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翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第5話 薄闇の宮殿 第3章

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01 どの道を選ぶのか

 疑問は次から次へと浮かんだけれど、訊かないでくれと先手を打たれてしまったせいもあって、何ひとつ尋ねることができなかった。

 しかし、彼はそれでもかまわなかった。

 砂漠の町で再会を果たしただけでも奇跡的なのだ。そのときも彼女は同じように彼の手助けを拒否した。そして再び、彼の持つ翡翠玉について忠告をし――手放すときを見誤るな、信頼できる人間に渡すことを躊躇うな――彼を「哀しみの町」から追い出した。

 だが、それでも今度、彼女は約束をしてくれたのだ。はっきりと日時と場所を指定して、また会おうと。

 そうして戦士ランドが再会した吟遊詩人クラーナは、彼の記憶にあるよりもか弱く見えた。

 彼の目にそのときの彼女は憔悴しきっているように見えたのだが、話せるときがくれば全てを話すからいまは何も訊かないでくれと――開口一番にそう言われては、ぐうの音も出ないと言うものだ。

「翡翠は、誰かに託せたんだね」

「そのつもりだが……」

 ランドは少し迷った。

「名前も知らん相手なんだ。あの男がお前の言うように『信頼できる相手』だったのかどうかは……」

「いいんだよ、君がそうしたのなら、相手が誰だろうとそれが正解(レグル)さ」

 クラーナは例によって謎めいたことを言った。ランドは肩をすくめる。

「ランドヴァルン、君があれを持ち続けていれば、もっと厄介なことになっただろうと思うんだ。君はその時期を見極めたよ、よくやってくれたね」

 惚れた女ににっこりとそんなことを言われれば嬉しくないはずもなく、ランドはいささかだらしなくにたあっと笑った。が、不意に思い直したように真顔になる。

「訊くなと言うが、これは訊かせてくれ。あの翡翠玉は厄介ごとを招くと言ったよな。じゃあ、俺の代わりにあの男が何かに巻き込まれるってことに、なるのか? 俺が厄介から逃れても、あの男が身代わりなんてんじゃ、嬉しくないぜ」

「大丈夫」

 クラーナは言った。

「その彼は却って、安全だ。下手に取り引きなんて考えない限りはね。おそらく見張られてはいるだろうけれど、危害は加えられないと思うよ」

「取り引きだって? どんな? 見張られているってのは、誰に」

「予想はついてるんじゃないのかい」

「……レン、か?」

だね(アレイス)

 クラーナは簡単に答えた。

「レンは、在処さえ判っていれば動玉などいつでも手に入るとたかを括っている。それが……彼らにとって吉と出ればいいけれど」

「彼ら?」

「私の、後輩たちさ」

 吟遊詩人(フィエテ)の後輩というのはいささかよく判らない表現だったが、クラーナから出てくる「判らない表現」ならもう浴びるほどだ。ランドは特に突き詰めることをせずに、改めて彼の「運命の女」を見やった。

「クラーナ」

「何だい」

「俺は、またお前に会えるとは思ってなかったんだ」

 ランドの台詞に吟遊詩人は片眉を上げた。

「ここで会おうと言っただろう。私は約束は守るよ」

「疑ってた訳じゃないさ」

 ランドは首を振る。

「ただ、夢みたいだ」

 うっとりと言う男に、クラーナは嘆息した。

「ランドヴァルン、確かに私は君とこうして会う約束はしたけれど、あまりのんびりもできないんだ。私はまた近いうちに、遠くへ行かなくちゃならなくなる」

「今度は、俺も行くぞ」

 何故だとか、どこへだとかを問う前に、ランドは言った。クラーナは笑う。

「君はついてこられないさ」

「……どうしてだ」

「どうして、と言われると困るけれど」

 クラーナは肩をすくめた。

「まあ、もしかしたら行かなくて済むかもしれないよ。とある王子様次第だけど」

「王子だって?」

 ランドは少し不安な顔をした。

「まさかお前……どこかの王子に求婚でもされてるのか」

 クラーナはきょとんとして、それから吹き出した。

「まさか! 彼は私にそんなことをするくらいだったら、砂虫にキスする方を選ぶだろうね!」

「何だって?」

 ランドは顔をしかめた。

「お前が侮辱を受けてるなら、俺はそいつと戦ってもいいぞ」

 戦士が真顔で言うので、クラーナはまた笑い――それから同じように真顔になった。

「不思議だね。いったいどうして、君はそんなに私に惚れ込んじゃったんだろう。私の本当の姿を知っても、君は同じ目で私を見るのかな?」

「本当の姿、だって?」

 ランドは眉をひそめた。クラーナはうなずく。

「そう。私は君に大きな隠しごとをしていて……知らせずに済むならそれでいいと考えてきた。けれど君は、私のためなんかに故郷を出て、砂漠まで歩いて、スラッセンまで追ってきた。たいていの女なら、感動して君の腕に飛び込むだろうね」

「感動させようと思って、追いかけてきた訳じゃない」

 ランドは居心地悪そうに身体を動かし、クラーナはそれをじっと見ていた。

「判ってるよ、ランドヴァルン。でもそろそろ僕は、君に本当のことを伝えなければならないように思うんだ」

「いったい……何を言っているんだ?」

「少し込み入った話になるし、なかなか信じてもらえないだろうと思うけれど……君にはもう、何も隠さずに話そう。一発くらいなら殴られる覚悟はあるよ」

「まさか。お前を殴るだなんて」

 どんな隠しごとがあるのだとしても――たとえば、実は夫も子供もいるのだなどと言われても――殴ったりするはずがない。ランドはそう思った。クラーナは苦笑いのようなものを浮かべる。

「そのあとで君がどの道を選ぶのかは、君次第、だね」

 吟遊詩人は笑みを消すと、どこか遠くに視線をやって長い髪をかき上げた。その静かな物言いにランドは却って不安を覚え、しかし何を聞こうと自身の気持ちは変わらないと、そんなふうに考えていた。


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