頼できないものだから、俺に()てほしいと言ってな。だが俺は断った。そしてあいつに、あれを売っ払っちまうように助言した」

「それは、何故だ」

 シーヴはバイスとその扉に虐められた左肩を右手でさすりながら問うた。

「何を知っている」

「言っただろう、死にたくはないと」

 バイスはその髭だらけの顔から見て取れるほど、苦い表情をしながら言った。

「俺は魔術師だが、力が強い術師だとは冗談にも言えない。翡翠に関わるなという警告には、従うさ」

「警告」

 誰の――と問う必要はなかった。

「そうか」

 シーヴは肩を落とした。バイスを説得することはできるかもしれないが、それは、カーディルで見せられたようにこの男の死を招く結果になると簡単に予想できる。

「判った。無理は言わない。ひとつだけ」

「何だ」

「ラザムスがきたのは、いつだ?」

 その問いに、バイスは眉をあげた。

「今朝のことさ。まだそのへんに、いるんじゃないか」

「――誰だ、ラザムスって」

 バイスの家をあとにしたシーヴは、まずクラーナに問うた。

「俺はそんなやつ、知らんぞ」

「知ってるさ。薬草師(クラトリア)ヒースリー。君の恋敵(・・)だよ」

「……どうして、知っている」

 クラーナの台詞の最後の部分は無視して、シーヴは言った。

「何を?」

「俺が……と言うより、エイラがヒースリーと知り合いであること。そいつが、ランドから翡翠を受け取ったこと。いまの男がヒースリーの友人であること。……ああ、愚問だったな。お前はいろいろと(・・・・・)知ってるんだから」

「拗ねるなよ、砂漠の王子様」

 クラーナは、久しぶりの皮肉に天を仰いだ。

「僕は君をいじめて楽しんでる訳じゃない。ただ、物事には順番があるだろう?」

「そうだな。順番がある。ヒースリーが動玉のいまの持ち主だ、というのが最初に俺に言うべきことじゃないかと思うがね」

 シーヴが言うと、クラーナは、そうかな、などと返した。それが恍けているのかどうかは、シーヴにはよく判らなかった。

 〈ふたつの名を持つ者〉は翡翠に関わる。ヒースリーはふたつの名を持つとエイラは言っていた。だから、()なのか。

「余計なことには首を突っ込むなと言ったのに」

「君がそう言うと、みんな逆のことをするのさ」

 軽く言われたシーヴはクラーナを睨んだ。吟遊詩人が、バイアーサラの少年情報屋チェ・ランのことを言ったのは判りきっている。

「ああ、そう言えばそれもあったな。メジーディス神殿(クラキル)か」

 シーヴは少年の「情報」を思い出した。神殿の作るという守護符のこと。

「俺にはどうにも、〈二本目の尻尾〉に思えるが」

 人を化かす妖怪狐の尻尾は二本あるが、人間の前では巧く一本にごまかしているとされ、〈化け狐(アナローダ)の二本目の尻尾〉と言えば、どうにも信じ難いこと、信用しきれないことを表した。

「行くだけ行ってみたら? ないよりはましだと、僕は思うけれど」

「〈道標〉殿のお勧めには従っておくか」

 シーヴは肩をすくめてそう言った。

「ヒースリーの居所は判らないと言ったな?」

何でも(・・・)知ってる訳じゃないんでね」

「悪かったよ」

 シーヴは口を曲げて謝罪をした。

「動玉の在処が判る訳じゃないと言うことか」

「そういうことになるね」

 クラーナは言った。

「僕は――リ・ガンじゃないんだから」

 その台詞に込められた皮肉――それとも自嘲が判るのはクラーナ当人と現在のリ・ガンだけだったが、シーヴは何故かまた、謝罪の言葉を口にしていた。

 以前の旅路では、クラーナが何を言ってもシーヴは全く気にならなかった。砂漠の青年の皮肉にクラーナが嘆こうと、ろくに相手にしなかった。

 なのに何故、いまはこんなにも吟遊詩人の態度が気になるのだろうか。

 クラーナはどこか彼の〈翡翠の娘〉に似ているのだ――という結論はシーヴの内に浮かばなかった。もし浮かんだとしても、それはあまり嬉しくない思いつきとして奥の方に封印してしまうことだろうが。

「当てもないのに探しても仕方がないな。お前がそうした方がいいと言うなら、先に神殿に行ってみるか」

 シーヴは気を取り直すようにそう言って、手近な街びとにメジーディス神殿の場所を尋ねた。


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