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翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第5話 薄闇の宮殿 第3章

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04 性質の悪い冗談

 魔術師協会(リート・ディル)の魔術師は、確かに言った。サズ・カンベルと名乗った占い師は嘘をついていない、と。

 通常であれば、口から出た言葉の真偽を魔術で測ることはできないのであったが、心の動きを仔細に観察することで、ある程度の推測はつけられるのだと言う。人は嘘をつくとき、たとえどんなに手慣れた詐欺師でも、どうしても緊張してしまうのだとか。

 ゼレットは、たとえばサズが高位の術師であったらそれをごまかすようなことができるのか、とも魔術師協会に尋ねた。協会は、それは有り得ると言うような言い方をしたが、ゼレットの呼び出しに応じてやってきたのはカーディルの協会でいちばんの術師であったから、そうであるかもしれぬと認めるのはあまり嬉しい話ではなかっただろう。

「ともあれ」

 ゼレットはきっぱりと言った。

「カーディルの協会に判る範囲では、お前は自分で言った通りの存在だということになる」

 サズは黙って頭を下げた。

「それでも俺はまだ疑っているぞ」

「結構です」

「では、何をする。城の隅々までをつついて、翡翠が隠れていないか探しでもするのか」

「ご冗談を」

 サズは、城に姿を現したばかりの頃と同じような、無表情の仮面を付けて答えた。ゼレットの拒絶に動じたことなど、なかったかのようだ。それともあれももしや、芝居であったのか。ゼレットにはまだ判らなかった。

「翡翠を見つけられるのは、閣下をおいてほかにはおりません。私はそのお手伝いをのみ」

「ふん」

 ゼレットは鼻を鳴らした。

「俺が見つけられるのなら、とうに見つけていそうなものだがな。まあいい、お前の目的を見定めるとしよう」

 言うとゼレットは椅子から立ち上がり、ついてこいと言うように合図をした。

「俺はお前から目を離さないことにした。だがそういう話ならばお前も俺を見ていたいということだな。お互いにちょうどいい」

 そうなると、書類を抱えて執務室にやってきた青年執務官は、きょとんとした顔をする羽目になる。

「……閣下。何です、これ(・・)

 両手で持っていた紙の束を片手に持ち直すと、部屋の片隅に腰掛けるサズを親指でくいっと示した。

「いつの間に、魔術師嫌いが治ったんです」

「好かん。だから見張っておるのだ」

 ゼレットはそう言うと、タルカスに書類を渡すように促した。執務官はそれに従いつつ、暗い色のローブを着た占い師を胡散臭そうに見る。

「マルドからだいたいのところは聞きましたけど、何なんですか」

「さあな。まあ、気にするな。大人しいもんだ。置物だと思っておけ」

「そりゃ別に、部外者に聞かれて困るような秘密の業務もないですけどね」

 言いながらタルカスは一通の書状をゼレットに手渡した。

「グリフェル侯爵から、春の夜会の招待状です」

「ほう、グリフェル殿から? ずいぶんと久しぶりだな。何をお怒りだったのやら」

「判らないはず、ないでしょう」

 タルカスは嘆息した。

「侯爵閣下気に入りの侍女を陥としたりするからですよ、それもたった半刻かそこらで。何でも侯爵様は彼女をその気にさせるのに半年はかかったとか」

「……それは俺のせいか?」

 心外だと言わんばかりに尋ねる主人に肩をすくめ、タルカスはそれには答えずに続けた。

「お受けになりますか?」

「ふむ」

 ゼレットは取り出した招待状を眺めてちらりと──占い師を見やった。

「来月末ならば問題ないだろう。出席だ」

「間違っても、侯爵のお嬢様に色目使ったりしないでくださいよ」

「シャリー嬢はたいへん可愛らしいが、俺だって本気でグリフェル殿を敵に回す気などあるものか」

 そうあってほしいものですね、などと執務官は言い、書類の山を伯爵の机の上に置いた。

「署名をいただきたいものがいくつか。あとは目を通していただければ結構です。それと」

 タルカスもまたちらりとサズを見た。

「その……今旬の予定を全て次旬に延長というのは」

「そのままだ」

 ゼレットは肩をすくめた。

「俺はしばらく、カーディルからは出ない。今旬で片が付かなければ、もう一旬延期だ」

「しかし」

 「何に片が付くのか」は敢えて問わずに、青年執務官は声を出した。

「登城は、どうされるんです。陛下へのご挨拶は」

「何、もともと出不精の俺が一度ばかり勝手に欠席したところで、陛下は気づかれんよ」

「そんな馬鹿なことがあるものですか」

「冗談だ。予定は半月以上あとだろう。それまでには」

 ゼレットは今度はまっすぐに占い師を見て、続けた。

「片が付くんじゃないかと思っているが、な」

 タルカスはゼレットとサズを見比べるようにすると、何だか知りませんがね、などとぼやいて職務を続けた。

 実際のところは、そうやっていつまでもゼレットがサズから本当に「目を離さない」こともできなかった。連れ歩けばそれこそまるで従者として雇ったかのようでもあり、それはゼレットの気に入らないことだった。それに、「秘密の業務などない」にしても、やはり関係のない者がいれば仕事がしづらいということもあった。

