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翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第5話 薄闇の宮殿 第3章

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05 情報売り

 (ケルク)の世話をしながら、浮かんでくるため息を振り払おうと頭を振った。

 ここでがっかりと息を吐いていたところで何の解決にもならない。

 そうかもしれないと考えていた通りのことが起きただけではないか──〈鍵〉ひとりには宮殿は開かれない。

 バイアーサラにたどり着いて四日、シーヴは三度(みたび)夜明け前のリダエ湖を訪れたが、〈宮殿〉は彼を迎えるどころかその気配さえ見せようとはしなかった。

 何か特殊な星巡りでも必要なのかと考えてもみたが、一年に一度しか扉が開かれないというようなこともないだろう。先日、その契機を逃さずに彼らが〈宮殿〉を訪れることができたのだとしたら、それは〈落とした糸が針穴に通る〉ような偶然と幸運だ。月の周期なども考えに入れてみたが、以前の訪問時に月の女神(ヴィリア・ルー)がどの姿を取っていたかなど忘れてしまった。

 扉は、開かれないかもしれないと思っていたではないか。

 だがそれでも、彼はやはり期待していたのだ。彼の前に道が開かれ、〈女王〉がエイラの無事を保証してくれること。彼女が何処にいるかを〈鍵〉に示してくれること。もしかしたら、彼女に会わせて――くれることを。

(判ってはいたが)

(やはり、ずいぶんと都合がよすぎる考えだったな)

 シーヴは自嘲し、馬の世話を終えると厩舎を出た。

 バイアーサラ。

 ここは彼がエイラと再会を果たした町であるが、どうやってそれを果たしたかを考えるとあまりいい思い出のある町とは言い難い。

旦那(セル)、そこの旦那!」

 どうやら自分が呼びかけられていると気づいたシーヴは、声の方に目をやった。

 見れば、成年前くらいの少年が物陰から彼を手招いている。この街とはあまり「相性」がよくないのではないかとちょうどそんなことを考えていた青年は一(リア)警戒を抱いたが――馬鹿げているような気がしてそれを捨てた。ただ、言われるままについていくのではなく、用があるのならばお前がこいと呼び寄せる仕草をするくらいには、警戒を続けたが。

「何だ、客引きか、坊ず。言っておくが、俺には花を買うような余裕はないぞ」

 「花」は実際に生花の意味もあれば「女」の意味もあったが、どちらにしても少年はふるふると首を振った。

「おいらが花売りに見えるって? 冗談だろ、旦那。おいらが売るのはね、亭主の留守に奥さんが誰を引き込んだかとか、町憲兵(レドキア)の巡回は今日もいつも通りだとか、昨日やってきた隊商(トラティア)は裏商売も持ってるとか、そう言う話だよ」

情報売り(ラーター)か」

 シーヴはじろじろと少年を見やった。少年は当たり(レグル)と言ってにっと笑う。

「俺にどんな話を売りつけにきた?」

「売りつけにだなんて、滅相もない」

 少年は大仰に頭を振った。

「ただ、旦那にはこのネタが必要だと思う、だからおいらは親切にも声をかけたのさ」

「ふん」

 少年は無邪気そうに笑うが、もちろん(ラル)を稼ぐことだけを考えているに決まっている。エイルが見れば懐かしく思うだろう、それは逞しい下町の少年だった。

「話してみろ」

「そうこなくちゃ」

 シーヴの言葉に、少年はぱちんと指を弾いた。

「旦那、あんた、見張られてるよ」

「ほう」

 シーヴは面白そうに言った。

「それに気づいていないほど、俺は鈍そうに見えたか」

 既にそのことには気づいていた。彼に絡みつく冷たい視線。どこからのものか見極めようとするとすぐに消えてしまう、奇妙な気配。だからこそ、この町とは相性が悪いなどと考えていたのだ。

