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翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第6話 秘められしもの 第2章

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01 安全装置

 そこは、夜明けの刻だけが持つ独特の清涼な空気に満ちていた。

 〈翡翠の宮殿〉で、一刻だかひと月だかさっぱり判らない不思議な時間を過ごしたシーヴの身体はほぼ回復していたが、急に動けばまだ胸部に痛みを感じた。しかし、まさか「外」に出てみれば数(ティム)と経っていないとは思わなかった。

 倒れていた少年は無傷で、魔力の影響で眠っているだけだとの吟遊詩人の主張を聞いたシーヴはそれを信じることにし、チェ・ランをマントでくるんでやって冷えないようにすると、そのまま少年の目覚めを待った。

「言っておくけど」

 自らの身体の具合を確かめるように手足を伸ばす青年を見ながら、クラーナは言った。

「ものすごく、馬鹿な真似をしたんだよ」

 きっぱりと言う吟遊詩人に、シーヴは柔軟体操を一時、やめる。

「本当なら、君は一番安全なんだ、〈鍵〉はね」

「どういう意味だ」

 シーヴが問えば、クラーナは、そのままだよ、と答えた。

「〈鍵〉に何かあれば、リ・ガンがどうなるか――彼らには判らない。だから彼らは警戒していると思う。……何のために君のような存在が要るのか考えたことはある?」

「〈鍵〉の存在価値、か?」

 青年に詩人はうなずいた。シーヴは考えるようにして、答える。

「リ・ガンの安定のため、じゃないのか」

「それは、結果的に起きることだよ」

 クラーナは言った。

「〈鍵〉が在るのは、リ・ガンの力に制限を持たせるため。邪な目的を持つ者がリ・ガンを手に入れたとしても、〈鍵〉が否と言えばリ・ガンは簡単に言うなりにはならず、〈鍵〉の意思についていく。君は、言うなれば安全装置なんだ」

 シーヴは眉を上げた。

「それならやっぱり、俺は奴らには邪魔者じゃないか」

「いいや」

 クラーナは首を振った。

「安全装置を壊せば――器具は働かなくなる。レンがそれをどこまで把握しているかは判らないけれど、彼らは魔力の流れには詳しいもの。予測はしているだろう。君を傷つければ、リ・ガンがそれを守ろうと力を発揮することも理解しているだろうね。だから彼らが君を殺すとしたら、全部が終わったあとだよ」

 君さえ無茶をしなければ、と吟遊詩人はつけ加える。

「涙が出るほど嬉しい話だな」

 シーヴは肩をすくめた。

「言っておくけど、王子様。いまの言葉を頼りに無茶苦茶はやらないようにね」

「――見抜くなよ」

 砂漠の青年は嫌そうな顔をした。

「レンは君を傷つけることを警戒しているけれど、禁断とはしてないと思うよ」

「充分だ。それは、立派な隙だ」

「やめろよ」

 今度はクラーナが苦い顔をする。

「何度、死にそうになれば判るのさ。無茶はしないとエイラに約束をしただろう。君を守ろうと思っても――()ガンが間(・・・・)に合わない(・・・・・)ことだって(・・・・・)……あるんだよ」

 最後の部分は悲痛な色を伴っていたが、シーヴにはまだその理由は伝わっていなかった。

「そうなれば、どうなる」

「どうもこうも」

 呑気な問いに、クラーナは嘆息した。

「君はもちろん、()ガンも(・・・)おしまい(・・・・)だよ」

 それは、リ・ガンがリ・ガンではなくなるという意味であったが、クラーナはシーヴがそうは取らないだろうと判っていた。エイラを守りたければ自重するように、との「脅迫」と取るだろうと考え、そのつもりでもあった。「脅迫」に気づいた青年は面白くなさそうに笑って、再び身体を動かし出した。

 しばらくして目を覚ました少年情報屋は、何故自分がリダエ湖などにいるのか判らず、女魔術師に声をかけられたことも覚えていなかった。だが、どうやら魔術に巻き込まれたことだけは理解し、魔術師を追ってはいないことを慌ててシーヴに説明した。青年に(ラル)の倍返しを要求されてはたまらないと思ったのだろう。

「おいらが何でこんなところにいるのかは判らないけどさ、旦那に追いついたんならヘルサラクに感謝だな!」

 自身と「旦那」の危機を全く知らない少年はのんきに言うと、幸運の神の印を切った。

「そんなに、俺に売りつけたい話があるのか」

 シーヴは苦笑して尋ねた。

「買うかい?」

「買わん」

「そりゃないぜ、旦那!」

 シーヴの即答に、チェ・ランは文句を言った。

「約束だろ?」

「そんな約束はしてないぞ」

 シーヴは言った。彼は少年に何の約束もしていない。少年の方が「魔術師には関わらない」という約束をしただけだ。

「そうだっけ? でもいいや、とにかく、これを聞かなきゃ後悔するよ」」

「どんな内容だ。魔術師のことなら、もう不要だぞ」

「違うさあ。魔術師に近づいたら、旦那に金を奪われちゃうじゃないか」

「人聞きが悪いな」

 シーヴは顔をしかめて、続きを促した。

「いい話だよ。魔法から姿を隠す方法がある」

「生憎だな、チェ・ラン。俺はもう、見張られてないよ」

「どうかな?」

 言ったのは少年ではなく、クラーナだった。少年は、シーヴに連れがいたことに初めて気づいて驚いたようだったが、それは気にしないとばかりに首を振った。この吟遊詩人――彼はいつものように弦楽器(フラット)を背負っていたから、見ればそうと判った――は何やら、情報屋(ラーター)の少年に都合のいいことを言ってくれそうではないか?

