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翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第4話 翡翠の呼び声 第3章

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01 協会と王家

 雨神(クーザ)の気配がする。

 見上げれば、太陽(リィキア)はすっかり雲の向こうに隠れており、そうと気づくと急に寒さを覚えた。

 もちろん、アーレイドは南のカーディルあたりと比べればずっと温暖だから、それを経験してきたエイラにとっては、凍えるほどだのと言うことはない。もとより寒気を覚えたのは、何も温度のせいではないかもしれない。

 ダウという名のその術師は、彼女が思っていたよりも若かった。リックが六十歳近くかそれ以上であったことを思えば、三十代半ばほどに見えるダウはリックの子供くらいのものである。高位の術師の年齢は見た目で判断できない場合もあったが、エイラはそのようなことは知らなかった。

「……レン」

 ダウはとんとん、と指で卓を叩きながらエイラの言葉を繰り返した。それは神経質そうにも見えた。

「あなたが気になるのは、そのことなのですか」

「……ええ」

 真顔でじっと見られれば、まるで面接でも受けているかのようで、エイラは落ち着かなかった。

「確かに、リック師から、エイラという術師の相談に乗ってやってほしいとは言われておりました。リック師がいたずらにそのようなことを言われる方でなかったこともよく知っております。しかし」

 ダウはふうっと息を吐いた。エイラは続きを待ったが、何も言葉が発せられないので先に声を出した。

「レンの第一王子が、ここにきたって言うじゃありませんか」

「それが」

 ダウは少し目を細めた。困惑しているようにも見える。

「気になるのですか」

「導師は気にならないんですかっ」

 エイラは叫ぶようにそのまま返した。〈魔術都市〉――魔術師が支配するというその街の動向を魔術師協会(リート・ディル)が気にも留めないと言うのだろうか。

協会(ディル)には、何もできませんよ」

「導……」

「エイラ術師。協会には、アーレイド王家に意見する力はありません。同時に、王家に忠誠を誓ってもいませんから、忠告する義務もないのです」

「なっ……そんなのって!」

「あなたは魔術師となって日が浅いのでしたね。けれど、この街に限らない、協会と王家というのはどこでもそういう間柄です」

 諭すようにダウは続けた。

「こうしてアーレイドに存している以上は税も納めますし、協力を求められれば応じますが、命令をされて言うことを聞く義務も必要性もありません。王陛下もその辺りのことはよく存じてらっしゃいますよ」

 言われれば思い出すこともある。城の使用人「エイル」を協会が勝手に連れていっても、マザド王はそれに処罰を与えるようなことはなかった。少年の旅立ちを報告に上がったリックに対し、意外そうに「礼儀正しいな」などと言っていたくらいである。

「でも、レンなんてやばい魔術師の集まりなんでしょう! そんなのがアーレイドにきたら、協会だって」

「レンがどんな技を信奉していようと、魔術師同士は戦争など起こしませんよ、エイラ術師」

「じゃ、何かよ! 自分たちが無事なら、アーレイド王家に何が起きてもいいって」

「何が起きるというのです」

 ダウは困ったように言った。

「わたくしたちにもレンの目的は判りません。アスレン王子がシュアラ王女と結ばれて、誰に何の得があるのか。アスレン王子自身でないにしても、レンとアーレイドの縁組がどの都市にどう利するのか。あなたは何か知っているのですか」

 問い返されれば言葉に詰まる。

「何も……知ってなんか」

 そう言うしかなかった。リックがダウを信頼していたと言っても、エイラが同じようにするには、これらのやり取りからではとても無理だ。

 ダウは、エイラが何を考えているのか見通そうとするかのように――と言っても、何か術を使うような真似はしないが――じっと見た。

「エイラ術師、ひとつだけ」

 言われた言葉に、エイラはダウを見る。

「本来、このようなことは洩らすべきではありませんが、リック師を信頼してお話ししましょう」

 ダウの台詞に何だろうと思った。協会に厳しい規律などないが――街なかで術を使って人を傷つけてはならない、以外は――不文律とでも言うものはあり、導師級の術師は嫌になるくらい戒律的(・・・)なのが普通だ。

「城は、動いていますよ。レンについて、アスレン王子について、照合や調査依頼がきています。王陛下からのみならず、ほかからも」

「そう……なんだ」

 エイラは少し勢いが削がれるのを感じる。城も、できることを探しているのだ。当然かもしれない。彼女は覚えていなかったが、「東国の王子」が突然アーレイドに姿を現したときも城側は魔術師協会に照会をしている。