「何だ、知ってたのか」

 少年はがっくりと肩を落としたが、それくらいではめげる様子もなく、すぐに顔を上げた。

「でも、誰に見られてるかは知らないだろ。つまり、どういう相手なのかは、さ」

「それを俺に提供できるというのか? 真実かどうか、どうして判る」

「そんなのは、ネタを買ったあとで旦那が判断することだよ。おいらに言えるのは、この話を買うかどうか、ってことだけだもの」

「さて」

 シーヴは考えるように顎に手を当てながら言った。

盗賊(ガーラ)に狙われるのは、もうまっぴらだが」

「ふふん?」

 少年の目がくるくると光った。

「探りを入れてるつもりかい、旦那? おいらを子供だと思って甘く見ないでほしいね。これ以上は、出すもんを出してもらわない限り、何も洩らさないよ」

「そういうつもりじゃなかったが」

 シーヴはにやりとした。

「すまんが、俺にも多少の心当たりはあるもんでな。盗賊でなけりゃ、魔術師(リート)だろう」

「言わないって、言ってるだろ」

 少年は口を尖らせたが、落胆の色は隠しきれなかった。

当たり(レグル)、だな坊ず」

 シーヴはそう言うと、しかし隠しから何枚かのラル銀貨を取り出した。

「もう少し俺に聞かせられる話があるなら、聞いておこうか」

「わお、話の判る旦那だ」

 少年は再び目を輝かせて小さな掌を差し出し、青年から金を受け取った。

「旦那がこの町にきたのは、三、四日前だろう。まだ暗い内に町の外に出ていって、朝の内に戻ってくることを繰り返してるね」

「……お前にも見張られていたとは、気づかなかったな」

 シーヴは皮肉そうに唇を歪めたが、そんなのは何でもないとばかりに少年は首を振る。

「必ずしもおいらが見てなくたっていいのさ。でも、誰かが見てるもんだよ」

 そんなふうに言って少年は、自身に情報を集める能力があることを示唆した。

「旦那が宿を取ってる〈牛の尾〉亭はそんなに繁盛してるって訳じゃないけど、そこそこ客がいるよ。でも毎日のように新しい客がくるかって言うとそうでもないんだなあ」

「毎日、新しい客?」

 ぴんとこなくてシーヴは繰り返した。

そうさ(アレイス)

 少年はにこにこと言うと、シーヴに向けて手を差し出した。青年はまた、そこに銀貨を乗せてやる。

「毎度。つまり、旦那は自分が見張られてることに気づいてて、相手が魔術師であることにも想像が行ってたみたいだけど、対象を特定はできなかっただろ。そりゃそうさ、相手はころころ入れ替わってるんだもの。一体全体、旦那は何をやらかして、そんなふうに厳重に見張られてるのかな?」

 少年の目が小狡そうに光ったが、シーヴはその手に乗るつもりはなかった。と言うより、もし彼が少年に情報を洩らしてやりたいと思ったとしても、正直、難しいのだ。予想はつけられるものの、推測の域を出ない。

「それだけか?」

 シーヴは少年の問いかけには答えずに、そう尋ね返した。少年は肩をすくめ、また掌を差し出す。シーヴは同じようにそこに銀貨を乗せようとしたが、少年がそれを掴もうとする前にぱっと引き上げた。

「何だよ!」

「これ以上小出しにする気なら、お前に渡る銀貨はこれで終わりだ。俺の知っていることも多いようだからな。ただし、お前が掴んでいることを全部話すと約束するなら、これの三倍やる」

 少年は、シーヴの持ちかけた話を考えるようにしながら唸った。

「……五倍はもらわないと、割に合わないね」

いいだろう(アレイス)

 シーヴはあっさりと了承し、まずは五分の一をそのまま少年の手に乗せた。少年は、彼が約束を守る気があるかどうか探るようにしばしシーヴの顔を眺めたが、心を決めたように深呼吸をすると話し始めた。


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