 ゼレットは青年に、空いていた使用人部屋のひとつを貸し、城内を好きに歩いてよいという許可を与えた。だが彼は、決してサズをひとりで自由にはさせなかった。ゼレットが見張れない間は、カーディル城の警護兵としてやってきている町憲兵(レドキア)がその役割を果たすのである。

 しかし、サズはほとんどの場合、与えられた部屋でじっとしているか、そうでなければゼレットの執務室の前で伯爵の仕事が終わるのを忠犬よろしく待っており、ゼレットのみならず、執務官や町憲兵、使用人たちをも呆れさせた。

「……そうやって」

 数日経った夜、自身の執務室で食事を終えたゼレットは、同じ部屋で同じように食事を終えたサズ──と言っても、仲良く卓を囲む気はなかったので、普段食事をする卓を占い師に提供し、彼自身は執務用の机を利用していたのだが──をじろりと見やった。

「日がな一日俺を眺めていて、楽しいか」

「閣下がいつ何時、翡翠を見つけられるものか判りませんから」

 サズは頭を下げてそんなことを言った。

「今後私をご信頼いただき、好きにしてよいと言われましても、私は同じように閣下のお傍におりたいと思います」

「それはまた、俺も惚れ込まれたものだ」

 ゼレットは笑った。

「愛の告白には慣れておるが、いまのはなかなか健気に聞こえるな」

「そのようなつもりではございませんが」

 サズは、ゼレットの言いようを軽い冗談と取ったか、戸惑ったとも気にもとめていないとも判断のつきにくい口調で答えた。

「私が閣下の一挙手一投足を見逃すまいと考えていることは事実です」

「ほう」

 ゼレットは面白そうに言った。

「それは、閨のなかまでか?」

「何を」

 先の「冗談」よりもこれは明らかにサズを動じさせたようだった。

「翡翠のことは調べても、カーディル城の主がどんな男であるかまでは知らなかったと見えるな」

 ゼレットは面白くなってきて、改めてサズを眺めた。

 どちらかというと小柄な身体、細い手足。陰気で笑わないが、なかなかに整った顔立ちをしている。彼が本気で組み敷けば、為す術もないであろう非力そうな青年。──もちろん、魔術師であることを忘れた訳ではないが、外見だけを言うのであれば、この青年は伯爵の「好み」だった。

「今宵、俺の夜伽を命じたら君はどうするかね、サズ・カンベル君(エル・サズ・カンベル)

 もちろんゼレットがそう言うのは、半分以上、性質(たち)の悪い冗談のつもりであった。感情を表さないこの占い師を困らせてやろう、くらいの意図である。

 だから、伯爵の言葉にほかの解釈のしようがないか考えるように顔を曇らせているサズの方へ足を進め、屋内でも目深にかぶりっぱなしのフードをはねのけてやったときも、困惑か拒絶、それとも嫌悪以外のものに出会うとは思ってもいなかった。

「わたくしでよろしければ」

 だから──その返答はゼレットには意外であった。薄灰青色の細い瞳が、ゼレットの焦げ茶のそれと合う。

「ほう?」

 伯爵は片眉を上げ、サズの細い腕を掴んで椅子から立ち上がらせた。どこまで本気か測ってやろうと言うように、そのまま薄い唇に口づける。

 初めは身を固くしていた青年だが、少しずつ身体の力を抜いていくようだった。ゼレットは手元も見ないで占い師のローブの留め具を外し、意外に上質で軽いそれを床に落ちるままにさせる。

 青年の髪を掻き上げて首筋から肩に唇を這わせると、何か模様が見えた気がした。青年は次第にゼレットに応えようとし出すが、それは、ゼレットが知る経験の浅い相手にありがちな対応――自尊心からか、「慣れているふう」を装おうとする――とは少し、違うように思えた。

 まるで、そうするべきだという判断から、動いているような。

「本当によいのか?」

 この伯爵がそんなことを尋ねるのは稀であったが――相手が本当に欲しているか、地位ある相手に断り切れないだけなのかくらいは、判るからだ――、相手ははっきりとうなずいた。明確な返答に、ゼレットは浮かんだ些細な違和感を脇に置くことにする。

「こい」

 青年の肩を組んで抱き寄せれば、全く抵抗もしないでついてくる。自分の読み違いで、この青年は男に誘われることに慣れているのだろうか──とゼレットが考えたほど、その足取りに躊躇いはなかった。

 青年の左肩の模様は狼の形をしており、その狼は額に奇妙な角を生やしていた。


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