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翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第6話 秘められしもの 第2章

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05 気味が悪いとは、思わないの?

 正直、あまり、慣れたくはない。

 砂漠の民の心は、起きた現実を全て受け入れるが、それでも正直なところを言えば、魔術――正確にはそうではないものだろうと何だろうと、とにかく「魔術めいたもの」――に関わることが喜ばしいとは思えないのだ。

「文句の多い王子様だね」

 かつて高位の魔術師を〈鍵〉としたかつてのリ・ガンは、顔をしかめてそう言った。

「俺は何も言ってないぞ」

 シーヴは不満そうに応じた。何をどう思ったとしても、口に出して文句は言っていないことは事実である。それから、王子と呼ぶのはやめろ、というようなことを久しぶりに言ったが、クラーナが気にもとめないのは同じだった。

「文句を口に出さなくたって、同じだよ。そんなに嫌そうな顔を見せられたら、罵詈雑言を聞かされてるのと変わらないさ」

 吟遊詩人(フィエテ)はシーヴが謝罪するまで容赦なく言い続け、青年に「勝った」のを知ると満足そうにうなずいた。

「で、ここはどこなんだ」

「〈(へそ)〉だよ」

 クラーナは簡潔に答えた。

「フラスか」

 ビナレス地方の中心部(クェンナル)の、更にそのほぼ中心に位置する自由都市フラスは、〈ビナレスの臍〉などと呼ばれることも多かった。

 フラス自体に名産や特産はない。だが、東西南北から訪れる商人、旅人、芸人、戦士、魔術師、巡礼僧、さまざまな職種、人種がごったになる、ここは交易の街であり、人々の通過点だ。

「もう一度、聞いてもいいか。その『動玉』とやらの話だが」

 どこか宿を探そうとばかりにシーヴが店の看板に目をやりだしながら言うと、クラーナは砂漠の青年の腕を案内するように引っ張りながら、いいよ、と言った。

「――珍しいな、行き先を教えてくれるのか」

「この前のときとは状況が違うからね。……それで、動玉の何を聞きたいの。君は一度、それを目にしているけど」

「何だって?」

 シーヴは眉根をひそめた。

「俺は翡翠(ヴィエル)なんて」

 覚えがない、と言いかけるシーヴの言葉にかぶせるようにクラーナが言った。

「僕に会うまでにも道標(・・)はいくつかあっただろう」

「――ランド」

 青年は思い出した。

正解(レグル)

 スラッセンへの案内をシーヴに依頼した戦士(キエス)が、その報酬として示したのは見事な翡翠玉だった。

 そのときの彼は〈翡翠の娘〉を追ってはいたが、まさかその娘がその翡翠を追うとも思うはずがなかった。まして、彼がその「代理」としてそれを追い求めることになるなどとは。

「あの輝石が、まさしくその『動玉』とやらだって言うのか?」

 冗談のような偶然だ、などとシーヴは言い、クラーナに睨まれでもするかと予測したが――吟遊詩人(フィエテ)の目に宿ったのは奇妙なものだった。それはいささか、翳りを帯びていた。

「エイラ。君。ランド。――()。そしてオルエン。……あのときから決まって、いたことだ」

「あのとき……?」

 クラーナの声が消え入りそうに小さくなるのに、シーヴはどきりとした。それは、彼の心を惑わせるひとりの娘が時折見せる躊躇いに――よく似ていた。

「僕がランドと君をつなげてしまった。たぶん、それは女王様の意志だったんじゃないかとは思うけれど、少し……気が引けるな。君は〈鍵〉だからこの運命に巻き込まれるのは必至だけれど、ランドヴァルンはそうじゃなかったんだから」

「ランドヴァルン」

 シーヴは繰り返した。

「クラーナ。お前は、ランドが砂漠に追いかけた吟遊詩人、その当人、なのか?」

「……弱ったな。それをそんなにはっきりと訊くのか」

 クラーナは苦笑のようなものを浮かべると、弱ったな、と繰り返した。

「僕は一度、君には嘘をつかないと約束したっけ。……そうだね、認めるよ。ランド青年は何をとち狂ったか、僕なんかを追いかけてあの町まできたのさ。僕にああやって慕われる価値はないと思うんだけど」

「……だが」

 シーヴは少し躊躇ってから続けた。

「あいつの『クラーナ』は女だったと思ったが」

 ランドが追ったのは、確かに女であったはずだ。しかし、吟遊詩人でありクラーナという名を持つ存在がまさかふたりいて、しかも同じときに同じ砂漠に在るだなんて、いくら偶然を積み重なったとしても考えづらい。

