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翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第4話 翡翠の呼び声 第1章

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07 魔法の翡翠

「判ってる。悪かった」

 薬草師の露店を離れると、シーヴは素直に謝罪した。降参、と言うように両手まで上げてみせる。だがその顔に笑みが戻る様子はない。

「おい」

 エイラもまた、不機嫌そうなままで言った。

「話を聞けよ」

 彼女は足を止めると、そのまま歩こうとするシーヴの襟首をぐいっと掴んで、同じように立ち止まらせた。

「あんたがおかしな勘違いをしていないことは判ってる。同じ部屋にいたって変な真似はしないし」

 またも苦々しい台詞を口にして、エイラはそのまま、固まった。

「……どうした」

「その……それが紳士的だと思って耐えてるようにも見えない」

「そりゃ、どうも」

 エイラの台詞の間にあった奇妙な空白にシーヴは少し首をひねったが、それについて問うことはせずに皮肉混じりの礼を言う。

「なのに何でか、ヒースリーには突っかかった。それはもういいさ、謝ってもらったし、もうやらないって言ってくれるだろうし、な?」

「判った。誓う」

「誓うなんて、軽々しく言うなよ」

 エイラはふとふたりの守り手を思い出していたが、シーヴの台詞に言葉以上のものを感じることはなく、〈鍵〉と〈守護者〉は違うのだという、当たり前すぎることに思い至った。

「軽いつもりはないが、この往来で剣の誓いをするのも目立つと思ったのさ」

 シーヴは嘆息した。

「ありゃ俺が悪い。弁解の余地はない。意味もなく突っかかるような真似は二度とするまい」

 シーヴは片手をあげて、まさに「宣誓」するように言った。

「だがなエイラ、にこにこと仲よくはできそうにないぞ」

「……とりあえずは充分だ」

 エイラもまたため息をつくと天を仰いで再び歩き出した。

「それじゃとにかく、おかしな考えは捨てて聞いてくれ。私はヒースリーのことが気になってるんだ」

「何だ、やっぱり惚れてるのか」

「殴るぞ」

 シーヴの混ぜっ返し――どうやら、余裕がでてきたようだ――にエイラは拳を握ってみせ、謝罪の仕草を受けとる。相手が〈鍵〉だからと言って笑えぬ冗談に笑ってやる必要性はないようだ、とエイラは思う。有難い話であった。

「ふたつの名を持つ者、の話を覚えているよな?」

 問いかけにシーヴはうなずく。

「ヒースリーもそうなんだ」

 セイゲル・ヒースリー。友にラジーと呼ばれていた薬草師。

「あんたや守り手に感じる気配みたいなもんはなかったけど、翡翠の話をしなかったせいかもしれない。ほかにも理由があるのか、何も関係ないのかもしれないけど」

「ふん……」

 シーヴは考えるように下顎に手をやった。

「どう、関わりがあるって?」

「知るもんか」

 エイラは肩をすくめる。

「だから、話を聞いてみたいのさ。もし、あんたもくる気なら」

「もちろん」

 シーヴはかぶせるように答え、エイラはまた嘆息する。

「余計な口は、挟むなよ」

 彼らが〈優しき猟犬(テュラス)〉っ亭にたどり着いたのはそれからかっきり一刻後だった。

 思いがけぬ再会に喜びはしたものの、旧交をあたためて道程が遅れるのも気になる。エイラとシーヴはその(かん)、アイメアに向かう隊商に――剣士の兄とその妹として――有事には隊商を守る手伝いをする、というよくある契約をして飯と寝床を確保してきた。

 実際、彼らには馬があるのだから移動手段としての馬車は必要なかったが、エイラはまだおっかなびっくりで長時間疾走させるのは無理だったし、やはり飯や夜営の心配をしなくて済むならその方がよい。

 ともあれ、翌日に北へ向かう隊商と約束をしたあとで、彼らはその店へとたどり着いたのだ。

 入り口を通って店内を見ると、色あせた紺の外衣を羽織った薬草師は既に席についていて、彼らを認めると手を上げた。

「待たせたか」

 エイラが言うとヒースリーは首を振ってふたりを交互に見た。シーヴに向かって何か言いかけたが、思い直したように口をつぐむ。

「先に言っとく。今度、馬鹿げたことを言ったらどちらであろうとぶん殴る。いいな」

 ふたりの男に挟まれた十八の「娘」にはいささか似合わない台詞を口にしながら、エイラは男たちを睨みつけた。シーヴは苦々しいものを隠そうとしながらうなずき、ヒースリーは面白そうな顔を隠さずにやはりうなずいた。

「それで、話ってのは何だ」

 新来の客人たちが注文を終え、ライファム酒やキイリア酒が運ばれてくるとヒースリーが口を開いた。

「翡翠、について何か知らないか」

 エイラは前置きも弁解もなしでいきなり言った。

翡翠(ヴィエル)だって?」

 案の定、ヒースリーは面食らった顔をする。

「何かって……何を」

「何でもいい。あんたの知ってること。この言葉を聞いて思いつくこと」

「遊びか?」

 ヒースリーは肩をすくめていったが、エイラが真剣な顔を崩さないのを見ると同様に真剣になって考え出した。

「俺の専門分野から言えば、翡翠(ヴィエル)ってのは、魔除けだな」

「専門?」

「魔除け?」

 シーヴの問い返しにヒースリーは、薬草師(クラトリア)だ、と答え、エイラのそれにはうなずいた。

「生憎と翡翠の()る木なんてのは知らないがね、濃緑の花を咲かせる蛇連草の別名はずばりヴィエル……翡翠草と言って、魔除けの束草や(まじな)い粉なんかにはかなりの確率で入れられる。魔術的にも翡翠には魔を封じる力だかがあるんだろう?」

 逆に聞き返されたエイラは自身が魔術師である――と思われている――ことを思いだし、導師の話もまた思い出してうなずいた。

「翡翠についてなんざ、俺が知ってるのはこれくらいだが」

 何かの役に立つのかと、薬草師は不思議そうに問うた。

「ほかには何か、ないのか」

 エイラは少し拍子抜けするものを覚えながら言うと、何を問われているのか判らないと言う様子でヒースリーは肩をすくめる。

「こんな話は売り口上に使ったりはするが、俺は翡翠なんてもんには」

 縁がない――とでも続くところだったのだろうか。ふと、ヒースリーは言葉をとめた。

「そういや、聞いたことがあるな」

「何をだ?」

 エイラは少し身を乗り出した。

「おかしな連中が魔法の翡翠だかを探してるって噂さ」

「へえ?」

 シーヴが不自然でない程度に素早く反応した。

「そんな話、どこで聞いた?」

 ヒースリーはシーヴの問いに何かを思ったとしても軽く片眉をあげる仕草くらいにしか表わさず、考えるように天井を見た。

「エイラ、お前が姿を消したカックスの町でも聞いたが、ここでも聞いたぞ」

 何気ない薬草師の言葉にふたりはさっと目を―見交わした。


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