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翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第5話 薄闇の宮殿 第2章

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06 行動で示す機会を

「なかなか、痛いところを突くな」

 カーディル伯爵は瓏草の灰を小皿に落としながら言った。

その通り(アレイス)。俺はカーディルの地に責任がある。伝承など馬鹿げている。隠された翡翠が目覚めるのどうのと。馬鹿げている」

 ゼレットは繰り返した。

「ならば」

「だが」

 すっと身を乗り出した占い師を制するように、ゼレットは瓏草を持った手を掲げた。

「馬鹿げたことのなかにも真実はあると、俺はもう、知ったのだ」

「……では閣下は、カーディルの民よりも伝承をお採りになると言うことですか」

 占い師はうっそりと言った。

「それこそ、馬鹿げたことだと言おう。何故、片方を選ばねばならん」

 ゼレットは肩をすくめた。

「俺は両方を採る」

 その返答は占い師を少し困らせたようだった。ゼレットを「脅す」材料が、翡翠と民とどっちを選ぶのか、という内容なのだったとしたら、確かに困っただろう。

「話はそれだけか。俺が翡翠を隠したままでいれば街に災厄でも起こると、そんな戯言か。ならばもう充分だ。帰れ」

「まだ――話は終わっておりませぬ」

 立ち上がりかけた伯爵を止めるように、占い師は声を出した。

「終わっておりませぬ。何故、そうして翡翠を隠そうとされるのです。私の言うことが戯言ならば、あなたが〈守護者〉であると言うのは戯言ではないのですか」

「これは」

 ゼレットは目を細めた。

「また、よく知っていることだ。俺は最初からお前を疑っているが、より一層に疑えるとは思わなんだな」

「疑うとは、何を」

 思いがけぬことを言われたというように、占い師は目を見開いた。

「真実の予見力を持つ占い師もいると聞くが、お前はいささか知りすぎているようだ」

 ゼレットは立ち上がり、占い師を見下ろした。

お前の主人(・・・・・)の下に帰れ。俺は翡翠を渡しはせんよ」

「――主人」

「恍けなくても結構だ。わざわざ遠くからご苦労なことだったな。それとも、魔術師ならば一(リア)の道のりか」

 レン、という都市の名は伯爵は口にしなかった。占い師は戸惑うように目をしばたたかせる。

「誤解が……あるようです、閣下」

「何、誤解とな」

 ゼレットは立ったままで言った。

「私は、誰にも仕えてなど」

「ほう」

 感心したように言うと、ゼレットは首を振る。

「女と魔術師の口先は、信用ならん」

「閣下」

 占い師の口調が初めて、焦りのようなものを帯びた。

「誓っても、かまいません。私は誰にも仕えてなどおりませんし、閣下の翡翠を我がものにしようなどとも思っておりません。カーディルに災厄が落ちることを望まぬ故に、こうして閣下のもとにご忠言を」

