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翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第4話 翡翠の呼び声 第1章

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08 忘れろ

「どうしたんだ? お前たちもそれを探してるのか?」

 視線に気づいたヒースリーは少し警戒するように言った。

「翡翠とやらが何を表わしてるのか知らんが、〈魔術都市〉と張り合おうなんざやめておけよ」

「同じものを探してなんか、いないよ」

 安心しろ、とばかりにエイラは言った。嘘ではない。彼女は翡翠の在り処など判っている。もちろん――リ・ガンの居所も。

「あんた、そいつらを見たのか」

 シーヴが言うとヒースリーは首を振った。

「俺は幸いにしてお目にかかってない。見たって奴の話を聞いただけだから、信憑性はどうかな」

「でも、どっかにはいるんだ、見た奴が。〈水辺の夢は水音が見せる〉ってな」

 エイラは両の手を組み合わせて卓に肘をついた。

「それ以上の噂はないのか」

 シーヴがぽつりと言った。

「何だって」

「〈魔術都市〉の人間だと思われる連中が『魔法の翡翠』を探してる。それ以上のことを聞いたか?」

「……いや」

 聞かないようだ、とヒースリー。シーヴはふん、と鼻を鳴らす。

「奇妙だとは思わないか。魔術都市なんて不気味がられてる連中が、わざわざあちこちへ顔を見せては何も揉めごとを起こさず、噂だけ残して消え去ってるってのか?」

 魔法使いならば見られない方法も、探す方法もごまんと知ってるんじゃないか、などとシーヴは続けた。あの「風」を思い起こしながら。

「状況は知らないが」

 あまり知りたくもないような気がする、とヒースリーは間に挟んだ。

「そうなると、それは囮だろう」

 薬草師の指摘に、エイラは驚いて彼を見た。

「初めて意見が合ったな」

 シーヴはあまり面白くなさそうに唇を歪めた。

「奴らはその翡翠とやらを探すと同時に、それについて知っている者も探している、と取れるな。情報を売りにくるのを待つか、それとも持ち主が慌てて逃げ出すのでも待つか」

「だから、囮」

 顔をしかめてエイラは呟いた。

「その翡翠とやらは、やっぱりお前の探しものでもあるんじゃないのか、エイラ」

 再び問われた彼女は、少し困ったような顔をする。どう返答していいか判らない。

「探している、と言うのとは違う。でも……」

 エイラは考えながら言った。

「あんたを巻き込んじゃいけないかもしれない。ごめん、ヒースリー。有難う、奥さんによろしくな」

「おい、待てよ」

 立ち上がったエイラにヒースリーは慌てた。

「そりゃないだろう。ちょこっと話を聞かせて、何だろうと思わせて、忘れろってのか?」

「魔術なんかに関わりたいのか?」

「そりゃ、関わりたくはないが」

 とにかく座れ、とヒースリーは身振りで示し、エイラは数(トーア)躊躇ってからまた腰を下ろした。

「まさか、連中が探してるのはお前だなんて言わないだろうな」

「……言ったら、どうする」

「……面倒ごとだな、と思うね」

「だから、巻き込みたくないっていうんだ」

「おいおい、本当かよ」

 ヒースリーは額に片手を当てて呆然とした。

「じゃあ、カックルの町で姿を消したのはそのせいなんだな? 何てこった」

「そう聞いたら、忘れたくなったろ?」

「ああ、そうだな」

 薬草師は憮然としたままで言った。

「上等だ。忘れろ」

 そう言ったのはシーヴだが、茶化したり満足そうに(・・・・・)する様子はなかった。少なくとも見せていない、と言うべきか。

「俺はその一端と思えるものに触れた。できればもう二度としたくないと思う経験だ。対抗できる魔術を持ってないんなら、関わらない方がいい」

「……お前は、何なんだ」

 魔力があると言うのか、そうじゃないなら何故関わる、とヒースリーは尋ねた。シーヴは片眉を上げる。

「俺か? 俺は、そうだな。エイラの」

 にやり、と悪戯っぽい光がその目に浮かんだ。

騎士(コーレス)ってのはどうだ」

「ばっ……シーヴ、何言い出すっ」

 青年が冗談半分で選んだ単語はエイラの動揺を必要以上に誘う。

「何を驚いてるんだ。俺はお前を守るって言っただろう」

「だからって、その言い方はない、だろうっ。その……ひ、姫君でもあるまいしっ」

 もちろん「騎士」という単語は「女性を守る男」くらいの意味合いでも使われるし、エイラもそれは判っている。だが、その一語はどうしても、彼女にひとりの人物を思い出させた。

「お気に召さないならやめておくが」

 俺にとっては姫君みたいなもんだ――などと言えば、先ほどの「ぶん殴る」を実行されそうな気がして、シーヴは口をつぐんだ。

「騎士、ねえ」

 色白の薬草師は、またもじろじろと浅黒い肌の青年を眺めた。今度はシーヴはその凝視を鷹揚に受け止める。

「俺の弟子を守る自信はあるんだろうな」

「なけりゃ言うもんかね」

 シーヴは返した。

 本当は、自信があるとは言い難い。魔術など彼の理解の範疇外だし、むしろエイラに魔術で命を救われたことがあるくらいだ。

 だがそうしたいという心に偽りはない。

 それが愛情と呼ぶものではなくても。

 リ・ガンと〈鍵〉という絆がもたらすものであっても。

 エイラは「運命」などというものがもたらす絆に不安を持ち、シーヴはそれを受け入れている。この差が青年をして娘を守ると言わせ、娘がそれを理解できない理由のひとつだった。

「……それなら」

 ヒースリーはゆっくり言った。

「調べてみよう」

「何をだ」

 シーヴが返すと、男は肩をすくめた。

「さて、薬草師なんかに何ができるかね。せいぜい、例の噂の出所を確かめたり、その連中を見かけたら話を」

「やめろ!」

 エイラは知らず、叫んだ。

「ヒースリー、気持ちは嬉しいが魔術には関わるな。俺は〈魔術都市〉なんてもんは知らなかったが、評判は聞いた。奴らが使うのは魔術師協会(リート・ディル)で見られるものとは違う。いいか、奴らの技に比べたら、魔術師じゃない人々が忌み嫌うモノですら太陽(リィキア)みたいに健全に思えるもんなんだ。そいつらを見かけても、絶対に近寄ったら駄目だ!」

「……判った」

 エイラの剣幕――思わず少年の一人称を使ってしまったほどの――に、つい、といった調子でヒースリーはあっさり同意していた。

「その警告は覚えておこう。危ない連中にわざわざ近づくなんて俺だってやりたかない。だが何か協力をさせてくれ。一時の弟子でも師匠でも、お前がおかしなもんに目をつけられてると知って、放っておけないからな」

「私はあんたの妹じゃないと言っただろう」

「判ってるさ、だが年下の面倒を見る気質はどうにも抜けなくてね」

 気軽に言う男をどうしたものかと、エイラはじっと見つめる。

(ふたつの名を持つ者は)

(翡翠に――関わる、か)

 関わらせたのは自分だ、とエイラは思う。こんな話をしなければ、ヒースリーは「翡翠に関わる」ことはなかっただろう。だが、この薬草師の青年は関わる気満々だ。何もするなと言っても聞かないだろう。以前、東へついてこようとしたように。

「でも、ヒースリー。私たちは明日にはこの街を出るんだ」

「……どこへ向かう?」

「アーレイ……アイメアだ」

 何となく、言い直した。

「ならちょうどいい」

 薬草師はこともなげに言った。

「そろそろ、俺の奥さんに薬を持って帰るつもりだったんだからな」


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