「そうさ。言っておくけれど、ランドヴァルンにクジナの気質があって、僕を〈運命の『女』〉だと言い張ってる訳じゃないよ。……この言葉を彼に教えたのは、君だそうだね」

 今度は、吟遊詩人は砂漠の青年を睨んだ。

「ランドに会ったのか。……ああ、そうだな、会えたと言っていた」

 照れたように笑った戦士を思い出しながらシーヴは言った。

「となると、俺とランドの再会を仕組んだのはお前だな」

「仕組んだなんて、人聞きが悪いね。巧くいけば君たちが会うんじゃないかとは思ったけれど、それだけだよ。第一、会いたくなかった訳じゃないだろう? 感謝してくれてもいいんじゃないか」

「あいつは、探していたクラーナにスラッセンで会ったと言った。それから、俺に渡すはずだった翡翠を手放したと謝罪した」

「そうさ。僕がそう言ったんだ。君に渡すなと言った訳じゃないよ。手放すときを見誤るなと言った。あの玉の力はほかのふたつに比べれば些細なものだけれど、それでも穢れを払う力に変わりはない。使い方によっては危険なものになるから」

「……判らんな」

 シーヴは首を振った。

「翡翠のことも、お前のことも」

「ランドが僕を女だと言う答えになってない、と言う訳だね」

 クラーナは肩をすくめた。

「ミロンの長が、僕を魔物だと――人外だと言ったろう? それでは、答えにならないかな」

「……半分だけなら」

 シーヴはじっと吟遊詩人(フィエテ)を見た。

 言われた言葉の意味は、判った。

 自身の知る詩人とランドの追う女が同一人物なのではないか、そうとしか考えられない、と思ったあと、その考えは彼の内に浮かんでいた。

 有り得ないと思った。だが、クラーナはいま、そう言ったのだ。どちらにでも――なるのだと。

 「見せる」のではない。そんなのは、ちょっとした魔術師(リート)なら――ミオノールがチェ・ランにそう見せていたように――好きなように外見を変えられるだろう。それとは違う、と。

 そんな馬鹿な、という理性もいまだに働くが、だが同時に、クラーナ自身がそう言うのなら「そう」なのだろうと思うだけだ。

 つまり、彼は受け入れたが――だからと言って「エイラ」がシーヴに「自分はエイルでもある」と告げられないのが心配のしすぎだとは、言えなかっただろう。

「半分だって?」

 クラーナは問い返す。

「どういう意味だい?」

「姿を……変えられるのだとしても」

 どう表現したらいいのか判らず、シーヴはそんな言い方をした。

「何故、変える?」

 その言葉に、クラーナは足を止めた。驚いたというように、目を見開く。

「どういうこと?」

「何のために変える? ランドを惑わすためか? そうじゃないな、お前はそんな奴じゃない」

「それは……有難う」

 吟遊詩人は戸惑いながら礼を言った。

「だが、それなら何故だ? 俺の前でその姿であり、ランドの前で別な姿である意味は何なんだ?」

「それは……」

「言えない、か?」

 シーヴはクラーナの言葉を先取った。

「……言えない」

「便利な『制約』だな」

 この吟遊詩人は、人ならぬ力を持つ代わりに制約を持っており、言いたくても言えないことがあるのだ――などと彼に説明をしていた。シーヴはそれを思い出して皮肉の混じった笑みを浮かべる。

違う(デレス)

 だがクラーナは首を振った。

「これは、制約じゃない。いまや、僕の制約はほとんど外された。でも君が尋ねたその理由についてはまだ言えない。僕のためじゃなくて、僕の……」

 クラーナは少し考えてから、言った。

「友人のために、ね」

 シーヴは片眉を上げた。クラーナの「友人」など、彼に関わりがあるとは思えなかった。まさかそれが、彼の〈翡翠の娘〉のことを示しているだなんて気づくはずもない。

「どうだい、納得してくれた?」

「あまり、したとも言えないが」

 シーヴはじろりとクラーナを見る。

「まあ……いいさ。ランドが追った『女』だと思うから混乱するんだ。どちらもお前だと言うならそれで」

 そこで考えるのを終わりにすればいい、などと東国の王子は言うのだった。

「お前も、謎だな。吟遊詩人(フィエテ)

