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翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第4話 翡翠の呼び声 第1章

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04 どこか寂しい

 エイラとシーヴの関係は何とも微妙だった。

 それはもちろん男女の間柄としてどうだということではなく、互いには互いの存在とその大切さが判りきったことになりつつあったものの、傍から見れば、いったいどういう関係だろうと要らぬ憶測をされる。

 他者との交流をせずにふたりだけで歩を進めるのならばそれでもよかったが、やはり隊商(トラティア)だの何だのを利用しない訳にもいかず、彼らは「魔術師(リート)とその護衛」という形を採った。

 これがなかなかにいい方法だった。彼らは、言うなれば程よく遠巻きにされ、かと言って邪険にはされなかった。隠したいことを隠し、必要な情報を手に入れるのにちょうどいい距離を取ることができたのだ。

 ただ、エイラが魔術師の格好をすると、話しかけられるのはどうしてもシーヴになる。避けられるエイラは少々不満であったが、シーヴといる以上は「エイル」の姿で人と気ままに話すことはできないのだから、これは諦めねばならない。

 「薬草師(クラトリア)の真似事」をするには器具もなければ、南の草木の知識もなく、エイラは魔術師――のふり――をするのが最上であることを認めざるを得なかった。

 だいたい、シーヴも戦士(キエス)と言うよりは護衛とするのがその雰囲気に合っていた。大きな街へ行けば別だが、中心部(クェンナル)あたりは東国からも海からも離れ、やはりシーヴのような浅黒い肌は珍しい。「珍しい者同士」の組み合わせは、いささか人目を引くが、逆に自然でもあった。

 中心部の、その中心近くにあるフラスは〈ビナレスの臍〉の異名を取っていたが、とりたてて珍しいものがある訳でもない自由都市である。

 ほとんど初対面同士の男女の旅は、しかしリ・ガンと〈鍵〉という絆の力なのか、ぎこちなくなるようなことはなかった。

 もともとが、どちらも社交性は高いのである。話をすれば昔からの友であるように語ることができたし、エイラの方にはいささか秘密があるとは言え、一旬も一緒にいれば充分、長年の友とそう変わらぬつき合いになっていく。

 エイラにとっては不思議なことに、薬草師ヒースリーといたときのような「エイル」同然になっていく、という感覚はなかった。日々を過ごせば過ごすほど「エイラ」という個性ができあがっていくように思えたのだ。

 それは「エイラ」と言うより「リ・ガン」なのではないかと彼女は推測し、それ以上深く気に留めることはなかったが。

 街に着けば当然、隊商とは分かれる。道中、護衛として雇われた訳ではなかったが、何かがあれば手を貸すという約束で食事と寝る場所には不自由しなかった。しかし街ではそうはいかない。

 問題は、(ラル)である。

 ゼレットからエイルがもらった給金は押しかけ使用人に対しては充分すぎるほどだったものの、旅などしていればあっという間に消えていく。もちろん、シーヴの財布には盗賊(ガーラ)が狙いたくなるほどの宝石がまだ眠っていたが、青年が何と言おうとそれをばかり頼りにするのは気が引けた。「下町の少年」の自尊心もある。「王子殿下」の金なんかにおぶさっていられるか、という訳だ。

 しかし魔術薬を作る時間も材料もなければ、それを売る許可証も塔に置き去りのままだ。魔術師協会(リート・ディル)に行けば紛失したとして許可証を取り直すこともできたが、それには販売の許可をとりつけた「エイル」の姿が要る。エイラとしてそれを得るにはまた最初から手続きが必要だ。時間もかかるし、〈魔術都市〉がどうの、という話を抱えているいまとなっては、魔術師だらけの協会をうろつきたくない気持ちが大きくなっている。

 フラスまでくれば、エイラの知っている薬草も見られてきたし、いささか本末転倒だが薬師や薬草師から買い付けることもできる。それを加工して販売することで、エイラは少々の路銀を稼いだ。

 一方でシーヴもまた、持っているものばかり浪費していくのは愚かだと考えていたから、芸人(トラント)の一座を見つけて、一、二夜ほどの契約をし、刀子を器用に踊らせたり投げたりすることで金を得ることもあった。

 だがもちろん、ひとつの街に長居をするつもりはない。エイラが目指すのは、アーレイドであった。北でも西でも、そちらへ向かう隊商とうまく交渉ができれば、すぐにでも出発である。

「――エイラ?」

 〈夜の梟〉亭の小さな部屋で、薄暗がりからシーヴの声がする。エイラは、しまった、と思った。

「どうした。……眠れないのか」

「うん……まあ」

 寝台から起きあがったままで曖昧にうなずくと、青年は彼女の不安を取り除こうと少し話をし、彼女が礼を言って布団に潜り込むまで、それこそ不安そうに彼女を見るのだ。

 心配をさせている、と思うと心が痛くなった。

 何もエイラは、不安に苛まれて穏やかな眠りの訪れを阻まれているのではなかった。

 いつしか彼女は、次第に――眠りというものを必要としなくなってきていたのだ。

 翡翠の呼び声が聞こえる。

 ここだと。我を目覚めさせよと。

 西はアーレイドから。南は、やはり、カーディルから。

 そこには〈守護者〉がいる。

 彼ら自身、はっきりとした自覚はなくとも、彼女のように翡翠の呼び声が耳に届かなくとも、彼らは彼らのヴィエルを守る。同時に、ファドックはシュアラを。ゼレットはカーディル領を。

(まだなんだ、翡翠(ヴィエル)たち)

(もう少し、待っててくれ。あんたらには守り手がいるんだから、そんなに)

 考えて、くすりと笑いが洩れた。

心配(・・)しなくたって大丈夫さ)

 彼らがリ・ガンの訪れまで必ず〈翡翠〉を守ろうとすることは疑わなかった。

 リ・ガンが守り手を信頼するのか、「エイル」がファドックとゼレットを信頼するのかは、〈木々が種を落とすのか、種が木々に育つのか〉というものだ。信頼できる相手がいるということは彼女の心を安心させたが、それが〈運命〉などというよく判らないものの大きな流れによってそう感じさせられているのではないか、という幾ばくかの不安――と言うよりは不満――もあった。

 これは、シーヴに対しても同じだった。

 強い絆を感じる。

 彼の進む方向に、求める道にともに歩み、或いは彼が望むならば離れたとしてもその絆は変わらぬ、そのことはリ・ガンである彼女にとって当たり前すぎることで、疑問の湧く余地はなかった。

 茫洋と漂っていた不安感は〈鍵〉を手にすることで自信となった。

 「目隠し」は続いたままだけれど、「自分のなかに答えがある」「きたるべき時になれば答えは見える」という確信は、怖れを減じた。

 答えは見えなくとも、自分がリ・ガンというモノ(・・)だ、ということはもう理解していた。

 それ故に課せられた使命も、訪れるやもしれぬ危険も、全てがリ・ガンであることの一部だから、憤りはない。

 ただ、どこか寂しい。

 ファドック、ゼレット、シーヴを近しく思うのは、ただのエイルのままだったなら――有り得なかったかもしれないこと。

 もう、何も知らない下町の少年には、決して戻れないこと。

 それを知ってしまっていること。

 それらが少しだけ、寂しかった。

 もっとも「少年」の心は、そのような気弱な自分をなかなか認めようとは、しなかったが。


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