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翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第6話 秘められしもの 第2章

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03 悔しいんです

「あれからどうしていたのだ、シーヴはすぐにお前を捜しに旅立ったぞ。彼には会えたのか」

「ええ」

 ゼレットの口からシーヴの名が出てくることに何となく違和感を覚えながらもエイルはうなずいた。アスレンの話はあまりしたくなかった彼は、違うことを口にする。

「そうだ、シーヴがゼレット様に借りた(ケルク)をお返しできますよ。一緒に連れてこれました。厩舎につないでくるまではできませんでしたけど、マクレイがどうにかしてるでしょう」

 馬丁の男の名前を口にして、エイルはこともなげにそう言うとゼレットの片眉を上げさせた。

「シーヴはですね、ゼレット様と同等かそれ以上の馬鹿をやって、死ぬとこでしたよ。いまは……いい案内人がいますから、無茶はしないと思いますけど」

「彼は、レンに行ったのか」

 シーヴが〈翡翠の宮殿〉か〈魔術都市〉しか手がかりがないと言っていたことを思い出したゼレットは顔をしかめてそう言った。エイルは首を振る。

「違いますよ。怖いこと、言いますね。まあ、あいつだったらやりかねないけど」

「そのつもりであったようだぞ」

 ゼレットの言葉に今度はエイルが顔をしかめ、ふと、目をぱちくりとさせた。

「どうしてゼレット様がレンのこと、知ってたんです。シーヴが何か言ったんですか?」

 シーヴの出立は、サズの来訪前だったはずだ。その時点で〈魔術都市〉の話が出たのなら、シーヴが説明したと取るのが自然だが――。

「ああ」

 ゼレットは肩をすくめる代わりに――固定された左肩は動かず、右は戸枠にもたれさせたままだった――首をかしげるようにした。

「お前に何か……魔術の品を渡した戦士(キエス)が、レンとの関わりを認めたのだ。シーヴの詰問にな」

「ガディ! そうだ、あいつ、どうしたんです。あいつと話したんですか」

「……やはり、知り合いであったか」

 伯爵は寄りかかるのをやめた。

「知り合いって言うか、まあ、友人の友人ってとこかな。ちょっと話したことがある程度です」

 ゼレットの声に何か奇妙なものを聞き取ったエイルは、首をかしげながら伯爵を見た。

「あれは、死んだ」

「……え?」

 エイルは一(リア)、何を聞いたのだろうと思った。

「目に見えぬ魔術の手に首を絞められて死んだ。俺とシーヴの目の前で。〈魔術都市〉と言うものについて伝説のような噂は聞いたことがあったが、真実に怖ろしい都市なのだと――見せられた」

「レンに……殺された」

 〈魔術都市〉の怖ろしさ――かの街の第一王子が、ささやかな失敗をした若い術師を簡単に「始末」させた、そのことを思い出すまでもなく、あの力と冷酷な灰色の瞳はリ・ガンに教えていた。手駒の命など、アスレンにとっては、召使いが運んでくる上等の酒の状態よりも、気になることではないのだ。

 その次にエイルの脳裏をよぎったのは、ヒースリーにどう言おう、というようなことだった。軽口の応酬をしていた彼らが仲のいい友人であったことは間違いない。

 「エイラ」を見知っていたという理由でレンがかの戦士を利用したのならば、その死はレンがもたらしたものであると同時に、エイルの責任でもある。

「それから俺なりに調べた。やはり噂程度のことしか判らなかったが、レンの人間は、その多くがおかしな動物の彫り物をしているという話だ。そんなことを知った俺の前に現れたのが、サズ。占い師などと名乗り、カーディルに災厄をもたらしたくないなどと抜かしおったが、肩に狼の印を持っておった。角のある、な」

「それじゃ……」

 エイルはすっと視線を落として、考えるようにした。

「あんまり考えたか、ないですけど……それって、つまり……」

「何だ、エイル。俺があやつの肌を見たからと言って妬くのか」

 エイルはそのまま、ゼレットの言った意味を三(トーア)考えて、馬鹿言わないでください、と叫んだ。

「俺が言うのはですね、それじゃあいつはレンのなかで高位の存在、もしかしたら王家の人間かもしれないってことです」

「そうらしい」

 ゼレットはうなずいた。――先に「エイラ」が、サズに王甥殿下と呼びかけたことは、やはり言わなかった。

「何でも、自称するところではレンの王甥だそうだ」

「王甥」

 エイルは繰り返して唇を噛んだ。それほどアスレンに近い存在であったか。

 もちろん、それに対峙したときの「エイラ」は知っていた。だが彼は覚えていない。〈翡翠の宮殿〉がリ・ガンの記憶を曖昧にするのではなく、記憶を乱すのはその力であったが――彼はそのようなことは知らない。

「しかし何故、判った。狼の印と言うのは王家の証ででもあるのか」

「違います、動物じゃありません。その……普通は、増えない(・・・・)んですよ」

「何」

 ゼレットは判らないと言うように目を細めた。

「どういう意味だ」

「どんな動物が彫られていても、たとえば目がなかったり、ふたつの動物が合わさったりしているようなことはあっても、もともとの数から増えたり、ないものがあったりすることはない。それは王家を含む特権階級だけに許されることだから」