「あなたが何かをしたいと言うのなら、その辺りのことも考えるべきですね」

 ダウは言った。〈魔術都市〉が魔術師協会(リート・ディル)とは違う、ということくらいは城も知っている、と言うのだ。

「繰り返しますが、協会は動きません。しかし、個人で何かしようと言うのならば、それも協会はとめませんよ」

 それはもしかしたら、ダウの立場でできる最大限の助言だったのかもしれない。

 だが、エイラに何ができよう? 基礎を覚え、協会の名簿に登録されていたところで、魔術のことはろくに知らないのだ。

 アニーナと飲んだ甘苦いケラスの味がまだ口に残っている。エイラはひとつ息をつくと、暗くなり出した街を中心区クェントルへと歩いた。

 街はまだ、祭りの香りがしている。


 〈銀花玉〉の慣れぬ贅沢な空間におののきながら広い部屋へ戻ると、シーヴは椅子に座って何やらじっと考え込んでいた。彼女に気づくと片手を上げて挨拶をするが、考えごとをやめる気配はない。エイラはそれを見越すと声をかけずに寝室へ行き、黒いローブを脱ぎ捨てた。

 このローブは、重い。

 実際の重さも確かにあるが、これを着ると心が重くなる気がするのだ。

 「エイル」に「エイラ」をまとい、魔術師の姿もまとう。こんなことを繰り返して、何になる?

 「エイラ」をまとわずに済ませるのは、簡単だ。シーヴに全てを話せばいい。彼女は本当はエイルという名の少年で――どうやら人ではないらしい、と。

 この先を思えば、その方が簡単だ。シーヴに隠しごとをして女の姿で旅を続けるより、男同士であった方が楽に決まっている。

 人外だと言えば彼が怖れるだろうか? そうは思わない。不気味には思われるかもしれないが、剣を抜いて襲いかかってくるようなこともないだろう。尻尾が生えたり黒い羽根が生えたりするのでもなければ、内面がどうあろうと人に「見える」。

 第一、エイラ自身、「エイルとエイラを〈調整〉できるなど人間とは思えない」だとか「眠りが訪れないなど人間のようではない」だとかは思うが――それ以外に自分が人ではないという意識はなかった。

(それだけあれば、充分かもしれないけどな)

 そんなふうに思って寝台に座り込んだ。そうすると腰の袋がじゃらりと音を立て、彼女は重くなった財布のことを思い出す。

(――そうそう、これ)

「これを渡しておかなけりゃね」

 タニカという細身の美人が営む茶屋で、母アニーナは思い出したように手提げ袋から何かを取り出した。

「何だよ」

 何となく警戒して、エイルは母の差し出した小袋を見る。

「あんたのだよ」

 言われて受け取れば、その感触から(ラル)であることは明白だった。

「なっ」

 少年は息を呑む。

「何だよ、これ、こんな大金! どうして」

 声を潜めて叫ぶが、母はにっと笑う。

「見てから、驚いてほしいね」

 アニーナは片目をつむってそう言い、エイルは眉をひそめながら小袋を開けてのぞき、口をぽかんと開けて数(トーア)眺め――慌てて袋と自身の口を閉めた。

「なっ」

「早く、しまいな。ここから出てくときは、盗賊(ガーラ)に狙われないように、辛気くさいローブを着ておくんだね。どこかで宝石にでも換えれば、持ち運びにもいいだろう」

「なっ、何だよこれ!」

 エイルは繰り返した。

「母さん、おかしな仕事に手を染めたんじゃないだろうね!?」

「馬鹿をお言い。どうしてあたしが稼いで、あんたにやらなきゃならないのさ」

 それはあんたのだって言っただろう、とアニーナ。

「ろくに給金も使わずに、真面目に仕事してたんだって? たいていの使用人は、休みの日にいい服を買ったり、贅沢をしたり、しているそうじゃないの。どうせあんたはいつもの店に行って、安い酒ばかり飲んでたんだろうね」

「……これ、城の」

 エイルの呟きに、母はそうだよ(アレイス)と言った。

「勤めてる間はともかく、辞めてまで金庫代わりにされちゃ向こうだって困るだろ。もらうもんももらわないで旅に出るなんて、呆れた子だよ」

「そりゃ、いろいろあったから……」

 エイルは呆然としていた。

 袋のなかにあったのはラル銀貨だけではない。話に聞いたことはあっても、見たことのなかったもの――ルイエ金貨まであった!

(月に、一千もらえたんだっけ)

(で、俺は何月……城で働いた?)

 混乱する頭で考える。

 必要なときは蔵に行って給金を要るだけ受け取ることができたが、エイル少年がもらったのは一度に十ラル程度。アニーナの言った通り、いつもの店でいつもの程度の食事をすればお釣りが来る。服も買ったが、それまで同様に簡素なものしか買わなかったから――つまり、上質の服を着ようなどと考えもしなかったから、代金などたかが知れた。

 要するに、彼の給金はほとんど、城の蔵に残っていたと言うことになる。


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