「さっきの女魔術師はもう君を見張ってないかもしれないけれど、レンが君を忘れる訳じゃない。それどころか、はっきりと恨みを買ったかもしれないんだよ」

「ほら!」

 事情は知らぬ――覚えておらぬのに、少年はしたり顔で言った。

「旦那はやっぱり、魔法から身を隠す必要があるのさ」

「おい、クラーナ」

 シーヴは、チェ・ランを調子づかせたクラーナに苦い視線を向けた。吟遊詩人は平然と言う。

「本当のことだろう。いいよ、君がこれ以上彼に気に入られたくないのなら、その情報は僕が買おう」

「よっしゃ!」

 もちろん、金を出してくれるのならば誰でもいいのだ。少年は指を鳴らした。クラーナはラル銀貨を取り出すと、少年情報屋に手渡した。

「毎度」

「それで?」

「簡単な話さ。神殿(クラキル)だよ」

「――神殿に籠もっていろ、と言うんじゃあるまいな」

 神殿が魔力を遮断する、というのは聞かれる話である。魔術師や神官でない者には真偽の判らぬことだったが、その考えは珍しくない。

「まさか!」

 少年は肩をすくめた。

「そんな与太話で詐欺まがいの商売をするもんか。あまり知られていないけど、メジーディスの神官に頼めばそういう護符を作ってくれるって話があるんだ」

 知識神の名を口にして、少年は得意そうな顔をした。

「護符、ねえ」

 シーヴがうっすら髭の生えた顎をさすりながら呟くのに、チェ・ランは顔をしかめた。

「あ、疑ってるね、旦那」

「否定はできんな」

「神官の力を馬鹿にしない方がいいよ。魔術師の魔法の方が派手だけど、神官だってすごい力を持ってるんだから」

「それも、否定はせんが」

 彼はエイラと彼を救ったラ・ザイン神官の癒し手を思い出しながら言った。

「レンに対抗できるもんかね」

「そこまで調べろってんなら追加料金だね」

「要らん」

 シーヴは唸った。

「まあ、いい。俺はバイアーサラには戻らない。お前とはお分かれだ、チェ・ラン」

「何だ……行っちゃうのかい、旦那」

 チェ・ランはがっかりしたように言った。

「この二日で充分、儲けただろう?」

「おかげさまでね。でも旦那がいなくなったら残念だな」

「次のカモを見つけろよ」

 シーヴはそう言うと片目をつむった。

「違うよ! 金の話だけじゃないさ。旦那は、おいらを心配してくれたろ。おいら、嬉しかったんだ」

 少年は苦情のあとに目線を落としてそう言い、顔を上げると少しはにかむような笑顔を見せた。

「またバイアーサラにきたら、きっとおいらを探しておくれよ。きっとまた、旦那に役立つ情報を手に入れるからさ!」

「そうしよう」

 シーヴは答えて、少年の頭を軽く叩いた。

「ひとりで戻れるか?」

「もちろんさ」

 夜明けのリダエ湖は朝日を受けてきらめき、それを照らす太陽(リィキア)の方角に町の形ははっきりと見えている。歩いても半刻とはかかるまい。

「じゃあおいらは戻るよ。こんなところじゃ、何の情報も手に入らなさそうだもの」

 少年はそう言って笑うとシーヴとクラーナに手を振り、そのまま彼らに背を向けた。その少年を見送るようにしながら、クラーナが笑う。

「よかったね、シーヴ」

「何がおかしい。まあ、ずいぶんと懐かれたようではあるが」

「そうさ。もし、君が身を挺して彼の命を救ったなんて知ったら、あの子は君についていくと言いだしたんじゃないかな」

「まさか」

 シーヴは顔をしかめたが、吟遊詩人は笑ったままだ。

「はい、君の落としものを見つけたよ」

 クラーナがそう言って差し出したのは、一本の刀子だった。青年は礼を言ってそれを受け取ると腰に差す。そして気づいた。一本、足りない。

「そうか」

 呟いた。一本は、ミオノールの右脇腹に刺さったのだった。

「逃げたと言っていたな。……生きているんだな」

「それは殺さずに済んだという安堵? それとも、とどめを刺せなかった後悔かな?」

「正直を言えば」

 シーヴはマントを直しながら言った。

「判らないな」

「そう」

 クラーナはどう思うのか、そのことについてはもう何も言わなかった。

「さあ、もう行こうか。いまなら女神様のお計らいで、僕にも長い距離を跳ぶ力が使える。ほら、手を出して」

 その台詞にシーヴはまた顔をしかめ、ふと気づいたように辺りを見回した。

「待て。――馬がいない」

「ああ、大丈夫。エイラがちゃんと、伯爵のもとに返したよ」

 その言葉の意味に気づいて、シーヴは東南方向を見やる。

「……エイラはカーディルに行ったのか」

「妬かない妬かない。これも大丈夫、彼女はちゃんと君のことを考えてるから」

「馬鹿を言うな」

 シーヴは振り返って言うと、これ以上は顔をしかめられないとばかりに天を仰いで嘆息した。


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