「角が描かれていたから、高位の存在だと?」

 ゼレットの問いにエイルはうなずいて、忌々しそうに呪いの言葉を吐き捨てた。

「ああっ、もうっ、何で俺はこんなことを知ってんだ!? 俺が知ってなきゃいけないことはレンの伝統なんかじゃないだろうがっ!」

 それは〈翡翠の女神〉に対する文句だったが、ゼレットの目にはそれはただ、力の及ばないことに悔しがる少年の姿に見える。確かにそれも事実では、あった。

 何故〈宮殿〉はその使者たるリ・ガンに情報を隠す? そんなことさえしなければ、ガディの死も、シーヴ、ゼレット、タルカスの負傷も防げたかもしれないのだ。彼はそのことに苛立ってた。防げたかもしれないのだ。──エイル少年は知らぬ、ファドックの苦悩も。

「よせ、エイル」

 少年が苛ついたように(クバ)を投げ捨てたところまでは黙って見ていたゼレットだが、彼がまるでそこに憎い敵がいるかのように右の拳を壁に向けて叩き付け出したときは制止の声を発した。飛ぶようにエイルのもとへ走ると、自由になる片方の腕で彼を背後から抱き止めた。

「これ以上、医師を必要とする人間を増やしてどうする」

「……それは俺が言った台詞ですよ」

 その言葉は覚えていたエイルは、苦々しい様子で答えた。

「そのように自身を傷付けたところで何になる」

「判ってます」

 エイルはうっそりと呟いた。

「ただ俺……悔しいんです」

「何を悔しがる」

 ゼレットはうしろからエイルを片抱きしたままで尋ねた。いつもならば顔をしかめてその腕から逃れようとする少年は、しかしその状況に気づかぬかのように低く続けた。

「俺のなかには答えがある。俺はそれを知ってる。それから、俺にはどうにもならないことも……知ってる」

 エイルは視線を下に向けた。

「この掴みどころのないものがちゃんと掴めるようになっていたなら、俺はゼレット様を傷つけさせやしなかった」

「――俺の身を案じてくれるのか」

「あっ、いえっ、そういう意味じゃありませんよ」

 ゼレット声が耳元で囁かれていることにようやく気づいたエイルは、慌てて伯爵の腕を自身の身体から引き剥がした。残念そうなうなり声がする。

「無力だと思うより、この力が自由にならないことがもどかしいんです。でも」

 ゼレットと向かい合った少年は、また目線を落として言葉をとめた。伯爵は続きを促したが、エイルは首を振って箒を拾い直した。

「部屋全体はまだちょっと酷い状態ですけど、机の周りは片付けましたよ。さっさと座って、仕事でも何でもしてください」

 この話題は終わりだとばかりにそう言うと、少年は片づけを再開した。

 エイル少年――十九を迎えた彼は、そろそろ少年という範囲から外れかかっていたが、見た目はもう少し幼かった――の突然の帰還はカーディル城の人間たちを驚かせ、喜ばせた。

 多くの人間が、得体の知れぬ占い師よりも元気な少年の方が主の恋人としてはましだ、と考えたこともあったが、単純に彼には人好きのするところがあるのだ。

 伯爵とその執務官の負傷、それからサズの失跡について、ゼレットはいささか無茶苦茶な説明をした。

 即ち、伯爵が占い師よりも少年を好いていると知って妬いたサズが、隠していた魔術を振るって彼らを傷つけて逃亡した、と言うのである。

 エイルはこの説明に顔をしかめたが、ゼレットは平然としたものであった。サズがエイルに妬いたのならばタルカスよりもエイルを傷つけそうなものであったが、誰も、敢えてそのあたりには口を挟まなかった。魔術師にも、厄介な三角関係(ソリアナス)にも、関わりたがる者は稀だ。

 カティーラは数日を経っても姿を現さなかったが、エイルもゼレットも、彼女が城内にいることは疑わなかった。サズの魔術が白猫に何か作用を及ぼしたのかどうか、という心配はあったものの、〈隠された翡翠〉に何か問題があったとは、リ・ガンには思えなかった。

 ばらばらに穢れを振りまいている――と、リ・ガンには感じられた――翡翠(ヴィエル)も、リ・ガンの訪れによって落ち着きを取り戻しそうなものだったが、リ・ガンにはいまだに「そこに翡翠が在る」と言う実感を掴めない。

 カティーラがそれ(・・)に関わっている、或いはそのもの(・・・・)である、とまでは彼にも判っていた。だが、まだ「それ」は隠れている。

 カーディル城に淀むものを払うには、翡翠を呼び起こすのがいちばんである。しかし、それが隠れているのなら――。

(さて、どうする)

 エイルは自問した。

(どうにかする、ってゼレット様に言ったけど)

(いまの俺にできることはあるか?)

 少年はすっと目を閉じた。閉ざされた視界の内に、見える、もの。

(もちろん――ある)

 閉じたままの瞼の奥は、緑色をしていただろうか。


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