 シーヴの言葉にクラーナは意外そうに眉を上げたが、特に何も答えることはせずに再び歩き始めた。

「ほら、ここだ」

 少し歩いたのちで吟遊詩人が足をとめたのはどうということのない宿屋の、厩舎の前である。

「ここがどうした?」

 何故こんなところに連れてこられたのかと不審そうに顔をしかめたシーヴの顔が不意に輝いた。

「ハサス!」

 (ケルク)はしばらくぶりの主人の姿に嬉しそうにいなないた。

「どうしてこいつがここに? 俺が……あのガキに放り投げられたのはアイメアでだったはずだ」

 「あのガキ」との言葉にクラーナは苦笑した。

「勝手に、借りさせてもらったよ。君とこうしてフラスにくることは予測がついていたし」

 クラーナはあっさりとそんなことを言ってはシーヴに嫌な顔をさせた。

「あのガキは何者だ。お前の知り合いなのか」

「そうだなあ」

 吟遊詩人は困ったような声を出した。

「これは、あまり言いたくないんだけど。君を怒らせそうだしね」

「怒る? 俺が?」

 シーヴは、クラーナの言うことが判らないと眉をひそめた。

「道標は様々な姿を持つ、と言ったよね。ふたつの『クラーナ』と〈テアル〉のほかに、僕がクア=ニルドとも呼ばれていたと言ったら、君はどうする?」

「……何だって?……よく、聞こえなかったんだが」

「ちゃんと、聞こえただろう」

 クラーナは顔をしかめた。

「大きな力を使うには、あの姿が要るんだ。子供の力というのは、大きいものなんだよ。『放り投げた』のは悪かったけど、二回とも時間の短縮になっただろう?」

「――あれもお前だったと言うのか!?」

 思わずシーヴは叫んだ。

 ふたりの「クラーナ」よりもそれは想像が難しい話である。クア=ニルドは、その呼び名が示す通り――子供(ニルド)だ。

「僕は非常に特殊なんだ、シーヴ。この運命は誰とも似ていないから、もし、君が誰か……僕に似ている人を知っても、その人はここまで人外じゃないと思ってくれて大丈夫だよ」

「何を言っているんだ?」

 シーヴは不審そうに眉をひそめた。

「俺には判らん。判るのは」

 じろり、と吟遊詩人を睨め付ける。

「あれがお前だったのなら、俺は気にしないで殴ってでもやるべきだったな、と言うことくらいだ」

「やっぱり」

 クラーナは肩をすくめる。

「怒ると思ったよ」

「怒ってない。腹が立っただけだ」

「同じじゃないか」

 吟遊詩人は苦笑した。

「……気味が悪いとは、思わないの?」

 クラーナのこれは、エイラ――それともエイル――のための質問だった。今度はシーヴが肩をすくめる。

「判らんよ。レンにお前に、エイラ。この件には、俺の知らなかった世界に関わることが多すぎる。ただ、砂漠の民は現実を否定したりしない。気味が悪いかと言うと……」

 シーヴは改めて、クラーナを見ながら言った。

「感覚が麻痺してるのかもしれんが、そうでもないようだ。いや」

「何?」

「お前が女だというのは、お前を女装させたようで、少し気味が悪い」

 シーヴが口を歪めてそう言うのは冗談であるのがクラーナには判ったが、エイルなりエイラなりがこれを聞けば、どう返していいか迷って苦い顔をするだろう。シーヴはまだ気づいていなかったが、「リャカラーダ」が本当に最初に出会ったときの「エイラ」は、エイルの女装した姿、だったのだから。

「お見せしようか?」

「……いや、いい」

 クラーナは面白そうな顔をして言ったが、シーヴは断った。

「俺を混乱させないでくれ」

「嘘だとは、思わないんだね」

「そんな馬鹿げた嘘に何か意味があるなら、教えてくれ」

 シーヴはそうとだけ言うと、この話は終わりだと言うように自身の愛馬の様子を見はじめた。充分な世話を受けていることを確認すると満足そうにうなずく。クラーナは黙ってそれを見ていた。

「ここは?」

「〈指輪箱〉亭と言って、僕の友人がやっている宿屋の厩舎だよ。彼は僕に借りがあるから、ハサスの宿代と食事代については気にしなくていいからね」

 クラーナはそう言うと青年の腕を叩いて、外を指し示した。

「さあ、それじゃ次に行こう。いまの動玉の主を探さなくちゃ」

「どこにいるのか知っているのか。しかも、案内(・・)してくれると?」

 前回の旅路で彼の〈道標〉がいかに吝嗇であったかを思い出しながらシーヴは問うた。クラーナはうなずく。

「時間がないもの。彼の居所を把握はできないけれど、彼が訪れた場所は判ってる。そこに行こう」

 但し、とクラーナはつけ加え、シーヴは、そらきた、と思った。

「話をして答えを導き出すのは君じゃなくちゃならないよ」

「何でもいいさ」

 シーヴは行った。

「早くしろ。時間がないんだろう」

 そう言うと青年は、吟遊詩人の背を押すようにして太陽(リィキア)のもとへと出ていった。


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