「そのようなことをして、お前に何の得がある? 損得無しに動く人間など、おらん」

「私が」

 占い師は躊躇うように目線を泳がせた。それが却ってゼレットの興味を引き、彼は続きを促す。

「私は確かに、余所者です。ですが私の父がカーディルの出身だと申し上げたら、信じていただけますか」

「信じられんな」

 ゼレットは一蹴した。この地を守りたいなどと主張するなら、関係性があることを示すのが無難だ。それ故の発言としか思えなかった。

「そうでしょうね。ですが事実です。父の故郷に災厄をもたらさないようにする、というのは私の『得』ではありませんか」

「ふん」

 ゼレットはじろじろと占い師を見た。

「名は」

「……サズ。父の姓はカンベルと申します」

「カンベル」

 伯爵は考えるように腕を組んだ。

「覚えはないな」

「いかに閣下が申し分なく職務を果たされていても、町びと全ての姓を把握しているとは思えませんが」

「ふん」

 ゼレットはまた言った。

「占い師は口が上手い」

「どう言えば、信じていただけるのです」

 占い師――サズと名乗った男は困ったことを隠そうとしていたが、巧く働かなくなってきていた。

「どう言っても、信じなどせん……と言ったら」

 そこで初めて、サズは黙った。ゼレットはじっと占い師を見る。

「致し方ございません。実際、突然訪れた見知らぬ占い師の言うことを簡単に信じる為政者では、民は困ります」

「なかなか、言うではないか」

 ゼレットは少し面白くなってきた。口の端を上げる。

「ならばどうする。できることはないだろう。俺に言われた通り、大人しく帰るが最上ではないか」

「そういう訳には参りません」

 サズは引かなかった。ゼレットは、この占い師を「強情」と評した執務官の言葉を思い出す。

「閣下に信じていただけるのならばどのような誓いでもたてましょう」

「言葉などでは信用できぬと言っている」

 たいていの人間の場合、「誓い」となればただ口にしたよりも重いものとなる。それは、たとえば主従の誓いでも、神への誓いでも、亡き母への誓いでも、同じだ。

 判りやすい魔術的な強制力や神罰――破れば雷が落ちたり、呪いがかかったりするような――などはないが、人はそうすることで縛られる。言葉というものが持つ力を多くの人間は知らず、自らを律し、縛るとも言える。殊に魔術師たちは、非魔術師よりもそうした言霊の力を警戒していて、慎重な発言になることが多かった。

 だがそれでも、ゼレットはそれを信用しない。そうした目に見えぬ力を知らぬこともあれば、むしろ魔術師の誓いなど、盗賊のそれよりも信用が置けないと考えているのだ。

「ならば、行動で示す機会をお与えいただけますか」

「……ほう?」

 ゼレットは片眉を上げた。

「何をする気だ」

「閣下の望まれることを」

「俺の望みか。とっとと帰れということ以外に、あると思うのか」

「――翡翠を探す、お手伝いを」

「させる訳がなかろう」

 ゆっくりと言うサズをゼレットは一蹴した。

「お前の言うことはさっぱりだ、サズ。翡翠は何処だと俺に尋ね、知らぬと言っても知っているはずだと言い、カーディルに災厄があるだろうと脅して、次は親の故郷を守りたいなどと抜かす。何故、信じられる?」

「お信じいただきたい」

 サズがすっと立ち上がった。ゼレットは警戒して剣に手をかけることを考えたが、サズは何も魔術を行使しようとしたのではなかった。彼は卓と椅子の間から出ると、伯爵に向けてひざまずいた。

「お信じいただきたい、ゼレット・カーディル伯爵閣下。私に魔力があることはお判りいただけたでしょう。やろうと思えば、魔術で閣下を信じ込ませることもできます。しかし私はそうしない。閣下に、本当に信じていただきたいからです」

「……立て」

 ゼレットはぶっきらぼうに言った。

「俺は、お前を従者にする気などない」

 サズは立ち上がったが、そのまま頭を垂れる。ゼレットは、それもよせ、と言って手を振った。

魔術師(リート)を呼んだ」

「……何と?」

 サズは少しうろたえた、ように見えた。

「お前が俺を(たばか)ろうとしていれば、すぐに嘘などばれると言うことだ。いまのうちに訂正があるのなら、聞いておこう」

 ゼレットはじっとサズを見た。数(トーア)の沈黙が降りる。

「……ございません」

「よし」

 ぱん、とゼレットは手を叩いた。

「ことと次第によっては、お前を詐欺師(ジェルテ)として魔術師協会に引き渡す。これまでの言葉に偽りがないことが知れれば、俺の信頼を得る努力をすることを許そう」

「……と、仰ると」

 サズは薄青灰色の瞳に戸惑った色を浮かべた。

「滞在を許す。但し、俺の客としてではなく、お前を雇う気もない」

「必要な(ラル)なら、お支払いいたします」

「ここは宿屋ではないがな」

 ゼレットは皮肉な笑みを浮かべた。

「金を払って、俺に見張られるか?」

「ご信頼いただけますまでは」

 サズはまた頭を垂れた。

「それでも、言い直すべきことはないな?」

「ございません」

「よし」

 ゼレットはまた言った。

「お前が何をする気か、見てみよう。サズ・カンベル」

 サズはほうっと息をついた。それは安堵のもののようだったが、巧く(・・)潜り込めた(・・・・・)――というような質のものであるのかないのか、ゼレットはまだ計りかねていた。


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