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翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第4話 翡翠の呼び声 第3章

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08 判ってるはずです

「セリ?」

 ファドックが不審そうに彼女を見た。だがエイラはそれを気に留めない。

「時間がありません。あなたにはまだ〈守護者〉の自覚がない。けれどあなたには翡翠を守る力があります」

 自分が何を言っているのかエイラには判らなかった。

 いや、判っていた。それは突如「目隠し」が外されたかのようで、何故こんな当たり前のことに気づいていなかったのか、自分を不思議に思うだけ。自身の瞳がいま、緑がかって見えるようになっていることなど、自分では判るはずもない。

「翡翠、と?」

 ファドックは何かを思い出すように目を細めた。

「私は、貴女を知っているような気がする――セリ」

「そうでしょう。〈守護者〉はリ・ガンを見分けます」

 エイラは簡単にそう言い、「エイル」ならばしたであろう動揺を見せなかった。

「自覚はなくとも、あなたは判っているはずなのです。だから、レンを遠ざけたい。あれの狙いは翡翠だから」

「何だと」

 ファドックの声が低くなった。

「何を知っている」

「全てを」

 エイラの応えは簡単だ。

「私は全てを知っています、ファドック・ソレス殿セル・ファドック・ソレス。リャカラーダ殿下を〈鍵〉と見分けたあなたのことですから、私のこともまた判っているはずです。疑いはお捨てください」

「翡翠。〈鍵〉。――翡翠の宮殿(ヴィエル・エクス)。貴女は私に、ひとりの少年を思い出させる」

 ぎゅっと胸が痛くなった。その瞬間、エイラの瞳から緑のきらめきが消える。

「あ……いや、その……」

 エイラの目が泳いだ。自分は何を――言っていた?

「その……彼も関わってること、なんです。かつて、この城にいた少年」

「エイルを知っているのか」

「――ええ」

 エイラはうなずいた。

(知っています)

(誰よりもよく!)

 内心の声は抑える。

「彼は、どうしている?」

「元気で……やってますよ。あなたが……彼のことを覚えていたと知ったら、喜ぶでしょうね」

 胸が痛い。

(俺です)

(ここにいるのはエイルなんです、ファドック様!)

 そのようなことを言えるはずがない。エイラは力なく笑った。

「無事でいるのなら、いい。母親が心配している。彼に会うことがあるのなら、また手紙を送るよう、伝えてくれないか」

「……はい」

 涙が出そうだ。必死で堪えた。泣いたりしたら奇妙に思われるし――いまは、そんな場合でもないのだ!

「その、セラス」

 ファドック様(セラス・ファドック)と呼びかけそうになって、これもまた堪えた。

「力を貸してもらえますか」

「それが、シュアラ姫のためになることならば」

「なります」

 ファドックは即答し、エイラもまた即答した。

「私はレンからシュアラ……様をお守りしたいんです」

「レン」

 ファドックは繰り返した。

「レンの狙いは翡翠だと言ったな。どういう意味なのだ」

「そのままです。ここの宝物庫に眠る翡翠は、穢れを払うために目覚めるときを待ってる。そう言ったのを覚えていませんか……あの、エイルが、言ったのを」

 不自然でない程度の間ののちに、慌ててつけ加えた。

「覚えている」

 ファドックはうなずいた。

「リャカラーダ殿下が、エイルの言った翡翠に関わりがあるのかもしれぬ、というようなことも」

「そ」

 そのような話をしただろうか、と「エイル」は思い返した。いろいろあって、忘れてしまった。

「彼もまた、翡翠を求めるのではないか、とエイルは言ったのだ」

「そ、そうですか」

 だから――そんな話をしたから、シーヴに再会したときに自分は不要の警戒をしたのだろうか。ふとそんなことを思う。

「でも違います。殿下(カナン)は私を……リ・ガンを探していただけで」

「リ・ガンとは、何だ」

 エイラは苦笑いをした。みなが問う。シーヴも、ゼレットも。だがうまく言えない。リ・ガンは、リ・ガンだとしか。

「その……翡翠を目覚めさせる役割を持つ存在、です。そして……翡翠の力を操ることのできる」

 考えながらそんなことを言った。

「穢れを払うという力か?」

「ええ」

 エイラはうなずいた。

「けれど、それだけじゃありません。翡翠は、穢れを集めることもできます。レンの狙いはそれなんじゃないかと……だから、レンが狙うのは私でもあります」

 すっとファドックの目が細められた。

「セリが狙われると」

「レンが翡翠を手に入れても、たぶん、それだけじゃどうしようもない。私を捕まえないと。そうでなくて、もし何か翡翠の力を操る方法が彼らにあったとしても、それなら私がいれば彼らの邪魔になります」

 捕らわれるか殺されるかだと言った。

「リティアエラ嬢。怖ろしくは、ないのか」

 エイラが淡々と言ったことに驚いたのだろうか。ファドックは問い、エイラは首を横に振った。

「捕まれば、もちろん怖ろしいことになります。けれど、捕まるのではないか、見つかれば殺されるのではないか、という怖れでしたら、抱いても無駄です」

 やはり淡々と言った。翡翠を狙う者がいるなら、避け難い話だし、怖れて身をすくませることに何の益もないと考えている。

 通常「怖れ」とは、「無駄だから抱かないようにしよう」と思って自制できるものではない。――人間ならば、だ。

「貴女は、レンの敵か」

「どうでしょう。少なくとも味方じゃないですけど」

「だから私にこのような話を?」

 ファドックの言葉の意味にむっとした。つまり護衛騎士は、レンに敵対させるために自分を騙そうとしているのではないか、と言っているのだ。

「馬鹿なこと、言わないでください! 判ってるはずです、ファドック様は! あなたは〈守護者〉で俺はリ・ガンだ。好きでこんなことしてる訳じゃないけど、でもあなたは判ってるはずでしょう、レンに翡翠を渡しちゃいけないんだ!」

 ファドックが不思議そうな顔をした。それはまるで、幽霊(ベットル)のようなものを見たことを信じ難いとでも、言うような。――「エイル」ははっとした。いまの口調はリティアエラ嬢のものではない。

「その……私を信頼してください、セラス」

 良心の呵責を覚えながら、「気を散らす」術を使った。エイラのなかに「エイル」を見られたくは、ない。

「レンの狙いは翡翠なんです。私はそれを呼び覚ますことができる。そして穢れを払ってしまえば、彼らはここの翡翠を狙う意味がなくなります。だから、そうなればもう、レンがシュアラ殿下とアーレイドを悩ますことはなくなるんです」

「とても奇妙だ、セリ」

 ファドックは言った。

「このようなことを言っては申し訳ないが」

 あとにしてきた部屋を見通すかのように一度壁を見て、ファドックはまたエイラに視線を戻した。

「以前にリャカラーダ殿下がアーレイドを訪れられたとき、私はもしや殿下(カナン)に二心あるのではと姫の身を案じた」

(……知ってます)

(おかげで、えらい目に遭った城の少年がいたことも)

 エイラはそんなふうに思ったが、当然口には出さず、ファドックの言葉を聞く。

「無論、殿下(カナン)は姫に害をなされるようなことはなかった。ただ、宴のあと、深夜に城内のどこかへ行こうとされ──私はお留めした。あのときのリャカラーダ殿下は何も武器をお持ちではなかったが、帯剣されていたら抜かれたのではないかと思う」

「なっ……」

 エイラは絶句した。

(シーヴの奴、そんなこと一言も)

 少し怒りのようなものを覚えたが、自制した。


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